第176話 サマードレスと蕎麦饅頭

 そして2日後。


 午後4時、学生会室。

 俺も香緒里ちゃんも半分死んだような状態で机に突っ伏している。


 あの後。

 目覚めた俺を待っていたのは、長い長い事情聴取だった。

 魔力切れから目覚めたふらふら状態のまま。

 約半日の警察と自衛隊による事情聴取を受けたのだ。

 香緒里ちゃんは意識があった分、俺よりもっと長かったらしい。

 詩織ちゃんは治療と検査と事情聴取等々で、まだ戻ってきていない。


 奈津希さんの話によると、今回の件は

  ○ 詩織ちゃんの両親とされていた人間は既に行方をくらました。

    親類縁者等に当たったが、該当人物とはかなり前に縁が切れていて追えず。

    別人による名義背乗りの可能性も高い。

  ○ 北之島に展開していた敵の船は1隻逃走、大型の1隻含む3隻は拿捕。

    また放棄された小型船5隻は回収済。

  ○ 20余名を拿捕、国際法に基づき自衛隊に捕虜として抑留され取調中。

    但し某国は自国の軍事行動と認めていない事から今後の取扱いは不明。

という感じで処理されているらしい。


 詩織ちゃん本人は微妙な立場。

 でも未成年であり本人に犯意が無いことから、それほど悪いことにはならないだろうとの事だ。

 あくまで予想で、心配を解消できるものでもないけれど。


「あっ、間もなく……」

 ジェニーがそう言いかけて、ふと口を閉じる。

 何だろう。


 ドンドン。

 微妙に暴力的な音でノック音がした。


「はいれす」

 ジェニーが扉を開ける。


 どかどか、という感じの重量感はあるが品位はあまりない足音。


「なんだ。長津田も薊野妹も元気ないじゃないか」

 この品のない眠りに突き刺さるような声を俺は知っている。


「田奈先生、疲れているんですからもう少し静かにお願いします」


「私だって疲れているんだ。昨日今日とあちこち回って根回しだの手続きだのしてきたからな」

 ドン、と机の上に置かれたのは蕎麦饅頭と書かれた箱。


「何で蕎麦饅頭なんですか。東京土産なのに」

「引っ越し披露だからだ。引っ越しと言えば蕎麦だが甘いものの方がいいだろう」


 何故田奈先生がここへ来たのか、それと引っ越しがどう関係するのか。

 俺には全く理解できない。

 というか、何かわかっていそうなのはジェニーだけのようだ。

 他は皆?という感じの顔をしている。


「という事でいいだろう。入ってきなさい」

 入ってきたのは水色の涼しげなサマードレスを着た、詩織ちゃん。

 えっ?


「今度マンションの隣の部屋に引っ越します田奈詩織と申します。よろしくお願い致します」


 え、詩織ちゃんの名字は旗台だった筈。

 それが田奈姓で引っ越しって……

 それらが俺の中で『両親とされていた人間は既に行方不明』という情報と結びつくのに、ちょっとだけ時間がかかった。


「という訳だ。あとは本人に聞くんだな」

 田奈先生はそう言ってそのまま回れ右をして、忙しげに立ち去ろうとする。


「田奈先生」

 とっさに俺は呼び止めた。


「何だ」

「ありがとうございます」

 俺は立ち上がって礼をする。

 見ると、俺以外の全員が同じように礼をしていた。


「私は私のしたいようにしているだけだ。礼を言われる筋合いは無い」

 先生はそう言い残して振り返らず部屋を去り、扉が閉まる。

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