第259話 風呂に耳あり(1)

 飯はまあ、普通だった。


 メインが岩魚を焼いたのととんかつの2品。

 味噌汁と鯉の洗いと、あと小鉢3つとご飯。

 悪くはないがすごくいいという訳でもない。


 食事処も今までの旅館みたいな凝ったつくりでは無く、椅子やテーブルなんかも学食レベル。

 ここはあくまで温泉主体の宿なのだ。


 ただうちの連中は皆、楽しそうではある。

 食事中も温泉情報を交換していて、次はどこへ行こうか考えているらしい。

 ご飯の後も、皆さっさと湯巡りへと旅立って行った。

 まあそれ位しかここではやることが無いのも事実だが。


 俺も1人でこっそりお湯に向かう。

 途中に湧いている『おいしい水』をボトルに入れて、本館の方にある御座の湯という内湯へ。

 ここはここの温泉では少ない男女別の湯だ。

 あまり広く無く、作りも豪華では無く古臭い。

 でもいかにも温泉宿という雰囲気がいいのだ。


 ボトルの水を飲みながら、1人でのんびりと温泉を楽しむ。

 ルイスは今頃大丈夫だろうか。

 何か食事のときは既に疲弊していたけれど。

 そんな事を考えながら1人まったりとしていた時。

 隣の女湯の方の引き戸がガラガラ開く音がした。


 ガヤガヤ入ってくる声に聞き覚えがある。

 愛希ちゃんと理奈ちゃんと、奈津季さんだな。

 という事はルイスは無事逃げおおせたのだろう。

 詩織ちゃんに捕まっている可能性もあるけれど。


 別に見える訳でも無いのだが、ついつい気配を殺してしまう。

 なるべく音を立てないようにして、ついつい聞き耳を立ててしまう。


「ここが一番歴史があるお湯だそうですね」

「コンクリに古い木製と、作りはそっけないけどな」

「でも、いかにも効能のありそうな温泉という感じだね。少し美人になるかなあ」

「ここの効能には美人は入っていないようですよ」

「いいの、こういうのは気分なんだよ気分」


 賑やかに入っている。


「そう言えば、この予算あれば海外旅行も余裕で出来ると思うけれどどうなんだろ」

「ああ、それは簡単さ」


 俺の代わりに奈津季さんが説明してくれる。


「魔法使いが安心して旅行できる場所ってそれ程多くないんだ。何せ場合によっては普通の人の何倍もの戦力になる。それに魔法に対する偏見が強い場所もあるしね。

 結果、安心して旅行出来るのは日本国内という訳なんだ。

 それに愛希ちゃんも理奈ちゃんも普通の暮らしを経験している日本人だけれど、うちの学校は実はそれって多数派という訳でもないしさ。

 現に攻撃魔法科だって3分の1は留学生や特別帰化した人だろ」


「そうですね。ここへ来て、随分国外出身の方が多いのに驚いた覚えがあります」


「そういう事さ。今回のメンバーだって君達2人の他は修と香緒里くらいだぜ、いわゆる日本の普通の生活を経験している日本人って。

 風遊美は北欧からテロで逃げてきた口だし、僕は特区生まれ特区育ちだしさ。ジェニーやルイスやソフィーやロビーは言わずもがな。詩織だってとても普通の生活をしてきたとは言えない育ちだしな」


「成程、色々あるんですね」

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