第184話 小話その2 終話 俺はそれでもわからない

「何故です」

「自分達で気づいて欲しいからさ。

 ここで風遊美に一言言えば納得してもらえる位の状況はあるんだ。でも本人達はそれを当たり前だと錯覚しているから気づかない。

 なんでついつい茶々を入れたくもなるんだ。夜這いと寝取りは日本の文化だしね」


「そういう処はぶれないですね」

 風遊美さんが苦笑した気配。


「あと修の部屋のドアが若干開いているのはわざとかい。だったら風遊美も随分大胆な事をするなと尊敬するけれど」


「それは早く言って下さい」

 風遊美さんが立ち上がる気配。


 俺はとっさに目を閉じて身体の力を抜く。

 ゆっくりと扉が閉じた気配。


 どうやら気づかれずに済んだようだ。

 その代わり、もうリビングの声は聞こえない。


 俺は静かな中考える。


 風遊美さんは俺に好意を持ってくれているようだ。

 奈津希さんは俺に好意を持ってくれているけれど、既に俺には相手がいると見ていてそれを見守る方針のようだ。

 香緒里ちゃんも、由香里姉も、ジェニーにも前に告白された事がある。

 有耶無耶にして誤魔化しているけれど。

 はっきり言うと逃げているけれど。


 俺は誰を好きなんだろうか。

 奈津希さんは納得できる状況があると言っていた。


 でも俺にはわからない。

 彼女達の為にも早急に答えを出す必要があるのだろうか。


 迷っている俺が悪いのだろうか。

 何がどうなのだろうか。

 そもそも俺に誰かに好きと言える権利があるのだろうか。

 彼女達に見合う価値が俺にあるのだろうか。


 正確な問題定義も正しい解答も、解決を導くアルゴリズムすら俺にはわからない。

 ある意味機械相手の方がよっぽどわかりやすい。

 回答なりエラーなり返してくれるから。


 頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

 ORとNORとANDとNANDの区別がつかなくなる程に。

 せめてNANDとNOTだけでも残れば記憶回路が作れるのだが。


 どれ位そんなぐちゃぐちゃの考えに浸っていただろう。

 不意にドアが開いた気配がした。


 とっさに俺は硬直する。

 だが、誰も入ってこない。

 代わりに奈津希さんの小さな声だけがかすかに聞こえる。


「もしさっきの会話が聞こえていた時のフォローだ。

 答を出すのをあせる必要はない。誰かに遠慮する必要もない。

 世の中には解答と同じくらい過程が重要な事が多々ある。きっとこれもそんな問題のひとつだ。

 誰にも遠慮せず、自分だけでゆっくり考えて答えを出せばいい。僕はそう思う」


 そしてドアが閉まる気配。


 奈津希さんの優しさに何だか涙が出そうになりながら、俺はしばらく動けずそのまま固まっていた。

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