第116話 搬送

 白ではない、灰色で屋根の凹凸が丸見えの天井。

 何処かはすぐ気づく。

 下の硬さと視点の高さと位置から見て、工房の作業台の上だ。

 学生会幹部の面々の顔が見える。


 俺は起き上がる途中で気づく。

 作業台の上、俺の隣に誰か寝ている。

 香緒里ちゃんだ。


「状況は? 怪我じゃないよな」


「先に自分の心配をしたらどうだい」

 あきれた顔で鈴懸台先輩が言う。


「自分の方は確認済みです。それより香緒里ちゃんは?」


「肉体的な損傷はないわ。修を引き継ぐまでは問題なかったし。泣いていたけれど」

 由香里姉が答えてくれる。

 確かに香緒里ちゃんの顔に涙の痕が見えた。


「なら今の状況は?」


「修を引き継いでこの作業台に載せて、とりあえず応急措置をしたのを確認してから突然意識を失ったの。手を繋いで呼びかけても応えてくれない」


「魔法の影響とかは無いよね」


「無いわ。修には内緒にしていたけど、あの魔法が本来の香緒里の最強魔法だから」


 俺は少し考える。


「月見野先輩、香緒里ちゃんの脳系統に異常があるか確認する魔法はありますか?」


「肉体的には脳を含めて異常なしですわ」

 月見野先輩は断言する。


「ありがとうございます。あとはこの場合の医学的措置は?」


「意識して水分を取れない状態。だから放っておくと72時間程度で重篤な脱水症状に陥ります。ですから病院で点滴を打ちながら回復を待つのが常套手段ですわ」


「では救急車、というか車で搬送しましょうか」

 この島には救急車も病院も1つずつしかない。

 だから自分の車で行った方が早いだろう。

 幸い由香里姉の車は襲撃の影響を受けずに無事だ。

 俺はポケットを探って車の鍵を取り出し、ドアを開ける。

 俺の手は自然に動いてくれた。


「それでは搬送しましょう。月見野先輩、病院に連絡をお願いしていいですか」


 ◇◇◇


 月見野先輩のおかげで病院での受け入れもスムーズに済んだ。

 空いていた個室のベッドに香緒里ちゃんは寝かされ、回りを学生会の面々が取り囲んでいる。


「それでこの場にいるたった一人の身内に申し訳無いんですが、由香里姉はマイクロバスで一度戻っていただいて、バスの車体で工房の入口を塞いでいただけますか。

 あと出来れば鈴懸台先輩とジェニー、あと月見野先輩は一緒に行って警察や教授会や学校側にさっきの襲撃の届け出をお願いします」


「修は」


「正直血液が少ないせいかしんどいんで、ちょっとここで休ませてもらいます」

 実は嘘だ。

 確かに貧血気味だがそこまでしんどい訳ではない。

 でもこの場からできるだけ人を排除して、かつ俺は残りたい。

 これからやる事のためには人は少ない方がいい。


「わかったわ、修。でも絶対無理はしないでね。確かに香緒里を失いたくはないけれど、それ以上に香緒里を恨む羽目にはなりたくない。わかるわよね」


 その言葉で、由香里姉が俺のやろうとしている事に気づいているのがわかる。

 だから俺は由香里姉に軽く頭を下げる。


「お願いします」


「わかったわ。じゃあ香緒里をお願い」


 由香里姉も月見野先輩もそれ以上は言わず、部屋を出て行く。

 俺はもう一度、頭を軽く下げた。

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