第260話 風呂に耳あり(2)

「あと、この旅行の資金の出処だけどさ。これも色々あってさ。

 例えば香緒里や修の商売、暴利を貪っているだけのように見えるだろ」


「そうだな。あの手間だったらもっと安くてもいいよな」

「そうですね。あともっと色々なバネのサイズや仕様を作ってもいいかと感じます」


 奈津季さんが頷いた気配。


「それは修も香緒里もわかっているんだ。現に香緒里は最初もっと安く設定しようとした。それを担当教官、詩織の今の親父と修で相談して、高めの値段にした。

 理由は簡単、安く売り出したら既存製品を圧迫してしまうからさ」


「でもそれって、必然的な時代の進歩って奴じゃないのか。産業革命とかと同じで」

「もしあのバネが他の場所でも量産できるなら進歩だけどさ、実際は香緒里のユニークな魔法で作っているのが実情だ。それをもし適価という事で安く売り出したらどうなると思う。作れる数は必要に絶対的に届かないんだぜ」


「あのバネを仕入れた所が圧倒的にいい製品を安く作れる。でも数が足らない。結果値上げをせざるを得ないか不公正な取引をせざるを得なくなる」


「正解だ。他にも色々あってさ。例えば大きい力をかけられる魔法バネを作ると軍事物資になりかねないとか。今の魔法バネのサイズとか値段は修の苦心の策なんだ。主に魔法医療器具にしか使えないようなサイズで、値段も既存の製品よりほんの少し高くなる程度に仕上がるようにって。

 実際、あのバネを使って修の設計を元に作った義肢は、例えば両足の義足が個人用に調整した車椅子よりほんの少し高価な程度なんだ。ジェニーの義足の改良版と言えばわかるだろ。あれは元々魔力が無い一般人用の設計だったから応用もきくし誰でも使える。他に補助魔法科医療専攻で開発した人工臓器とかももう実用化するし」


 奈津季さん、俺の商売の意図やら思惑まで、詳細を把握していやがる。

 話した憶えは無いのだが。


「それでもお金が余るからこの旅行、って訳だ。まあこの旅行には他にも色々理由があってな、主な理由は多分、風遊美と詩織対策だ。あ、ここからの部分は内密な。僕の想像も結構加わっているし。でも間違っていないと思うけどな」 


 あ、何かまずい方向に話が行きそうだ。

 でもここまで気配を消していた以上、今頃俺がここで主張するのもまずい。

 女の子の風呂を気配を殺して伺っていた変質者扱いされてしまう。

 なので俺は仕方なく、気配を殺したままじっとしている。


「風遊美先輩と詩織先輩対策ってどういう事ですか。弱みを握られているとか」

「二股だったら面白いんですけれど、そういう話ではないですよね」


 風遊美さんはともかく、詩織ちゃんと誰かを二股したら、きっと体力的にか気苦労が重なって俺は死ぬだろうな。


「さっき旅行が日本国内になっている理由を話したろ、その関連さ。あの2人は魔法使いに対する迫害や悪い意味での利用の被害を受け続けてきたんだ。

 具体的には風遊美は迫害とテロで家族を失い、EUの特区に逃げてきた時には心身ともにボロボロの状態だったそうだ。本人に聞くとかなり酷いPTSDにもなっていたらしい。記憶も飛んでいる状態だったそうだ。

 それで向こうの特区ではこれ以上良くならないと環境の全く異なる日本に逃してもらい今に至るという訳だ」


「詩織の場合もかなり酷い。何せ特異な魔法能力に目を付けられて、物心ついた時からずっと工作員として育てられてきたみたいだからな。

 あいつがいつも楽しそうなのは、常に楽しくない状態にいたからこそ何でも楽しめるように心が防衛行動起こした結果じゃないか。そう修が前に疑っていたし」


 前に風遊美さんと奈津希さんにぼそっと言っただけなのに、よく憶えているな。


「だからあの2人に、今は間違いなく楽しいし、これからはもっと楽しいと納得させるのがきっとこの旅行の目的なんだ。詩織はまあ今家族にも恵まれているみたいだから、メインは風遊美なんだろうけどさ。

 この旅館なんて、間違いなく修が風遊美好みの場所を必死に探してきた結果だぜ」

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