モデル業も楽じゃない! 第9話



肩に引っかけた大荷物。

その重みが静かに語りかけてきます。

もう後戻りはできないのだ、と。


昨日は最後のモデルを終え、早めに就寝。

そして早朝に部屋を後にしました。

もう戻ることは無いでしょう。


時間帯のせいか、人通りは疎らです。

混雑する前に諸々片付けてしまいましょう。



「まずは部屋の解約……いや、辻馬車の予約ですね」



遠くの街へ運んでくれる馬車は、本数が少ないのです。

そのくせ利用者は多く、すぐに枠が埋まってしまいます。

今日中に王都を出る為にも、真っ先に窓口へ向かったのですが……。



「馬車はしばらく出せないよ」



そんな無慈悲な言葉が投げつけられました。

出せないって、どうしてでしょうか。



「もしかして、何かトラブルでも起きました?」

「どうやら凶悪な盗賊団の一味が王都に潜伏してるらしくてな。公務以外じゃ街から出られないぞ」

「そんなぁ……解決の見通しはたってるんですか?」

「さてな。騎士様の働き次第だろう」



馬車は無い。

それどころか、街から出ることすらできない。

ここ最近は運が腐ってますね。

部屋の解約を済ませていないのは幸いですが、戻る気は毛ほども無いです。



「ちょっとノンビリしながら考えますか……」



事が上手く運ばない日。

そんな時に決まって、大河沿いにある公園に足が向きます。

大きな流れを見ている内に、心が解れるのです。

帰るところの無い私にはうってつけの場所と言えます。



「多少混んで来ましたね。裏路地から回りますか」



いつの間にか通行人が増えてきました。

さすが王都、田舎街の比じゃないです。

揉みくちゃになるのは嫌なので路地裏に入りましたが、それは悪手だったようです。

『なぜ街から出られないのか』について、もう少し真剣に考えるべきだったのです。



ーームグッ!?



裏道を進んで数歩。

突然口を塞がれ、腕を捕まれて奥へと引きずり込まれました。

こちらに遠慮しない程の強い力で。

私は抵抗も空しく、袋小路まで連れ込まれ、地面に投げ飛ばされました。




「どうよ。中々良い女だろ? 暇潰しにピッタリだ」

「まぁ、悪くねぇ。隠れてるだけじゃ退屈だからな」



あからさまにアウトローな二人組が目の前に立ちはだかります。

逃げ道など無く、助けてくれそうな人も見当たりません。

私は震える体を抱き締めつつ叫びました。

もしかすると、大通りまで声が届くかもしれませんので。



「何をするんですか! 帰してください!」

「もちろん、帰してやるよ。オレたちが飽きたらな」

「帰してやるとも。だが、その時まで生きてるといいな?」



ヤバイです。

これまで見た中で一番凶悪ですよ。

きっとこの人たちが噂の盗賊なんでしょう。

盗賊に女って最悪の組み合わせじゃないですか!


盗賊に、女。

盗賊、女。

盗賊女……。



「なんだぁコイツ? 急に静かになったぞ」

「構いやしねぇよ。とっとと脱がせちまえ」



無防備に手が伸ばされる。

アタシはそれをすり抜けて、男の鼻っ面に肘を叩き込んだ。


ーービシャリ。


辺りに鮮血が舞う。

うぇぇ、きったねぇ。



「てめぇ! 何しやがる!」

「へぇ、アンタらみたいな外道でも血は赤いんだねぇ。黒だの茶色だと思ってたよ」

「調子に乗んなよ……殺すぞ!」

「こわぁいー、ころされちゃうぅ」

「このッ、ナメんじゃねぇ!」



鼻血野郎は顔押さえて悶絶中。

もう1人がいきり立って剣を振り上げた。

バカかこいつ。

こんな場面なら突くだろ。


相手のがら空きとなった胴をすり抜け、私は男たちの背後に出た。

その拍子で尻餅をついた2人が、驚きの目を向けてくる。



「クッソ弱ッ! アタシを殺すんじゃなかったのーぉ?」

「てんめぇぇ……」

「アンタらみたいな能無しじゃ、そんなん無理どけどねー!」

「ざっけんなコラ!」



アタシは路地裏を駆けた。

男たちも追い縋ってくる。

向こうは必死みたいだけど、分はこっちにある。

雑然と散らかった路地裏の道では、小柄な方が動きやすいからだ。


さらに言えば、この辺りの道を熟知しているのも大きい。

頭に血が昇ったバカどもを連れ回すのに、申し分ない状況と言える。



「ちょこまか逃げ回りやがって、勝負しやがれ!」



また頭悪いこと言いやがる。

丸腰の上に非力なアタシがヤツラに敵う道理は無い。

だからこうして『誘導』してる訳だ。


気取られないように大通りは避け、裏道を進む。

アタシが借りてた部屋、そして画材屋を通りすぎ、そこで足を止めた。

背後からは男たちが迫る。

顔を真っ赤にしてるし、作戦は見事にハマったらしい。



「観念したかこの野郎! もう逃がさねえぞ!」

「さっきの痛みは何倍にもして、死ぬ程いたぶってやる!」

「ねぇアンタたち。周りを見てごらんよ」

「周りだと……?!」



アタシのすぐそばには、飾りっ気の無い武骨な小屋がある。


騎士団詰所。

裏通りにも何ヵ所かあんだよね、さすが王都。


異変を察知してか、中から甲冑男が数名飛び出してきた。



「お前たちはもしや!」

「武器を捨てろ、抵抗するとロクな目に合わんぞ!」



アタシの前に銀鎧の壁が出来始める。

形勢は完全に逆転したのだ。

それから2人の外道どもが組み伏せられ、縄で縛られていく。


ーーなんとか助かったね。


胸を撫で下ろした、その時だ。



「ふざけんなぁーッ!」

「クソッ、抵抗するな!」



とんでもない馬鹿力なのか、鼻の折れた男が立ち上がった。

鎧姿の騎士が蹴散らされる。

そして間髪をいれずにこっちへ突進、斬りかかってきた。

アタシは気を抜いたせいで、対応が一呼吸遅れてしまう。


ーーヤバイ、避けられない!


ここで一撃を食らうことを覚悟した。



「危ない! 避けて!」

「えっ?」



アタシは突き飛ばされ、地面の上を転がった。

斬られた痛みはない。

もちろん血だって流してなんかいない。

そして目の前には、片腕を押さえてうずくまる男がいた。



アタシをかばった人。



私をかばったその人は……。



「ルーノさん?!」

「うぅ、アリシアさん。大丈夫?」

「私は何とも! それよりも血を、血を止めなきゃ!」

「邪魔が入ったが、これで終わりだ! 仲良くクタバレッ!」



男は再び剣を高く掲げました。

狂乱したような眼差しに、私は金縛りにあったように動けません。

そして……。


ーーメキャッ!


男の顔面に甲冑の拳が叩きつけられました。

騎士さんが駆けつけるのが間に合ったのです。

それからその男は棍棒のようなものでボコボコに殴られ、グッタリしたところを連れていかる事となるのですが、こっちはそれどころじゃありません。


ルーノさんは左腕を斬られ、少なくない血を流しています。

ともかく止血が必要でした。


ーービリリッ。


スカートの裾を裂いて即席の包帯をあてがいました。

あとは治療師さんに看てもらいましょう。



「なんて無茶を。右手を斬られたらどうするつもりですか?」

「いやぁ、つい咄嗟にね。ともかくアリシアさんが無事で良かったよ」

「良くありません! 絵はあなたの生き甲斐でしょう? それが描けなくなっても良いんですか?!」



わめき声をあげる私に、ルーノさんは嫌な顔ひとつしません。

ほんの少し目が鋭くなり、背筋を伸ばすだけです。

そして、彼はこう言いました。



「絵なんて、どうとでもなるよ。右手がダメなら左手、口や足を代わりにしたって良い」

「そんなの無茶苦茶じゃないですか」

「でも君の代わりは居やしない。死んだらそれっきりさ」

「……ルーノさん」



その表情は曇りの一切無い、快晴のようでした。

裏や打算なんかは無いと信じられるくらいには。


信じていいんですか?

自分の右手を犠牲にするような、その覚悟を。

傍にいてもいいんですか?

ずっと仲良くしてくれるなら、それで十分ですから。



「それにしてもルーノさん、なんで私の危険に気づいたんですか?」

「窓の外が騒がしくって。それでチラッと見たら君が追われてるのが見えてさ」

「そういえば近くを通りましたか。ともかく、今後は無茶しないでくださいね?」

「何言ってんの。それは君の方だってば」

「……今回ばかりは何も言い返せませんね」



この後すぐに治療院に向かいましたが、その日の内に完治できました。

思ったほど深くなかったらしく、私たちからは安堵の息が漏れます。


そして私はというと、あの部屋へと戻ることになりました。

家出のような出立はひとまず保留です。

彼との事は、もう少し様子を見ていようかと思います。


何せ命の恩人ですからね。

せめてその恩が返せる日が来るまでは、これまで通り接していこうかなと。


暖かい気持ちに、少しだけ自棄(やけ)を混ぜたような心境。

それでも昨日に比べれば遥かにマシな気分です。


私の気持ちや取り巻く環境も、今作の納品によって一転するのですが、この時はまだ知る由もありませんでした。

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