第238話 これからだって、いくらでも
「今日が最後の夜なんですよね」
部屋の隅に寄せたテーブルの前。
俺と風遊美さんと香緒里ちゃんで、残ったおかずをつまみながら話をしている。
他の面子は爆睡中。
まあ今日も朝から目一杯動いたし、疲れているからしょうがない。
ただ。
あちこちから聞こえるいびき攻撃はなんとかならないか。
あと奈津希さんと詩織ちゃんの寝相、どう寝ればあんなに豪快に動き回るんだ。
ついでに言うと、寝相も大概だが格好も酷いぞ。
セクシーポーズと言ってやりたいが、これじゃ百年の恋も覚める。
きっと。
「これで終わりだから寂しい、とか言わないで下さいよ。明日もあるし、旅行は夏だって来年の春だって行けるんだし。
だいたい魔法使いの世界なんて狭いんですから。特区を出てもどうせ何処かで必ずまた出会うんです。それに能動的に会おうと思えば何時でも会えるんですから」
「そうですよね。どうもこういった事に慣れていないので、つい」
「それにスポンサー様もどうせ常にバイト募集中だろうし」
香緒里ちゃんはちょっとふくれっ面をしてみせる。
「元はと言えば修兄のせいで出来た代物なのですけれど。実際注文も全然減りませんし、作業が大変です。ジェニーも最近は広報活動で忙しいから、結局修兄と2人で毎週週末に半日は工房に出勤してましたし」
「という訳で資金面も大丈夫だそうです。バイトも年中募集中」
香緒里ちゃんは苦笑い。
「冗談じゃなくこのままでは税金に持って行かれるだけですから。少しでもバイトしてもらって身内に分配しないと」
「何か贅沢な悩みですね」
風遊美さんが笑みを浮かべる。
「この旅行代もそれで出ているんですものね」
「経費を使わないと税金で6割近く取られちゃうんです。今年の申告でとんでもない税額持って行かれたので、これ終わったら春休み中に会社登記する予定ですけれど。
だからお金を使う行事を思いついたら、どんどん言って下さい」
何だかなあと思うけれど、税金が洒落になっていないのは事実だ。
幸い魔法技術大のインキュベーター室の支援を受けられる事になったので、この旅行が終わったら香緒里ちゃんと2人で相談に行く予定なのだけれど。
「だからお金の心配もないですし、いくらでも楽しい出来事を作れるんです」
「で、俺は香緒里ちゃんにこき使われると」
「あのバネの件だって、元はといえば修兄のせいですから」
風遊美さんは笑いだした。
「何か聞いていると、将来に不安とか心配とかするのが馬鹿馬鹿しくなりそうです」
「不安は一杯あります。帳簿作業とか来年の申告とかこんな事をしていて来年の単位は大丈夫かとか」
「でその業務の半分は俺に降ってくると」
「有責の犯人ですから当然です」
風遊美さんはまた笑いをこらえている。
「何かこの学生会の解散旅行なのに風情も感傷も無くなります」
「単に時期的な切れ目というだけ。これで付き合いが終わるわけじゃないですから」
妙な話の成り行きになっているが、それだけは風遊美さんに伝えたかった。
これで終わりじゃない。
まだまだこの先だって楽しいんだ、と。
多分香緒里ちゃんもそれをわかってくれている。
愚痴の部分は半分以上本音だったけれど。
「なら明日は思い切り買い物を楽しみましょう」
「そうですね。初日の詩織ちゃんくらいに」
えっ、という顔をして香緒里ちゃんが俺の方を見る。
「初日の詩織ちゃんって、そんなに買い物をしたのですか」
「言わなかったっけ。ホームセンターで大人買いしたの。持ち帰れないから船便予定だけれど」
香緒里ちゃんの表情が曇る。
「参考までにどれ位ですか」
「大型資材や機械も買っていたから、大体コンテナ1個分位かな」
大物用の長い台車にも乗り切らなくなったので、途中から店の担当者を呼んだりもしたのだ。
「まさか送り先はマンションじゃないですよね」
「そこまでは確認していないな」
「隣のお家、確か田奈先生が色々やりすぎて買い物禁止令が出てませんでしたっけ」
あ、そう言えば。
俺は香緒里ちゃんが何を危惧しているか、遅まきながら気づいた。
「とすると受け入れられない場合は」
「うちの部屋に置かせてくれ、となるでしょうね」
それは確かにまずい。
「どうする。詩織ちゃん起こして確認するか」
「もう手遅れです。学校に送っていることを祈りましょう」
横で風遊美さんが大笑いしている。
何か、ついに耐えきれなくなったようだ。
勿論俺には笑い事ではない。
ただ今となっては、出来るのは祈るだけ。
俺は無神論者なので、ジェニーの信じる神に聖句を唱えて祈りを捧げよう。
確かパスタファリアンの聖句はこうだったよな。
ラーメン。
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