モデル業も楽じゃない! 最終話

ステンドグラスから注がれる色鮮やかな光。


私を待つルーノさん。


その手には、頑張って買っただろう指輪が。


怖かった。


それが妄想だと思えたから。


指輪を受け取った瞬間、辺りの輝きが陰り、実家の一室に引き戻される気がして。


ルーノさんとの出会いも、モデルの真似事をした日々も、すべては私が生み出した幻なのでは?


そう思うと、手を伸ばせなかった。



ーーねぇ、ママ?



それでも彼は退かなかった。


私の煮えきらない態度に怒ることもなく。


ただただ、待っていてくれた。



ーーママ!



やがて日差しの角度が変わり、彼の手元へと降り注いだ。


指輪にあしらわれた宝石が、鮮やかな光を浴びて一層輝く。


その美しさに心を奪われて。


私は手を。


怯えつつも、幸せに向かって……。



ーーママってば!?



ヒャイッ?!



大聖堂が見慣れた我が家に。

ステンドグラスは一般的な窓に。

キラリと輝く指輪はクッキーに様変わり。


……いや、戻ってきたのですね。


そして目の前で、娘が目を怒らせていました。

握りこぶしがテーブルに乗せられ、カタカタと音が鳴ってます。

あれ、何してたんでしたっけ?



「ずうっとボンヤリして! 早く教えてよぉ」

「えーっと、教えるって?」

「だからぁ、オートでの話! パパとのやつ!」



あぁ、そうでしたね。

ルーノさんとの馴れ初めを話す前に、その記憶を辿ってたのでした。

さて、どうしましょうか。

正直なところ、細かく説明する気は更々ありません。

というか、大半の部分を明かさずにおきたいです。



「パパに聞いてください。ママはあんまり覚えてないので」

「ウソよ! さんざん考えてたじゃない!」

「いえいえ。『絵を描いてもらった』くらいしか覚えてませんよ」

「あやしぃー。ママがかくし事してる!」

「してませんよ、これっぽっちも。あー、紅茶が美味しい」



ーーズズッ。

ダメだ、完全にぬるくなってますね。

どれだけ記憶の海に埋もれてたんでしょうか。


そしてカトリーナは完全に機嫌を損ねてます。

散々待たされてますから、仕方ないかもしれませんね。

対応に苦慮していると、そこに救世主様がわってきました。



「ただいまぁー」

「ほら、パパが帰ってきましたよ。聞いてみたらどうですか?」

「……わかった、聞いてくるね!」



すいません、あなたに丸投げします。

それと、子供たちが大きくなった頃に性教育もお願いしますね。

勝手な依頼を心で処理。

そんな私の元に元気な声が聞こえてきます。



「ねぇパパ、教えてー?」

「うんうん、何をだい?」

「パパはケティとママ、どっちが好き?」

「ええっ? 急な質問だなぁ」



ええっ?!

話が変わってますよ!

もしかして真意はそこにあったんですか?

過去の私と今のカトリーナを比較したかったのでしょうか。



「ママのこと、好き?」

「もちろん。大好きだよ」

「じゃあケティのことは?」

「とっても好きだよ」

「大好きと、とっても好き。どっちの方が好きなの?」

「うーん、難しいなぁ」

「ごまかさないで! ちゃんと言って!」



2人がイチャイチャしながらダイニングにやってきました。

カトリーナはギャアギャア騒ぎつつも、抱っこされて嬉しそう。

さらば、大人のティータイム。

まぁ概ね夢想してましたが。



「たっだいまーー!」



今度は我が家の台風こと、長男のリアムです。

虫取りから戻ったようですね。



「母ちゃん、みてみてー!」

「あら、すっごい。たくさん捕れましたね」



ギッチギチです。

トンボが小さめのカゴにギッチギチ。

こんな時の正しい答え方って何でしょうね?

知ってる方居たら教えてください。



「ままー、おなかすいたー」



寝室から末っ子のクレアがやってきました。

お昼寝から目覚めたようです。

こうなるともう、我が家はお祭り騒ぎです。



「いたい! やめてってば!」

「へーんだ。ノロマ! ノロ亀ケティ!」

「もう! 怒ったからね!」

「こらー、やめなさい!」

「ママァ。おといれ」

「えっと、すぐトイレ連れてきますから、もうちょっと待って……」

「もうでるー」

「あああ! 我慢してください!」



あっという間にこの有り様。

妄想するゆとりなんか皆無ですよ。

子供は大人の事情なんて考えませんから。



「ふぅー。なんとか間に合いましたね」

「ママァ、おなかすいたの」

「……もう少しでご飯にしますから」



気の休まることの無い日常。

それでも、不幸だとは微塵も思わない、不思議な毎日。

妄想しか取り柄のなかった私の未来としては、上出来過ぎますかね。

 


「いやぁ、我が家は賑やかだなぁ!」



リアムとカトリーナを引き離しつつ、ルーノさんはニッコニコ。

私としてはもう少し静かな方が好みですがね。

と、思うだけ無意味でしょう。


誰も彼もが、生まれ持った気質で生きるしか無いのですから。

お隣さんやら見知らぬ人を羨んでも、仕方がないのです。


目の前の風景こそ、世界でひとつだけのもの。

我が家にしか無い光景なのです。

そう思うだけで愛おしさを感じます。



妄想に悩み、妄想に助けられた過去の私。

これからの私は何に悩み、何に助けられるのでしょうか。

先の出来事なんて見当もつきません。


ですが、もう怖くはありません。

何が起きても助け合える人が居ますから。

だから安心してくださいね。


未来のアリシアさん。




ー完ー

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ギルド受付嬢も楽じゃない! ーー私が幸せを掴むまでーー おもちさん @Omotty

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