第202話 豆大福は涙味
扉の方から音がする。
鍵を入れて回す音。
隠れようかと思う心。
もうどうでもいいやという心。
相反して反応が遅れる。
その間に扉が開いた。
「私よ」
この声は知っているし聞き覚えもある。
由香里姉だ。
何故魔法工学科しか使わないこの部屋の鍵を由香里姉が持っていたのだろう。
そして何故この場所に俺がいるという事に気づいたんだろう。
由香里姉は俺の横に座ると、持っていた何かをテーブルの上に置く。
俺は突っ伏したまま顔を上げていないので見えないが、何か甘い匂い。
「この場所は香緒里に聞いたわ。鍵も香緒里が持っていた」
由香里姉は静かな調子で話し始める。
「今日は私の方が適任かなって言ってこの部屋の事を教えてくれて、鍵も渡してくれた。学生会室を出ようとした時、卒業した筈の創造製作研究会の前部長が紙袋を持って学生会室の前に来た。今頃修の奴は落ち込んでいるだろうからこいつでも食べてちょっとは落ち着けって、この紙袋を託された」
俺は少し顔を上げて机の上を見る。
由香里姉が紙袋から出して並べてくれているのは、江田先輩謹製の豆大福だ。
「だから私これから言うのは私からというより、学生会室に修を探しに来た全員からの伝言よ。
香緒里や江田先輩だけじゃない。翠や朱里や風遊美や奈津季や香緒里やジェニーや可愛い1年生3人や研究会の先輩君や実行委員男子や多分同じクラスの子だと思う男子生徒2人の」
それっと事実上俺の関係者ほぼ全員に近いんじゃないだろうか。
「みんな修を知っている人は気づいてたんだと思う。どれだけ修が嫌な思いをしてあの会場にいて、どれだけ無理をしてああやって強面な態度を取り続けたか。
自分が怒っているというより、むしろ刀を作った香緒里と詩織ちゃんのためよね」
「あれが俺の本性ですよ。逃げても隠しても必ず出てくる嫌な嫌な奴こそが」
「あの状態の修、私が最後に見たのはもう10年位前かしらね。確か香緒里が4年の時、魔女の癖にお高く止まっているって虐められかけた時」
古傷がパックリと出血。
「でもそれが修の本性だとしても、それでも私を含めて少なくとも今言った全員は修の言葉も行動も全部肯定してくれると思うわ。
あの時の私だって香緒里だってそう思っているし、今の事だってそう。
だからこそ心配で皆わざわざ学生会室に顔を出したんだしジェニーにわざわざ修の居場所を探してもらおうとしたんだし。
でもジェニーも今の状態の修の居場所はわからなかったわ。だいぶ精神的にまいっていて通常の思考と違う状態だからわからない、ってジェニーは言っていた。
この場所がわかったのは香緒里と、あとこの大福を持ってきてくれた先輩の2人だけだったわね」
香緒里ちゃんと江田先輩には俺の居場所はばれていた訳か。
まあ俺がこの学校で逃げられるとしたら学生会室以外にはここしかないもんな。
「だから私は皆からの伝言を伝えるわ。『修が自分の言葉や行動をどう思っていようと、私達は修がやったことを全部肯定する。修が取った言動は正しいと私達は思っているし、修自身がどう思おうと修のことを信じているし信頼している。だからちょっと疲れた分ゆっくり休んで、そしてまた変わらぬ顔で出てきなさい』以上よ」
由香里姉は立ち上がる。
足音が俺の横から離れていった。
扉が開き、そして閉まる音。
鍵をかける音。
全ての音が去った後で、俺は目の前の豆大福を手に取る。
豆大福は、何故か少ししょっぱい味がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます