第三話 霧島十歩の落命 ⑤
ただちに警察が呼ばれ、駐在所の警官が現場にやってきた。もちろん当然のような顔をして十歩と江戸探偵もそれについていく。
「事故ですかね事件ですかね」
「事故っぽいですなあ」
被害者の秋月ろくは高所から落ちた様子で倒れており、ろくのそばには狐面が落ちていた。
「これがここに落ちてるってことは、向こうで目撃された狐面をつけた女性っていうのは、ろくさんのことだったんだろうな」
「ああ、問題はどこから落ちたかだが……」
ろくが倒れていたすぐ隣には階段があり、階段を上った先、5、6メートル上には県道があった。
「県道から足を滑らせて落ちたんでしょうなあ。階段は急で滑りやすいし」
「ですね……」
県道の方を見上げていると、十歩はその先にあるものを見つけた。
「ん?」
十歩は目を凝らし、県道の上の方を指さした。
「駐在さん。あそこに鳥居がありますね」
県道の向こうがわにある崖の遥か上には、小さな鳥居がぽつんと立っていたのだ。
「ああ、昔からある鳥居ですわ」
江戸探偵もつられてそれを見上げる。その鳥居はこじんまりとしていて、塗ってあったであろう赤色ははがれ、今にも壊れそうに見えた。
「ちなみに何を祀った鳥居なんです?」
「さあ? 分からないですなあ」
「分からない?」
十歩が聞き返すと、駐在警官も鳥居を見上げた。
「あの場所はですね。あそこに上る方法も分からずに、ずーっと放置されてるんですよ」
「へえ……」
妙なこともあるもんですねえ、と言い合いながら三人は遺体に目を戻す。
「被害者がご神体盗難の犯人とすると、ご神体は一体どこにいったんでしょう」
「どこかに転がっていってしまったのかもしれませんねえ、真ん丸なご神体でしたから」
ああー、と探偵二人は微妙な顔をする。
「ご神体を失くしただなんて、村を守ってくれている龍神様に顔向けできませんな……」
駐在警官は帽子を取ると、坊主頭をざりざりと撫でてため息を吐いた。
探偵二人はその場を辞すると、神社の方へと戻り始めた。
「十歩。ご神体盗難について他の容疑者はいるのか」
「ああ、明らかに怪しい人が一人」
十歩は大ぶりの手帳を取り出して開いた。
「彼女の名前は菊田真美さん。顔に包帯をぐるぐる巻きにした女性で、犯行後しばらくの間、姿が見えなかった人物だ」
「それは怪しいな」
「だが菊田さんは犯行時刻、トイレに行っていたそうなんだ。その付近での目撃証言もある。そして、トイレと犯行の行われた舞台は数十秒で行って戻るには遠すぎるんだ」
「なるほど……」
十歩はうーんと考え込んで、ふと江戸探偵を見上げた。
「なあ、彼女がろくさんを殺したってことは……」
「ないだろうな。この現場までは一本道で、俺たちは誰ともすれ違っていないんだ」
「だよな。そうだよな……」
今度は江戸探偵がうーんと考え込み、十歩に尋ねた。
「ちなみになんだが……犯人はどうやって電気を落としたんだ?」
「村の人によると細工は見つからなかったらしいから、直接手でブレーカーを落としたんだと思うぞ。あの時は全員が舞台に注目していたから可能なはずだ」
神社に足を踏み入れると、まだ外には出していない参拝客たちがざわめいていた。その中から神主を探し出し、十歩たちは尋ねた。
「ああ、神主さん。ここのブレーカーはどこにあるんです?」
「どうも。あっちの社務所の……ああ、トイレがある近くですね」
探偵二人は顔を見合わせた。
「菊田さんがトイレに行ったふりをしてブレーカーを落とした?」
「それしか考えられないだろうな」
「じゃあやっぱり菊田さんが盗難の犯人?」
「だがトイレと舞台は離れすぎている。ブレーカーを落とした後、数十秒でご神体を奪い、どこかに隠すのは不可能だろう」
「だよな……」
考え込みながら二人が歩いていくと、本殿の開いた縁側に腰かけている人物がいた。
「おや、頑張っているかな?」
「あっ、お前、あの時の」
そこにいたのは十歩に泥棒退治を依頼した、白髪の青年だった。青年の隣にはいちと十一も腰かけている。どうやらお茶を淹れてもらったらしい。十歩は青年を睨みつけた。
「まさかお前が犯人なんじゃないだろうな……」
そもそも存在が怪しすぎるし、どうしてご神体が盗まれることを知っていたのかも謎だ。
しかし疑われた青年は、鷹揚に笑った。
「ははは、村の人たちに聞いてみるといい。私はあの時、氏子たちの中にはいなかったよ」
ほら、私は目立つから分かりやすいだろう。
そう言われてしまえば、十歩も引き下がる他なく、不満そうに唸ることしかできない。
「まあまあ、お茶でも飲んでいきなさい」
青年はそう言いながら立ち上がり、十歩と江戸探偵にも、やかんから茶を注いだ。探偵二人は不本意ながらも腰かけて、湯呑を受け取った。
その時、急に激しい風が吹いて、青年の長い髪が双子の方になびいた。
「ぎゃあ」
「わぷっ」
さらさらの白髪が双子の顔に直撃し、双子は悲鳴を上げる。それを引き起こした張本人はといえば、おやおや、などと言っているばかりだ。
いちと十一は立ち上がると、いちは自分の髪留めを取り、十一は自分の方に流れてきていた髪の毛を払った。
「これ、貸してあげます」
「髪の毛結んだ方がいいぞ。邪魔だから」
青年はきょとんと目を丸くする。双子は青年の髪に向かって手を伸ばした。
「ほら、屈んでください」
「結んでやるから」
言われるがままに青年が屈むと、双子は慣れた手つきで髪の毛を束ねていった。
「ははは、愛いなあ」
「うい?」
「ういってなんだ?」
「はっはっは」
髪を結び終わった三人は再び縁側に腰掛けた。探偵たちは顔を突き合わせて、ああでもないこうでもないと議論を交わしている。青年はそれを好ましそうに見た後、穏やかな声で言った。
「どうにも悩んでいるようだから、一つ助言をあげよう」
十歩たちは顔を上げ、怪訝そうに青年を見た。
「は? 助言?」
「あのわらべ歌はな、地図なのだよ」
「わらべ歌というと……龍神の歌のことか?」
「そうそうそれよ」
むかしむかしのりゅうさまは
ふちからはいでてとぐろまき
よめさまかついでよろこんで
ぐるりとまわってとぐろまく
とられたよめさまとりかえせ
よめさまのやしろはこうべのうえ
ねむっておとしたげきりんの
すそからのぼれはなさきめざせ
「……って歌だったよな?」
「これが地図とは一体どういうこと――」
二人が尋ねようとしたとき、青年の姿は既にそこになかった。残されているのは青年の飲み終わった湯呑と、お茶の入ったやかんだけだ。
「消えた……?」
「いや、どこかに行っただけだろう。それよりわらべ歌の暗号だ」
「……そうだな」
どこか疑問は残しながらも十歩は無理矢理自分を納得させ、推理に取り掛かった。
「地図、というとこの神社の周辺の地図のことか?」
「だろうな。この近辺の地名っていうと――」
「正面に龍ヶ淵」
「右手に尾道山」
「左手に御手山」
「最後に本殿の後ろの阿児山だな!」
「ですよね、十歩さん!」
「だよな、十歩!」
「お、おう、お前らよく覚えてるな」
「ふふん、十歩さんの百倍真面目に聞いてましたからね」
「俺たちは十歩よりずっと若いからな。記憶力がいいんだ」
「うるせえぞテメエら!」
十歩が大声を出すと、キャー! と言いながら双子は十歩から距離を取った。
「しかし龍ヶ淵、尾道山、御手山、阿児山か……」
「歌の内容はなんだったか……龍が這い出てくる話だったか?」
「這い出てくるのはきっと龍ヶ淵ですよね」
「龍神様は龍ヶ淵に住んでるんだからそうだよな」
「だろうな、……這い出た龍神はどこに行ったんだ?」
ううん、と四人は考え込む。その時、いちはふとあることを思いだした。
「そういえばホテルの川端さんが言ってました。阿児山と御手山の間、本殿の左手には龍神が落とした『うろこ岩』があるって」
「うろこ岩ねえ……」
登場人物たちの察しが悪すぎるので、読者の皆様には先に説明しておこう。
常識ではあるが、歌に出てきた『げきりん』とは『逆鱗』と書き、『逆鱗』とは龍の顎の下に逆さまに生えている鱗のことである。
「えっ、げきりん?」
地の文を読んだ十歩が素っ頓狂な声を上げる。
「それだ!」
江戸探偵はパンと手を打った。
「龍ヶ淵を這い出た龍神は神社の周りをぐるりと回ったんだ! 右手には『尾』――尾道山、左手には『手』――御手山、本殿の裏手には『あご』――阿児山、そして阿児山のふもとには『げきりん』のうろこ岩!」
「そうか! 龍神はこの神社の周りを右回りに回っていたんだな!?」
「そういうことだ!」
探偵二人は興奮して立ち上がり、二人につられた双子も立ち上がった。
「じゃあ歌にある『げきりんのすそからのぼれ』っていうのは……」
四人は本殿のすぐ横にある巨石――うろこ岩の周囲を探し回った。すると本殿とうろこ岩のちょうど境目、阿児山のふもとに隠されるように人ひとりが屈めば通れるほどの洞穴を見つけたのだ。
「あった!」
「歌の通りならこの先にあるのはおそらく――」
四人は阿児山の中に続くその洞窟に入った。入口に比べて中は存外に広く、成人男性でも立ち上がれるほどはある。四人はまっすぐに続く階段を無言のまま登っていった。
五分ほど歩くと、四人はある場所に出た。十歩は足元に無造作に置かれたそれを拾い上げた。
「やっぱりご神体はここに隠されていたか」
「これで犯人は分かったな」
探偵二人は頷き合い、十歩は拳を手の平にパンと打ち付けた。
「次は犯人を罠にかけるぞ、読者ども!」
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