第166話 嵐の前に乾杯を

「これだけは言っておく。本人には邪気も悪気も全くない。

 今ここにいる理由は、単に寮の自分のベッドよりこっちのベッドの方が寝心地が良いとか、今日は何か自分の部屋で寝たくない気分だとかその程度だと思う」


 俺が疑われている訳ではない事を知って、ちょっとほっとする。


「ただ、この子の魔法は異常なんだ。どう異常なのかは僕より風遊美のほうがよくわかるだろ」


 風遊美さんは頷いた。

「詩織さんの魔法は自然発生とか自己訓練で得たものではありえません。無論基本となる魔法は自分のものでしょう。でも今の形態は明らかに人為的な訓練なり操作なりが加わっています」


 奈津希さんは軽く頷き返した。

「そういう訳だ。だが誤解するなよ。詩織ちゃんこいつ本人が天然で機械好きなのは芝居でも何でもない。そして危害を加えるつもりだって、こいつ自身には全く無い」


「でも埋め込みはありますね。私の魔法ではかろうじて感知しか出来ませんけれど。正直な処、奈津希に言われなければ気づきませんでした」


「埋め込み、って何ですか」

 俺は2人に尋ねる。


「別人格って言うのがいいのかな。普段は意識下に眠っていて、何かのきっかけで目覚めてメインの人格を乗っ取る。

 乗っ取った後どうなるかはプログラミング次第で何とも言えない。心理操作魔法の最悪なものの一つさ」


「それは解除出来ないのですか」


「魔技大の教授でも無理ですね。潜伏中は一切の魔法を受け付けません。解除する為には一度裏人格を発現させて、心理操作魔法の使い手に人格の特徴を確認させる必要があります」


「つまり、解除できるのは事案発生後って訳だ。どうする修」

 奈津希さんはにやりと笑って俺を見る。


 普通なら詩織ちゃんから極力距離を置けと言う処だろう。

 でも奈津希さんの表情はきっとそれを求めていない。

 だからあえて俺は奈津希さんに尋ねる。


「勝算はあるんですね」


「勝算と言うか、準備だな」

 奈津希さんはそう言って続ける。


「この島で出やすいのは抽象魔法って言っただろ。僕がもう1つ持っている魔法がそれさ」


「予知ですか」


「そこまでいかないな。僕の魔法は、『これから起こる事柄が望んだ方向に進むために必要なものがわかる』程度だ。

 実際に起きる事を事前に知ることは出来ない。

 何が必要かは知ることが出来る。そんな程度だな」


「冬休みのある日、ソフト剣が必要だと判断したようにですか」

 風遊美さんは奈津希さん相手だと少々厳しい。


「風遊美、あれは悪かったって謝ったじゃないか。それ以来ちゃんと事前に相談するようにしているし」


「襲撃の時だって私が現場に先行するのを止めましたしね」


「あの時は理由を聞かずに止めてくれて助かった。修に治療魔法を覚えてもらうのと、香緒里に自分の魔法を明らかにしてもらう必要があったんだ」


 奈津希さん、色々暗躍していたらしい。

 というか今の台詞を考えると実際には予知に近い魔法を使えるような気が。


 まあ奈津希さんがそう言うならその必要なり何なりあるのだろう。

 奈津希さんのことは信頼できる。


「なら現時点で、準備は整ったと思っていいですね」


 奈津希さんは頷いた。

「修が自衛魔法の方法論に気付いた時点で準備は整った。正直今日思いつかないようなら、明日にでも風遊美に次のヒントを出してもらう予定だったんだけどさ。

 でも準備が出来てもハードな事態を防げる保証は無い。どうする」


 今度は真面目な顔で奈津希さんは俺に尋ねる。

 もう俺にも答えは見えている。

 そして俺が出す答と先輩2人の求めている答えは、きっと同じだ。


「でもベストな未来に通じる準備は出来たんですよね。なら俺は信じるだけです。奈津希さんの魔法と、俺自身を」


「言ったな」

 奈津希さんはにやりと笑顔を見せ、立ち上がる。


「なら祝杯だ。紅茶より良い物が冷蔵庫にある。いーい感じの清涼飲料水だ」


「奈津希、アルコールは20歳未満禁止ですよ」

 風遊美さんにはばれているらしい。


「梅酒やサングリアは清涼飲料水なの」

 奈津希さんのいつもの言い訳。


 夜は終わらない。

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