第222話 男同士密談中(2)

 何となく俺は江田先輩の事を思い出していた。


「同じような例が無い訳じゃない。去年卒業した魔法工学科の次席も進学せずに特区ここを出ていった。今は都内の有名洋菓子店で修行しているよ。もちろん魔法使いという事を隠して」


「それもクレイジーだ。魔法工学科の次席なら、大学で幾らでも活躍できるだろうし企業でも引き手数多の筈だ」


 ルイス君の意見は多分一般的な意見なんだろう。

 俺もそう思う。でも。


「それがクレイジーかどうか決めるのは俺じゃなくて彼自身だ。学園祭の時にこっちに来たんだが、少なくとも彼らしく充実している感じだった。

 俺が見えているものと、彼が見ている世界はきっと違うんだ。俺達はだからきっと信じることしか出来ない。

 奴らが好きだからこそ信じているからこそ、手を出さずに信じるしか無いんだ」


 ルイス君は頷く。


「わかってはいるんだ。僕より奈津季先輩のほうがずっと先を見ているんだろうし色々見えているんだろうって。僕が心配する事は何もないって。

 それでも僕は……。

 僕はきっと悔しいんだ。ずっと同じ距離で追いかけていけると思った奈津季先輩が見えなくなる事が。そしてそれを止められない僕が。

 わかってはいるんだ。わかっては」


 俺はあえてルイス君の方を見ない。


 俺が時折キーを叩く音とクリックする音だけが学生会室に響く。

 論文を更に2本読んだところで、再びルイス君の声がした。


「修先輩、日本語の『好き』ってどういう意味だ」


 これまた難しい質問だ。


「英語のLoveとLike両方の意味って答えじゃ納得しないよな」

「実はクラスの何人かからこれを貰ったんだが、どう判断するかの材料にしたい」


 ルイス君がカバンから出したのはチョコレートらしきラッピング済の箱だ。

 5~6個程確認できる。


「チョコの場合はLoveとLikeの他にDearとかも含むな。ただどう受け取るかは受け取った方の判断で解釈していいと思う。本命チョコとか抑えのチョコとか義理チョコとかあるしな。まあ値段に見合ったお返しをしてやればいいさ。奈津季さんがホワイトデー前にお返し製造講座をやってくれると思うしな」


「ややこしい文化だな」

 俺もそう思う。

 けれど。


「あんまりそれを公然と言うなよ。クリスマス撲滅デモと同様にバレンタインデー廃止デモも日本にはあるんだ。この学校だって特に魔法工学科あたりは男子ばかりだから、貰えない人が多数派で殺気立っていたりするんだぞ」


 他でもないうちのクラスだ。


「そう言えば詩織がそんな事を言っていたな。『下手に義理でチョコを配ると、それをチャンスと言い寄って来るのが必ず出る。だから配らないように!』という助言が先輩からあったと」


 それってうちのクラスだろうか。その可能性が高い気がする。

 そんな事案が1年の時にあったような気がするし。


「ところで修先輩は、誰が本命なんだ」

 いきなり強烈な事を聞かれた。


「今日は女子から男子へチョコを渡す日だぞ」

「わかっている。だからチョコとは別に修先輩の本命を聞きたい。ここには特に許嫁制度とか見合いとかは無いんだろう」


 そんな事を聞かれても、何せ俺自身わかっていない状態なのだ。

 うむ、どうしてくれよう。

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