第130話 小話1の5 貪欲な豚の成れの果て

 いつもはジェニー専有スペースの寝湯に、トドが5人転がっている。


「風呂の水圧すら苦しいです」

 という香緒里ちゃんの言葉が全てを物語っている。

 つまり食べ過ぎで普通の風呂に浸かるのも苦しい状態。

 それでも寝湯に浸かっているあたり、露天風呂好きも極まっているようだ。


「私も少し食べすぎたようです」

 と言う風遊美さんはいつも通りぬる湯で伸びている。

 俺は樽湯の温度調節を低めにして浸かっていて、奈津希さんはメインの大浴槽を1人で大の字になって専有中。


 他の5人、つまり夕食で追加でご飯を食べた5人は寝湯で動けないようだ。

 寝湯でも身体の半分以上は湯に浸かれるから身体が冷える心配は無いけれど。


「うう身体を動かすのもしんどい。これだけ食べすぎたのは冬休み実家近くの焼肉店で元を取れるか弟と戦って以来だ」

「私も久しぶりにやりすぎましたわ」

「反省はしているわ。だが後悔はしていない」

「More people are killed by overeating and drinking than by the sword.」

 何やら色々言っているが、要は食い過ぎというだけだ。


「だけどまた明日あの刺身が出たら、きっと食べてしまうんだろうな」

「明日は身が柔らかくなる代わりにちょっと味が熟成されて旨味が増すよ」

「うっ、とりあえず今は考えたくないわ」

「同感なのです」


 ちなみに樽湯は寝湯の隣。

 だから視線をちょっと横にずらせば、腹を上にして並んでいる5人のあられもない状態が丸見えだ。

 だが勿論紳士な俺はそんな事はしない。


「そういえば修君、今日は樽湯にいるけれど、そこのお湯はぬるめなのですか」

「樽湯は温度調整出来るんです。今日は俺用にぬるめにしています」

 ぬる湯だと常に風遊美さんの隣で心臓に悪いから、という理由は勿論言わない。


「ちょっと試してみようかしら」

 俺が返事をする間もなく風遊美さんは立ち上がって、そして樽湯の俺の真向かいに入る。

 一瞬だが小柄な白い全身が俺の目に焼き付いた。


「うん、確かにちょうどいい温度ですね」

 俺は樽湯を2人用には設計していない。

 確かに脚を伸ばせる程度の半径にしたから真向かいで互い違いに脚を入れれば入れはするが。


 そしてこの体勢になってしまうと俺も逃げ出しにくい。

 出ると丸見えだしかと言って入っていてもどうしても視線は前に行ってしまうし。


「風遊美さんずるいです。修兄と一緒に樽湯なんてずるいです」

「私はぬるめのお湯が好きなだけです」


「だったらぬる湯でいいじゃないですか」

「いつもぬる湯ですし。たまには別のお湯に入るのもいいかなと思っただけです」

 平然と風遊美さんは香緒里ちゃんに言い返しているが、俺はちょっとやばい。

 何せ無理に横を見ない限り風遊美さんのほぼ全身が湯の中に丸見えなのだ。

 そして俺も多分同じ。


 そして香緒里ちゃんだけでなく他の方々の意向も少し心配だ。

 なら。

 多少の犠牲は払っても。


「そろそろ先上がるから」

 と俺は撤退を決意する。

 この場所で樽湯から出ると寝湯側からも丸見えだがやむを得ない。

 俺はかけてあったタオルを掴んで自分の部屋に撤退した。

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