第215話 いつか懐かしい日々(3)

「でも私は風遊美さんが『寂しい』と言ってくれるのは、本当は嬉しい事なんだとも思います」


 香緒里ちゃんが俺の思ってもみない事を言う。

 何を言う気なんだろう。


「だってそれだけ今が楽しいって事じゃないですか。私もそうです。日々の授業は結構ハードだけれど、それでも今までの人生の中で今が一番楽しいです。

 そしてこの楽しかった事実は無くならないんです。

 何年経とうとも何処へ行こうとも」


 俺と風遊美さんは黙って香緒里ちゃんの話を聞いている。


「そしてその思いを何年経っても共有できる人がいる。それってきっと楽しい事じゃないかと思うんです。

 私もあと最低5年は特区ここにいるし、修兄もどうせ院まで行くだろうからそれ位はいます。

 そしてそのうち奈津希さんも帰ってきます。

 そうしたららまた、ここで同じようにパーティして馬鹿騒ぎするんです。懐かしいなとか、全然変わっていないなと思いながら」


 その光景は容易に想像できる。

 ちょっと大人な感じになった皆と、今と同じ部屋と。

 ちっとも成長していない馬鹿騒ぎとちょっとだけ内容が変わった話題と。


「だから寂しいのを悲しいと思う必要は無いんです。これからも形は変わってもずっと楽しいんです」


「ありがとう」


 風遊美さんはそう言って軽く頭を下げ、それから軽く自分のグラスを香緒里ちゃんのグラスにあてる。


「由香里姉も修兄もいなくなった1年、ずっと思っていた事なんですけどね。3人でいた楽しい日々は無くならない。そしてこの先もっと楽しい日が待っているって」


「それで楽しい日が待っていたのね」

「ええ、とっても」


 何かかなわないな、と思う。

 ある意味俺は淡々と流されているだけ。


 この学校へ来たのも憧れと見栄と逃げる為の大義名分の産物だし。

 俺は自分でも思っているが決して楽しいタイプの人間じゃない。

 小学校でも中学校でも孤立していたし、その方が気楽でいいとさえ感じていた。


 由香里姉と香緒里ちゃん以外に親しいと言える人が出来たのは特区ここへ来てからだ。

 俺は由香里姉や風遊美さんや奈津季さんや香緒里ちゃんと同じ位、誰かに何かを与えることが出来ているだろうか。

 俺が受けたと同じ位与える事が出来ているだろうか。


 正直、自信は無い。

 けれど。


「修君、折角だから飲みましょう」

「そうです修兄、これ美味しいですよ」


 見ると奈津季さんの自称清涼飲料水が既にボトル半分無くなっている。

 おい、大丈夫か2人共。

 顔色が赤くなり始めているけれど。

 これは飲みやすいけれどOH基が付いた有機物を一割以上含んでいるぞ。


「修君にはいつも世話になっていますからね、どうぞ」


 風遊美さんがドボドボと例の清涼飲料水を注いでくれる。


「けれど修兄は鈍感な上にヘタレなのです」

「それは傾向として認められます」

「据え膳食わずに飛び越える癖があるのです」

「私も全くそう思うわ」


 あ、何か話題が変な方へと。

 2人の感じも大分変わってきているし。


 俺は三十六計……


「逃さないです」

 香緒里ちゃんに掴まった。


「今日はこのまま3人で寝ましょうか」

「賛成です」


 あ、まずい。

 久しぶりに俺の危機だ。

 いつもの冷静な風遊美さんはOH基のせいでもういない。

 そして微妙に猛獣化した香緒里ちゃん。


 俺に救いは来ない……

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