第199話 俺は馬鹿は嫌いだ(3)

「……だからこのような物は日本刀と言える代物ではない。日本刀とは長年の修行を積んだ刀工の元で拵えてこそ日本刀と呼べるのだ。それ以外のものはまがい物。

 おい聞こえているかそこの生意気な若造」


 俺を呼んでくれたようだ。

 ちょうどいい。

 解説中の大学教授殿に手を上げて軽く頭を下げて。

 手回しよく進行担当が持ってきたマイクを握る。


「住吉教授、申し訳ありません。大変参考になる話に聞き入っていたところですが、残念なことに良貨が悪貨に駆逐されてしまったようです」


 会場に微妙な笑いが起こる。


「私の工房で造るのは実用品です。使えれば名前なんてどうでもいい。

 ですが私が開発した製造法も製品も、いわゆる名刀と呼ばれる日本刀の作りと機能に感銘を受けて、その作りと機能を模して造るのから始まったのは確かです」


 一応日本刀そのものについてはここで持ち上げておく。


「ですので先生の話も興味を持って聞いていたのですが。

 ですのでここはまず、そちらの方がそれ程自信をお持ちの自称日本刀とこちらの工房で作りました刀を実際に試して頂き、その上で再び御高説を賜りたいと存じます。

 私はあくまで物作りの徒ですのでそれ以上の意見は申しません。作り出したモノこそが私の回答であり真実です」


 俺の台詞中も例の刀工氏は色々言っていたらしいがマイクを切られていたらしい。

 俺はもう一度軽く頭を下げ、進行担当にマイクを返す


「それでは実際に試し切りをして頂きましょう。試し切りをして頂くのは……」


 どうやらやっと実技に入るらしい。

 高速度カメラが正面と左右にセットされる。

 これは斬れ味の確認の他にもう一つ意味がある。

 試し切りをする側が不正をしないようにという配慮だ。


 まずは詩織ちゃん作の刀の方。

 俺はすこしはらはらしつつも、努めてそれを表に出さないようにして観察する。

 刀の出来には自信がある。

 でも試し切りをする居合道の達人さんの方の腕を俺は知らない。


 だがその心配は杞憂のようだった。

 構え方だけでも本物というのは感じる。

 門外漢の俺であっても。


 軽く構えて、すっと前に出るとともに刀が袈裟懸けに振り下ろされる。

 あっさりと巻かれた畳表が切断された。

 完全に刀が切り終わって暫くしてから、斬られた上半分が動いて落ちる。

 見事な技だ。

 と、居合家がマイクを取った。


「このまま竹入り1畳巻き7本を試させてもらっても宜しいだろうか」


 竹入り1畳巻き1本が人の首とほぼ同等。

 俺が念のため試し切りについて調べた際にそう書かれていた。

 というと骨のある人の首7つ分か。

 結構難しそうだなと思いつつも。

 俺はそれを態度に見せずに渡されたマイクを握る。


「問題ありません。その刀は実用品です」


 俺の返事は詩織ちゃんの刀への絶大なる自信と居合家さんへの挑発だ。

 お互いのプライドのぶつけ合い。


 それをわかってくれたのだろう。

 初老の居合家さんは戦闘的な笑みをこっちに返しつつ一礼する。


 そして並べられた7本の竹入り1畳巻き。

 単に土台の上にのせただけ。

 だからちょっとでも余分な衝撃が伝わると畳表が倒れたり飛んだりしてしまう。

 だが、先程の腕ならおそらく。


 今度は居合家は大きく振りかぶる。

 戦闘というより純粋に試し切りの為だけの大きな構え。

 そして彼は一歩踏み出すとともに刀を振り下ろした。

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