第153話 トリップ中は見せられません

「それでは今日はそろそろこの部屋を閉めますけれど、詩織さん遅いですね」

「荷物は全部工房に持っていったみたいだから大丈夫だと思う」

「では帰りに寄ってみましょうか」


 学生会室を片付け、撤収する。

 そして全員で工房の方へ行ってみると。


「うひょひょひょひょー。いいーのですいいのですひひひひ」

 奇声が聞こえた。


 思わず俺達は顔を見合わせる。

 何かを恐れつつ、そーっと工房の中を覗き込む。

 そこには全力で稼働中の工作機械。

 そして仕上がったアルミの部材に頬ずりして恍惚とした表情を浮かべている変態がいた。


「これ、何かやばくないか」

 奈津希さんすら引いている状態。


「まあ、大丈夫だとは思いますよ」

 一応俺くらいは擁護してあげたいけれど、ちょっと辛いかな。

 そんなこんなしているうちに、中から奇妙な歌が聞こえてきた。

 これ以上不味い事態になる前に止めたほうがいいようだ。


「おーい詩織ちゃん、そろそろ終業時刻」

 変化なし。

 なので直接近づく。

 CAD画面を見ながら両手を振り上げて乗りに乗っている。

 声をかけるのが正直ちょっと怖い状態だけれど。


「詩織ちゃん、そろそろ時間」

 かなり近づいて言っているのだが変化なし。

 完全にトリップ中のようだ。


「詩織ちゃん」

 肩を軽く叩く。


 お、フリーズした。

 動きも声も全て止まる。


 そしてほぼ3秒後。

「みーまーしーたーねー」


 色々な効果線とか効果音とかついていそうな感じだ。

 でもここで怯んではいけない。

「見た。全員で」

 そう言ってシャッター方向を視線で示す。


 詩織ちゃんはシャッター付近に並んだ影を確認。

 またフリーズした。


「そろそろ終業時刻だから整理して帰るぞ」

 このままだと時間がかかりすぎるので先に用件を言っておく。


「まあどうせ明日も使うんだろうから、電源落とすだけでいいけれど」


「え、明日も使っていいのですか」

 お、生き返った。


「完成までは自由に使っていいって言ったろ。でも今日は終業時間だからもうセーブして電源落として」


「うー、うるうる」

 と言いながら詩織ちゃんは手早くデータをセーブしてシャットダウンをかける。


「じゃあ照明落とすからシャッター頼む」


「了解であります」

 詩織ちゃんは足取り軽くシャッター方向へ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る