第174話 まもりたいもの

 急に景色が鮮明になった瞬間。

 俺は砂の上に叩きつけられた。

 衝撃はそれ程でもない。

 とっさに周りを見る。


 香緒里ちゃんは足から無事着地、怪我は無さそうだ。

 そして詩織ちゃんは。


 胸から血を流して倒れていた。

 とっさに駆け寄る。

 出血の量はそれ程多くはない。

 ならまだ大丈夫なはず。


 俺は詩織ちゃんのTシャツをまくり上げ、出血元を確認する。

 血に塗れた右手と、まだ血が流れている胸の穴。

 俺はとっさに詩織ちゃんを抱きかかえ、修復魔法を発動する。


『治療しちゃ、駄目、です、よ。悪い詩織、目覚めちゃいます』

 詩織ちゃんの右手が傷の方へ動く。

 傷口を広げ、自分自身にとどめを刺そうと。

 とっさに出した俺の右手が詩織ちゃんの右手を捕まえた。


『怪我人はおとなしくしてろ!』

『駄目です……私が死にかけ……魔法が解けた……治したら、また……』

「その魔法は香緒里ちゃんが何とかする」

 ここは声に出して言う。


 ちょっと視線をずらすと香緒里ちゃんが頷いたのが見えた。

 俺は安心して、修復魔法に専念する。


 傷は右手で肋骨の隙間を強引に突いたもの。

 胸膜腔は当然肺まで損傷していてこのままだと呼吸も出来ない。

 でも構造そのものは難しくはない。

 俺の魔法で胸郭内全部を内圧含めて急いで修復。

 呼吸が安定的に出来るようになったのを確認。

 今度は傷口が残らないよう外側を丁寧に修復していく。


『修先輩も香緒里先輩もお人好しです。私は誘拐犯ですよ』

『意識してやった訳じゃない。だから悪いのは詩織ちゃんおまえじゃない』

『しょうがないですね。うっ!』

 詩織ちゃんは苦しそうに咳をする。


 慌てて気管を確認。

 さっきの怪我の影響で血が少し詰まっていただけ。

 今はもう問題無さそうだ。


『言いたいことは色々あるですが、急ぎを先に言っておくです。ここは北之島の中央部南側の浜辺です。

 本来はもう少し先の船上が回収地点です。

 でもこの場所も何かあった場合の予備回収地点になっているです。

 ジェニーさんのような魔法使いが向こうにもいるです。

 だからこの場所に私達がいることはもうばれているです。

 10分もしない間に回収班が来る筈です。気をつけて下さいです』


『詩織ちゃんの魔法で逃げるのは』

『今の体力と魔力では無理です』


 という事はここで回収班を迎え撃つ必要がある訳だ。


「香緒里ちゃん、魔法は解けそう?」

「痕跡を完全に消去しないと再発するので、少し時間がかかります」


「わかった。じゃあその間は任せろ、俺が迎撃する」

 正直、俺自身が大分好戦的になっている。

 我ながら自分がここまで戦闘的な気分になれるとは知らなかった位に。


 船のエンジン音がする。

 こっちに向かっている数隻の漁船風の船が見えている。

 明らかに本業が漁船で無いのは銃の搭載で確認。

 奴らもある意味では被害者なのだろう。

 単なる下っ端の実行部隊。


 でも、彼らには悪いけれど。

 女の子に自分の手で胸を突いて自殺させかけるような組織を俺は擁護できない。

 なので好戦的な気分のまま、俺は魔法を発動した。

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