第173話 サブルーチン

 詩織ちゃんはまぶたをぱちぱちさせ、眠そうに目を半目だけ開く。


「んー、あれ、修先輩、おばんです。おやすみなさい」

 また寝ようとする。


「こら起きろ。寝るなら自分のベッドに帰れ」

「うー、こっちのベッドのほうがマットが上質で寝心地が……」


 本当にマット目当てだったようだ。


「そこで寝られたら俺が寝れないだろ」

「私の横が空いていますですよ」


詩織ちゃんおまえの寝相が酷すぎて横に寝れないんだよ」

「ううー、わがままですねええ」


 ずるずる、ごろごろという感じでベッド上を移動して。

 詩織ちゃんはようやく起きる。


「あれ、これ、私の服じゃないのです」

「お前が全裸で寝ていたから、香緒里ちゃんの服を着せてもらった。後でちゃんと洗って返せよ」


「そうでした。食べ過ぎでお腹圧迫するもの付けたくなくて、マリリン・モンローの気分で寝ていたのでした。あれシャネルの何番だったでしょうかね」

 よいしょ、という感じで立ち上がる。


「という訳で、香緒里先輩おばんです。胸周りのサイズが違いすぎて悲しい気分の旗台詩織です」

 こら、いきなり笑わせるな。

 そう俺が思った時だった。


「違う!修兄逃げて」


「遅いです!」

 詩織ちゃんがいきなり俺と香緒里ちゃんに飛びかかってきて、腕を掴んだ。

 その瞬間、ふっと平衡感覚が壊れる。


 あたりの風景がぼやけて。

 コマ送りのように様々な夜の風景が入れ替わっていく。

 平衡感覚が働かず、いろいろな方向へとただ落ちていく感覚。


「詩織ちゃん」

 返事はない。


『いま出ているのは仮人格の方です。人格というよりサブルーチンでしょうか。条件を満たした時点で起動、本人の意思に無関係に命令を遂行するだけの仮人格です』

 香緒里ちゃんが空いている方の手を繋いで連絡してくる。


『迂闊でした。修兄から魔法がかかっていることを聞いていたのに』

 いや、違う。


『迂闊だったのは俺の方だ。ついいつもの事として油断していた。

 ところで本人を目覚めさせる方法は無いか。あれば聞きたい』


『この仮人格の場所と形は掴んだので、本人の人格が戻ればこの魔法も消去できます。でもこの仮人格を止める手段を思いつきません』


『香緒里ちゃんとみたいに接触で話せるようには出来ないか』


『一応やってみます。うーん、これで普通なら会話できる筈です』


 俺は詩織ちゃんの腕を引っ張って、俺と同じ目線にする。

『詩織ちゃん。旗台詩織』

 応答の気配はない。


『これ詩織ちゃん、ちょっとは応えろ』

 当然応えない。


『詩織ちゃん、島へ帰ろう。新学期には魔法工学科に転科するんだろ』

 あ、少し動きがあった気がする。

 気のせいかもしれないが。


『まだ製作したい色々があるんだろ。それに包丁で慣れたから今度は刀剣レプリカ作るんだろ』

 あ、明らかに反応があった。

 詩織ちゃんは俺を掴んでいた右手を離す。

 そして着ていたTシャツをまくり上げて……

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