第119話 修復(2)
「修兄は私が怖くないですか」
「何で?」
「こんな人殺し魔法を使えて、常に襲撃に巻き込まれる危険性があって、その癖いろんな事を隠して修兄につきまとっているんです、私は。
今の修兄には由香里姉もいるしジェニーだっているし風遊美さんだっているんです。奈津希さんも絶対、修兄に好意を持っています。
修兄には私がいなくても大丈夫なんです。
だからこのあたりで、修兄を私から開放してあげます」
香緒里ちゃんの言葉が平坦で無表情になる。
台詞はまるで台本を棒読みで読んでいるよう。
「嫌だよ、って言ったら」
「でも修兄はこのまま戻るべきなんです」
香緒里ちゃんは平坦な口調で続ける。
「ここに修兄がいる事自体危険だってわかっていますよね」
「由香里姉もそう匂わせていたし、風遊美さんにははっきり危険だと言われたな」
「一緒に夢を見ている状態とは違うんです。今の状態は修兄の思考が私の脳に同居して、私の思考と直接やり取りしている状態なんです。
このまま接続が切れたら今の修兄の思考は私から出られなくなります。修兄の身体も思考する自我が出ていったまま昏睡状態になります」
それ位では今の俺には脅しにならない。
「でも香緒里ちゃんが目覚めなかったら、きっと一生後悔しっぱなしだろうな。機会ある毎に思い出しては後悔する。
それを続けるならこのままここにいた方がましかな。
ここにいて、香緒里ちゃんと昔のようにどこまでが自分かわからない状態になって、そのうち全部が夢だったように感じるようになる。
香緒里ちゃんをここに置いていくよりは個人的には苦痛は少ないかな」
どういう状態だかは何となく想像がつく。
今の状態と安全性も方法も違うが、昔それに近い状態には何度もなったから。
「由香里姉さんには、きっと恨まれますね。それもいいかなと一瞬思っちゃったですけれど」
ちょっと声に感情が出てきた。
「でも私、一瞬本当にそうしようかと思うくらい酷い女なんです。そうすれば修兄を私だけで独占できますから。本気でそう思う位酷いんです。
だから修兄は1人で帰ったほうがいいです。強制的に送り返すことも出来ます」
「そうしたらまたここに来るまでさ。何度でも。俺なら今回みたいに来れるんだろ、きっと」
その事には確信があった。
だから自信を持ってそう宣言する。
「困ったです。由香里姉は阻止出来たのに、修兄は阻止できないみたいです」
「だから香緒里ちゃんに追い出されても何度でもやってくる。何処に隠れてもきっと探し出すから。それにこの場所、そもそも俺から隠れるつもりがあったのかな」
「仕方ないんです。私の隠れられる場所ってここ以外は全部修兄と一緒にいたことがある場所なんです。学校で嫌な事があった時も母に理不尽に怒られた時も由香里姉と喧嘩した時だって。
いつだって修兄に全部ぶつけて話を聞いてもらって、慰めてもらったり一緒に謝ってもらったりしたんです。その修兄に酷い事をしてしまったんです。だから私はもう何処にも行けないんです」
大分感情が出てきた感じだ。
もう少しのような気がする。
「だから俺は酷い事をされたとは全然思っていないんだけどな」
「本当にそう思っていますか」
「本当さ。何度も言うけれど」
香緒里ちゃんはちょっとだけ笑みを見せる。
「懐かしいです。何か昔もこうやって修兄に慰めて貰ったのを憶えています」
「お互い様さ。俺も香緒里ちゃんがいるから耐えられた時期もあったし」
そう言って、不意にしょうもない事を思い出す。
「思い出した。早く一緒に戻らないと、俺は酷いことをされる可能性がある」
「何をされるのですか」
香緒里ちゃんが不審そうな顔をする。
「時間が経って風呂に入れないで臭うような状態になったら、率先して脱がして身体を拭くぞって奈津希さんに言われているんだ。それも下半身重点にやってやるって」
「それは困ったですね。修兄のお世話は私が独占したいのですけれど」
香緒里ちゃんの口調が大分いつもに近づいた。
「それはそれで問題のある台詞だと思うぞ」
「お世話は幼馴染の特権と昔から決まっているのです」
香緒里ちゃんそう言って、そして笑ってくれた。
泣き笑いという感じだけれども。
「しょうがないです。一緒に戻ってあげる事にします」
その笑顔が辺りを包んでいく白い光の中に薄れていき、そして……
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