第59話 小話3の6 懐かしい日々

 いい加減風呂と雨とを楽しみすぎて全員がクタクタになった頃。

「さて、そろそろ毎回恒例のベッド争奪戦のくじ引きですわよ」


 え、やるの。

 寮へ帰るんじゃないの。

 そう思った俺の表情を読んだのか、月見野先輩が説明する。


「この雨の中寮へ帰ったら身体が冷えてしまいますわ。ここにはいつものキャンピングカーとベッドがあります。一晩過ごせば雨もやんでいると思いますの」


 わかった、一応理解はした。

 身体が冷えるという割には全裸で雨を楽しんでいた気もするが、まあいいだろう。


「今回もくじを用意しました。指定席はこの前と同じ、後ろの下段に私とミドリ、前の奥が長津田君ですわ。なので前のベッド通路側と後ろのベッド上段のくじ引きですわよ」


 月見野先輩はこの前と同じ竹棒タイプのくじをどこからともなく取り出す。

 真っ先に引きに行った由香里姉が、引いた竹棒を確認して高々と上に掲げた。

「よし!前ベッド取ったわ!」


 まずい、一番危険な人が今日の俺の隣だ。

 どうすれば逃げられるか。


 一番簡単かつ確実な方法は由香里姉に先に寝てもらう事だ。

 他に確実な方法は思い浮かばない。

 よし、ここは長湯作戦だ。


 と思ったら、由香里姉がこっちに向かってくる。

 そして俺の左隣に座った。

「ふふふ、今日は逃さないよ」

 由香里姉はそう言って、俺の左手を握った。


『久しぶりに手を握ってみたけれど、通じるかな?』

「え、由香里姉?」

 そう言って俺は今のが音声でなかった事に気づく。


『やっぱり今でも通じるんだね、久しぶり過ぎてもう駄目かなと思ってたんだ。良かった』

 そう言われると手を通じて伝わるこの感じがとても懐かしいもののように感じる。


『憶えてないかな。幼稚園のころから私が中学入る位までかな。よく3人で手を繋いで色々お話しあっていたんだよ。普通に声で話す事との違いを特に意識していなかったかもしれないけれど』 


 記憶で思い出すのは公園の山のトンネル。

 完全に公園の中にある歩行者専用の小さい小さいトンネル。

 公園でも雑草が多い人通りの少ない場所にあって、通る人もほとんどいないトンネルだ。


 トンネルの中央部に何故か広くなっている部分があって、そこの広くなっている幅の分だけが一段高くなっている。

 そこが幼稚園時代の俺と由香里姉と香緒里ちゃんの秘密基地だった。


 そこでよく3人でお昼寝をしてたりした憶えがある。

 確かに色々話をしていた記憶もある。


『思い出せるかな』

『公園のあのトンネルで、か』

『やっぱり憶えていてくれたんだ!』


 そう言った後に由香里姉は手を離す。

「のぼせるわよ。私も出るから修も出なさい。でも逃さないから覚悟してね」

「はいはい」


 由香里姉が風呂から出たのにちょっと遅れて俺も風呂から出る。

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