第129話 小話1の4 食わずに後悔するよりも
見るも鮮やかな、という感じで刺身が大皿2つに山盛りに盛られている。
今回は色々な料理が並ぶという感じではなく刺身が完全にメイン。
軽く炙ったりしたものはあるけれど。
「今回は本当に美味しい魚だからね。まずは刺身で食べて欲しくてこうしてみた。まだ新鮮なので身が固いから薄切りだよ。透明っぽいのがバラハタ、ピンクっぽくて脂がのっているのがカンパチ」
と奈津希さんの説明。
いただきますの唱和とともに、箸が飛び交う争奪戦が始まる。
「ゆっくり食べても大丈夫、まだまだサクはとってあるから。でも熟成させて明後日位の方が美味しいかもね」
と奈津希さんが言っているが箸が止まらない。
美味しい。
カンパチのほうは醤油を漬けるとじゅわっと脂が広がるのが見えるくらい脂がのっていて、それでいて上品な味わい。
バラハタの方は逆に脂はそれほど感じずあくまで身のタンパク質の旨味。
どっちも美味しい。
ごはんも捗る。
引っ越しと同時に買い替えた1升炊きの炊飯器に最大容量で炊いた白飯がすごい勢いで消えていく。
誰もが食べるのに夢中で会話すら無い。
あっという間に刺身も白飯も無くなっていく。
「うーん、まだ足りない気がするわ」
由香里姉がつぶやく。
「でも一人あたり2合近いご飯は食べている筈だよ。刺身も重さにして3キロ位は用意したしさ」
そう言っている奈津希さん自身、早送りのような速度でご飯を3杯食べているのを俺は見ている。
俺自身は2杯でもう胃の容量上やめたのだが。
「もし必要なら即席でご飯くらい炊けるし刺身も追加切るけれど」
奈津希さんの言葉に真っ先に反応したのは鈴懸台先輩。
「やらずに後悔するよりやって失敗するほうが格好いい」
「他は」
4年組3人がこぞって手を上げている。
あとは香緒里ちゃんとジェニーも。
手を上げていないのは3年組2人と俺だ。
「なら4合ほど追加で炊いてくるよ。刺身も切ってくるから5分程待ってて」
そう言って奈津希さんは大皿と炊飯器を抱えて台所へ。
オープンキッチンなのでこっちから奈津希さんの作業が見える。
奈津希さんは普通通り米を研いで炊飯器にセットし、そして冷蔵庫から刺身のサクを取り出して皿の上に置いて、そしてそのままこっちへ持ってくる。
見ると皿の上の刺身はいつの間にか綺麗に均一に薄く切られていた。
そして炊飯器は電気を入れていないのに蒸気を噴き出している。
「ご飯はあと1分待ってくれ」
そう言っている間に置かれた皿から刺身が減っていく。
ただ刺身の量はまだまだ充分だ。
そして。
「ちーん」
奈津希さんは自分でそう言って炊飯器の蓋を開けた。
「オッケー、ご飯も大丈夫だよ」
その途端飯に飢えた亡者が5人、炊飯器の周りにご飯茶わんをもって群がる。
「便利ですね、奈津希の魔法」
と風遊美さん。
確かにこの時間で御飯を炊飯できるのは脅威だ。
「要は米のデンプンを水と熱使ってアルファ化するだけさ。熱と圧力かけて無理やり米に水を染み込ませて、染み込んだら全体の温度を上げてアルファ化させる。最後に余った水分を温度を上げて飛ばせば完成」
理論上はそうなのだが、多様な魔法を高い精度で使える奈津希さんだからこそ出来る技だ。
少なくとも俺は他でこんな魔法を聞いたことはない。
その間にも飯に飢えた餓鬼どもが白米と刺身を勢い良くかっ食らっている。
そして……
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