第三話 霧島十歩の落命 ⑥
翌日、明け方。
崖上の鳥居にやってきた一人の人影があった。人影は鳥居に辿りつくと、迷うことなくその根元に置いてあったカバンを持って立ち去ろうとした。
「やはり来たな犯人め」
物陰から現れたのは探偵二人と双子だった。探偵たちはカバンを持った人物をまっすぐに睨みつけている。
「一旦全員を家に帰し、警備を手薄にしておけば現れると思ったぞ」
「――菊田真美さん!」
包帯の女性――菊田は明らかに動揺した様子で、首を横に振った。
「い、いやですね探偵さんたち。私はただ、わらべ歌の秘密を偶然解いて、ここに辿りついただけですよ」
「苦しい言い訳ですね。さ、一緒に交番まで行きましょうか」
そう言いながら十歩たちが腕を取ろうとしたが、菊田はなおも諦めなかった。
「待ってください! 第一、私にはご神体を奪うことは不可能じゃないですか。私は停電の直前、舞台からは遠く離れたトイレにいたんですよ! それにどうして私があの女性を殺さなきゃいけないんですか!」
「ああそのことですか」
十歩たちは目配せをすると、推理を披露し始めた。
「あなたたち二人は共犯だったからです」
「共犯……? そんな訳ないでしょう、私はあの人なんて知りませんよ!」
「まあまあ、最後まで聞いて下さい。……これは私たちの憶測も含まれているのですがね、あなたがた二人は共謀してご神体を盗もうとした。そして、捜査の目をくらますために、顔を覆っていた仮面を入れ替えたんです。――つまり、犯行時にトイレの近くにいたのはあなたではなく包帯を顔に巻いた被害者だった。あの時、トイレのそばにいなかった、狐面を被ったあなたこそが、ご神体を盗み、十一くんを突き飛ばして逃げた犯人だったんです」
菊田はカバンの紐を握りしめた。
「な、何を根拠にそんな……。それに、それならどうして彼女は裏の県道近くで死んでいたんです? 私がここにいたってことは彼女を殺すことなんてできないはずじゃないですか」
「それは簡単なことです。被害者は県道で殺されたのではなく、この場所、この崖の上から落ちたのですから」
十歩の言葉に、菊田は一歩後ずさった。
「あなたがたはこの崖の上で合流した後、何らかの理由によって、顔を覆った面を交換しあった。そうしてその直後、被害者はここから突き落されたのです」
「ど、どうしてそんな」
「そう、どうしてそんなことを行う必要があったのか。どうしてあなた方はこの崖の上で会っていたのか。それは――被害者があなたを裏切り殺そうとしたからですね?」
菊田は言葉に詰まったようだった。十歩と江戸探偵はさらに推理を続ける。
「犯行後、あなたは隠し通路を通って逃げ、ほとぼりが冷めた頃に逃げ出して、県道で拾ってもらう予定だった。しかしあなたのあとを追って、何故か被害者がここに来てしまったんです」
話しながらさりげなく十歩が菊田の後ろに回り、退路を断つ。
「おそらく被害者はあなたに計画が変更になったとでも言ったのでしょう。そうして、あなたがたは面を交換した。しかし、その直後、被害者はあなたを突き落そうとし――もみ合っているうちに逆に被害者が崖の下に落ちてしまった」
「崖の下に落ちた被害者は勢い余って県道を横切り、その下の道にまで落ちていった。ご神体を持ったあなたは焦ってご神体をここに隠し、何食わぬ顔で境内に戻った。……そうですね?」
「あ、あなたたちの言ってるのはただの憶測じゃないですか! 私がそれをした証拠がどこにあるっていうんですか!」
「あなたが今、ここに来たことが動かぬ証拠ですよ」
十歩は重ねてそう言った。それでも納得しない様子の菊田に、二人はさらに追い打ちをかけた。
「それにですね、菊田さん。我々は、『死んでいたのが女性』だなんて誰にも教えていないんですよ」
「あなたはどうしてそれをご存じなのですか?」
菊田は一気に顔色を変えると、踵を返し、逃げ場を奪っていた十歩を突き飛ばして、隠し通路の中へと駆け込んだ。
「何やってる十歩! このうすのろ!」
「誰がうすのろだ!」
言い返しながらも探偵二人はその後を追う。その後ろを双子も走っていった。
「待て、犯人!」
そう言って待つ犯人がいるはずもなく、菊田と探偵たちの距離はだんだん離れていった。
――しかし、
「なんで、あんなに晴れてたのに……」
隠し通路の出口で、菊田は立ち尽くした。通路の外は吹き飛ばされそうなほど激しい豪雨だったのだ。
「くっ……!」
菊田は一瞬ためらった後、豪雨の中へと駆け出した。追いついてきた十歩たちもそれを追いかける。
ぐおおおおん。
その時、響いたのは雷のような奇妙な音だった。咄嗟に音の主を探そうと十歩が空を仰いだその瞬間、銀色の巨大な何かが十歩たちの頭上を横切った。
「きゃあああああ!」
菊田の悲鳴が前方から響き、十歩たちはそれに駆け寄る。そこでは菊田が尻餅をつき、何かに怯えているようだった。
「ば、化け物!」
菊田が指さす先を十歩たちも見てみると、そこには巨大なあごと牙があった。
体は蛇のように長く、鱗に覆われている。むき出しになった牙は鋭く、鼻先からは二本の長い髭が生えている。一頭の巨大な龍の姿がそこにはあった。
「え」
十歩たちが言葉を失っていると、急に雨は止み、あんなに巨大だった龍の姿も跡形もなく掻き消えた。
今のは通り雨の中に見えた幻だったのか、と十歩たちは目を瞬かせる。
だがそれを否定するように、その龍がいたあとには、いちのつけていた小さな髪留めが落ちていたのだった。
*
帰り道、無事に事件を解決し終えた一行は、オンボロ車に揺られながら、帰途についていた。十歩たちの車のトランクの中には、村の人たちから貰ったお礼の野菜や米がはち切れそうなほど詰まっている。
それを貰った時、あの野郎、半年は食っていけるってこういうことかよ、と十歩が漏らし、双子は何となく意味を察して笑いあった。
そんな楽しい帰り道であったが、一つだけ予定外のことがあった。
「本当にすいません。局地的な豪雨で電車が止まってしまったらしくって」
「いえいえ、こういう時はお互い様ですから」
豪雨で電車が止まってしまい、帰れなくなった二子を乗せて帰ることになったのだ。
「なんだかんだで楽しい旅行でしたね、十歩さん!」
そうやっていちが言う。
「俺はもう二度とごめんだよ」
十一が苦々しく答える。
「まあまあ、似合ってたわよ」
「似合ってなんていない!」
必死に否定する十一に、車内は和やかな雰囲気になって、帰り道を走っていった。
「あっ」
「ん? どうしました?」
不意に二子が声を上げ、十歩が鏡ごしに二子を見た。
「綺麗な滝ですね! ちょっと一枚だけ写真を撮りに行ってもいいですか?」
それは双子と十歩が行きの道で見たあの滝だった。十歩は渋々といった様子で「いいですよ」と言い、車を停めた。
「わあ、すごいですね!」
「そうですねー……」
流石に二度目ともなると感慨も浅く、十歩は気のない返事をした。そんな十歩を二子は滝のそばに連れていくと、滝の下の方を指さした。
「ほら、あれなんてすごくないですか?」
「え? どれです?」
「ほら、あの――」
ドン、と。
何かが十歩の背中を押した。十歩の体はあっけなくバランスを崩し、何が起きたのかを考える暇もなく、足場を失った。
「十歩さん!」
「十歩!」
あっという間に体が逆さまになり、岩肌と流れ落ちる水だけが十歩の視界に映る。そうして双子の焦ったような声を聞きながら、無様な格好で滝の中を落下していき――
霧島十歩は死んだ。
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