第279話 ひとつの嘘
近くの駅そばの香緒里ちゃん推薦のパスタが美味しいお店でちょっと遅いお昼を食べ、ついでにファッションビルで洋服を見て、ホテルに帰ったのは15時50分。
なぜそんな中途半端な時間か。
それは奈津季さんがSNSで集合をかけたからだ。
「よし行くぞ、東京最終決戦!カラオケバトルだ」
これが残っていたか。
奈津希さんは手回し良く近くのカラオケボックスを予約済。
すんなりと大きめの個室に通される。
初っ端から奈津季さんが飛ばし始め、詩織ちゃんも負けじとそれに続く。
全員順番で歌うけれど、基本的には猛獣対怪獣の戦いだ。
特区にカラオケ文化なんて無いしな。
トイレとドリンク補充で部屋を出る。
帰りに廊下で香緒里ちゃんに会う。
「修兄、一つだけ聞いていい」
「何をかな」
ここは長年の勘で、軽く答えた方がいいような気がした。
「風遊美さん、ひとつ嘘を言っていたの、気づいた?」
ちょっとだけ考えて、あえて俺はこう答える。
「何のことかな」
香緒里ちゃんはじっと俺を見る。
「修兄はそれでいいの」
「風遊美さんが独りじゃないと思ってくれた。それに嘘がなければいい。違うかな」
そう、そこはきっと嘘ではない。
「ならいいんです。ごめんなさい」
香緒里ちゃんはそう言って、去っていった。
香緒里ちゃんが言いたい事は多分わかる。
でも俺は答えない。
風遊美さんが言った事。
それがきっと俺と風遊美さんの公式見解。
風遊美さんは俺に恋をしていない。
俺も風遊美さんに恋をしていない。
そう、ただ恋をしたと思い込んだだけ。
きっと正しくて同じだけ間違っていて、それでも感じるのは喪失感か切なさか。
これが青春の1ページという奴なんだろうか。
だったら俺も随分成長したもんだ。
もしくは退化か堕落だろうか。
人嫌いだと思っていた昔の俺に聞いてみたい。
さて、行くか。
出た時点で俺の番まであと5曲、15分相当だった。
そろそろあの部屋に戻ろうか。
俺は歩きだす。
賑やかで楽しい、あの世界へ。
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