第三話 霧島十歩の落命 ④

 霧島十歩と江戸探偵によって、現場は速やかに封鎖された。


 電気が消えていたとはいえ、衆人環視の中での犯行。おまけに盗まれたのは存外にかさばる水晶(ガラス玉)だ。容疑者は自然としぼられることになった。


「まず今ここに残っている方々の荷物をあらためてみませんか」


 舞台に昇った江戸探偵の一言に、村人たちは互いに荷物を確認し合い始めた。


「無いな」

「お前、持ってるんじゃないのか」

「馬鹿言え、ほら、確認してみろ」


 疑心暗鬼になる村人たちだったが、結局、境内に残っていた者の中にご神体を所持している者はいなかった。


「駄目だ、どこにもご神体はない」

「そうか……じゃあ犯人は今ここにいない人物ってことになるな」


 十歩は顎に手を置いて考える。


「誰か神社の外に逃げて行く奴を目撃した人はいないか?」


 十歩は声を張り上げたが、それに対する反応は芳しくないものだった。手がかりを失ってしまった十歩たちが、むむと唸り始めると、ある村人が声を上げた。


「あのう、探偵さん」

「ああ川端さん。どうかしましたか?」

「多分犯人は正面の石段以外で逃げたのだと思います」

「――というと?」


 皆に注目された川端は、自信のなさそうな声で答えた。


「あの石段はかなりの長さがあります。電気が消えていたあの数十秒で駆け下りれるものではありません」

「なるほど。つまり、駆け下りている途中の犯人を誰も見ていないということは、犯人は別の道を通って逃走したということだな……?」

「神主さん。他にこの神社を出る道はありませんか?」


 犯人に突き飛ばされた十一の手当てをしていた神主が振り返った。


「ええっ? あそこ以外に道は――あっ!」

「あるんですね! どこですか!?」

「ええと、本殿の脇を通って、龍ヶ淵と阿児山の間を通る道が一本……」

「それだ! 十歩、俺はその道を通って犯人を追う。お前は念のためここに残っていてくれ」

「あ? それだとお前に手柄が持ってかれちまうだろうが」

「まだあの道を通って逃げたと決まったわけじゃないんだ。お前はここで推理を続けてくれ。いいか、それはお前にしかできないんだ」

「お、おう。そういうことなら……」


 良いように丸め込まれ、十歩は江戸探偵に頷いた。


「……丸め込まれたのか、俺?」


 そういう見方もあるというだけである。


 男衆数名を連れて、阿児山と龍ヶ淵の間の道を急ぐ江戸探偵の背中に、神主は声を投げかけた。


「ずっと歩いていくと、県道に上がれる階段に出ます! かなり滑りやすい道になっていますから、どうぞお気をつけて!」


 江戸探偵たちを見送ってから十歩は、よし、と言ってふんぞり返った。


「さて、推理を続けましょうか」

「十歩さんったら急に偉そうになったわ」

「十歩は器が小さいからな。自分が目立てる環境になると、すぐ生き生きしだすんだ」


 寄ってきたいちと、白無垢を脱ぎ終わった十一が、同時に茶々を入れる。


「黙ってろガキども!」


 十歩は一喝すると、ごほん、と咳払いをして推理を再開した。


「犯行前や犯行後、不審な人物を見かけた方はいませんか?」

「不審な人物……」

「不審な人物……」


 いちと十一も考え込む。すると村人たちの中からすぐに手を挙げた者がいた。


「私、見ました! 顔に包帯をぐるぐる巻きにしてる女性がいました!」

「私も見たわ! 狐のお面を被っている女性もいた!」

「それです! その方は今ここに……いないようですね。つまりその二人のうちのどちらかが――」

「あのう、私がどうかしましたでしょうか?」


 控えめな声でそう名乗り出たのは、顔に包帯を巻いた女性だった。


「あっ、いらっしゃったんですね。じゃああなたは容疑者から外れますね」


 すると、村人たちから否定の声が上がった。


「いや。この人、今の今まで境内にはいなかったぞ!」

「そうよ、こんな目立つ人、見逃すわけないわ!」


 村人たちの勢いに、十歩はたじたじとなりながら、包帯の女性に尋ねた。


「あーそこの包帯の方。……ちなみに今までどちらに?」

「お手洗いの方にいましたが……何かあったんですか?」

「この神社のご神体が盗まれたんです。言い方は悪いですが、あなたにはその嫌疑がかかっています」

「ええっ!? そんな、わたしやってませんよ!」

「口ではどうとでも言えますので。カバンの中、拝見させていただいても?」

「……分かりました」


 十歩は舞台から降り、村人たちの見る前で、女性のカバンの中身をあらためた。


「――ないですね」

「そりゃあ盗ってませんから。もういいですか?」

「あ、ええと……」

「まだだ! その女が事件の直前にどこにいたのかも確かめるべきだ!」


 そうだ、そうだ、と村人たちから声が上がる。


「十歩さん、村の人たちの方が探偵っぽいことしてますよ」

「そうだぞ十歩。危機感を持ったらどうだ?」

「双子うるせえ!」


 小声で双子を黙らせると、十歩は村人たちを見回した。


「皆さんの中で、犯行直前に彼女を見た方は?」

「あっ。私、見ました! 彼女、トイレの近くにいました!」


 十歩は、やはりか、と考え込んだ。


「トイレは舞台からは遠いですからね……あの数十秒で人混みを突っ切ってご神体を盗むのは難しいでしょうね」


 捜査はふりだしに戻ってしまった。包帯の女性は苛立った様子で言った。


「ただの盗難事件でしょう? そろそろ宿に帰ってもいいですか?」


 その言葉を、誰も否定はできなかった。だが村人たち全員が不満そうな顔をしていた。村人にとってあのご神体はそれだけ大事なものなのだ。


「帰っていいんですか、駄目なんですか、どっちなんですか?」


 女性の勢いに気圧されて、十歩は目を泳がせた。


「そ、そうですね、じゃあ今日はこの辺りで……」

「待て十歩」


 十歩の言葉を制したのは、裾の道から慌てて戻ってきた江戸探偵だった。


「どうした江戸」


 江戸探偵は十歩に駆け寄ると、声を潜めて言った。


「阿児山の道の先で死体が見つかった」

「何!?」


 十歩も江戸探偵に顔を寄せて小声で問いかける。


「……コロシか?」


「まだ分からん。だが――」


 江戸探偵はちらりと秋月姉弟を見て、さらに声を潜めた。


「亡くなっていたのはお前も知っている――秋月ろくさんだ」

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