第255話 バネ工場のお引越し

 その日のうちにネットで物件の申込を提出。

 休み明けの7日には申込受領・賃貸契約許可の連絡が来た。

 なので8日午後、俺は学生会を休んで手続きしに行き、無事契約が成立した。

 なお契約は本日付だが、賃料は来月からとの事である。

 それで早速次の土曜日の11日、露天風呂明けの学生会全員で現場に乗り込んだ。


「広くて片付いてはいるけれど、やっぱり埃っぽいです」


 香緒里ちゃんの率直な感想。

 まあ5年間放置されていたのだ。

 埃っぽいのも無理はない。


「こういう時用のスペシャルな魔法があるんだ。必殺、ホコリ取りファイア」


 俺は慌てて付近の火災報知器の電源を落とす。

 何という恐ろしい事をしているんだ、奈津希さんは。

 でも見たところ床も壁も影響なく、ホコリだけが綺麗に燃えて無くなっている。

 若干の焦げ臭い匂いを除けば、確かに綺麗にはなっている。


「ならば私も、見よう見まねホコリ取りファイア」


 負けじと炎使いの愛希ちゃんが真似る。

 確かに綺麗になったけれど、よく見ると壁紙が若干熱で縮れていた。


「危ないな、焦がすなよ」

「でも修先輩なら直せますよね」

「確かに直せるけどさ」

 修復魔法で壁紙を元に戻す。


 危ない掃除が終わった後、俺はシャッターを全開にして空気を通した。

 奈津希さんの風魔法のアシストもあって、焦げ臭い匂いは無事消えていく。


「これで後はバネを持ってくればいいかな」

「そうですね、でもその前に」


 俺は白色の養生テープで、床に線を引く。

 商店街側の20坪と搬入口側の30坪とが別れるように。


「これは何の線なのですか」

「整理用の線さ。工房としてはこっちを使って、こっちはフリースペースだ」


 奈津希さんの店の話は皆にはしていない。

 当分は3人だけの話ということにしている。

 でもその3人にはきっと通じているだろう。

 この20坪は将来の、夢のための取り分。


「ならばこっちに親父と私が買った、お母さんに見せられない機械でも置こうかと」

「駄目!どうしてもと言うならその30坪の端っこの方」


「いいのですか。実は学内あちこちに十数台の機械があるのですが……」

「却下、どうしてもというなら2坪まで」


「ここにバーベキューグリルとテーブル置けば、台風の日に安くなった食材を買って来てここでバーベキューできるよね」

「いいですね。でも鉄板だけ置けば熱源は愛希で十分ですよ」

「何だそこの冷蔵庫。お前も消し炭にしてやろうか」


 なんかもう、わやくちゃだ。

 でもそれが、何か楽しい。


 きっとバネ工場が稼働しても、20坪部分がお菓子屋兼パン屋になっても、何年かの時が過ぎ行きても。

 きっとこうして皆で同じように笑っていられる。

 そんな気がする。

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