第236話 これもやっぱりお約束

 この宿はいい宿だと俺は思う。

 少なくとも昨日の宿よりも。

 何故かと言うと混浴で裸という場所がないからだ。

 という俺の本音はおいておいても。


 実際なかなかいい宿だとは思う。

 温泉の充実度もそうだが、このコテージもそう。

 壁からノブを引けば現れるシングルベッドが10人分。

 これなら昨日みたいな惨事を見なくて済むだろう。


 しかもいくら騒いでも離れなので他所様に迷惑をかける可能性が低い。

 その代わり風呂にも食事にも外を歩かなければならないけれど。


「でも私は昨日の宿の方が好きですね。落ち着きますし」

「私もです。何か風情がありましたよね」


 風遊美さんと香緒里ちゃんは昨日の宿が良かったらしい。


「私は今日の方がいいれす。何でも食べられて幸せなのれす」


 ジェニーの言葉に頷く1年生女子2人。

 北アメリカ連合と詩織ちゃんは今日の宿押しらしい。

 ちなみにジェニーは夕食バイキングのため、また動けない状態になっている。

 いい加減学習しろよと思うのだが。


「奈津希さんはどっち派です」

「昨日の宿で風呂に入って泊まって、食事だけこっちだな」


 それを言ったら元も子もない気がするが。


「でも、何かもう何日も旅行している感じです」

「楽しいですよね」


 確かにまだ3日目とは思えない感じだ。

 ちなみに今返事が無かったルイスは既に就寝中。

 今朝早かったのがこたえたのだろうか。


「そう言えば寝ている人の額に『肉』という字をマジックで書くのも定番れすね」


 ジェニーがまた下らない事を思いつく。


「やめとけよ。消えなくなったら洒落にならないぞ」

「消えなくなったら風呂に入ればいいれす。明日も目一杯お風呂入ってから東京に帰ればいいれす」


 確かに明日は東京に戻るだけ。

 時間的には余裕がある。


「ジェニーさん、私マジック用意しておきました」


 ソフィーが定番油性マジックを、それも赤と黒2本をカバンから出してくる。

 おいおいおい。


「それでは私が代表して」


 ソフィーが容赦なくルイスの額に『肉』という文字を書き込んだ。

 ルイスは起きない。相当疲れているようだ。


「僕も参加しよう」


 奈津季さんが赤マジックで両方の頬に赤丸を描く。


「私も参加するです」


 更に詩織ちゃんの手でカールした髭が描かれた。

 最後にソフィーちゃんが額と顎に傷のような線を入れて完成。


「記念写真を撮っておこうぜ」


 と奈津希さんを始め参加者が携帯電話で記念撮影をした。


「どうしても取れないようなら、私がクレンジング貸しますから」

 こそっと香緒里ちゃんが俺にささやく。


「ああ、頼む」


 そうでなくてもルイスは不憫な目に会う事が多いのだ。

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