第三話 霧島十歩の落命
第三話 霧島十歩の落命 ①
「いい? この鍵は肌身離さず持ち歩くのよ」
幼い二人の前に差し出されたのは二本の鍵だった。複雑な装飾の施された金色の鍵だ。
「誰にも見せちゃだめよ。パパにだって内緒にするの」
二人は一本ずつ鍵を受け取って、首を傾げる。
「ママ。これ、何の鍵なの?」
鍵を渡した女性は、双子の頭を撫でながら答えた。
「いつかきっと、あなたたちのためになる鍵よ」
*
突然だが霧島十歩。君には死んでもらう。
「ああ?」
地の文である『私』の言葉に、いつも通り事務所でくつろいでいた霧島十歩は、斜め上を見上げてドスを利かせた声を出した。
「どういう意味だコラ地の文」
言葉の通りの意味である。君は主人公としてあまり人気がない。だから主人公を降板してもらうことになったのだ。
「ハァ? んな勝手なこと言われて納得するかよ」
どう言おうと君の運命は既に決まっている。何を思おうと君の運命は変わらない。
霧島十歩は、死ぬのだ。
『私』の言葉に、十歩は少し怯えた様子で事務所の中を見回した。一秒、二秒、三秒。しかしそこにはコチコチと時計が時を刻む音しか存在しない。
「……何も起こらねえじゃねえか、馬鹿にしやがって」
十歩は背もたれにぐっと体重をかけると、そのまま帽子を目深にかぶり、昼寝を始めようとした。
どたばたと階段を駆け上がってきた双子が勢いよく事務所のドアを開いて、同時に叫んだのはその時だ。
「当たったーー!!」
「うるせえ!!」
十歩の怒声に全くひるむことなく、書類を蹴散らしながら、二人は十歩の机に駆け寄った。
「当たった! 当たったんです十歩さん!」
「当たるなんて思ってなかった!」
「ほんとにね!」
「運試しのつもりだったのにな!」
「この機会は逃せないね、十一!」
「この機会は逃せないよな、姉さん!」
「わーい! ばんざーい!」
「ばんざーい!!」
「あーもういつにも増してうるせえな! 一体何が当たったってんだ!」
負けじと十歩が声を張り上げると、双子は顔を見合わせてふふふと笑った。
「な、何だお前ら、気持ち悪いな」
「気持ち悪いとはなんですか十歩さん」
「そうだぞ、お前が妄想と会話してる方が気持ち悪いじゃないか」
「だから妄想じゃないったら、十一」
「妄想だよ、姉さんは騙されてるんだ」
「妄想じゃないわ。三年前確かに見たもの」
「妄想だよ。ただの偶然だって」
「妄想じゃない!」
「妄想!」
ぎゃんぎゃん騒ぎ出した双子を放って、十歩は再び椅子に深く腰掛けて居眠りの姿勢に入ろうとした。
「あっ、何寝てるんですか十歩さん!」
「俺たちの話はまだ終わってないぞ!」
「てめえらが自分で話を逸らしたんじゃねえか……」
不機嫌そうに目を開ける十歩の目の前に、にまにまと笑んだ双子は、ある紙切れを突き出した。
「じゃーん!」
「じゃーん!」
「あ? 何だそれ……二泊三日、秘境の旅?」
「そう、旅行です!」
「商店街のくじ引きで当てたんだ!」
満面の笑みで応える二人に、十歩は一気に興味なさそな顔をした。
「あー、いいじゃねえか。二人で行ってこいよ」
二人はチケットを大事そうに持ったまま、きょとんとした。
「馬鹿ですね十歩さん。子供二人で行けるわけないじゃないですか」
「そうだぞ、十歩。十歩も行くに決まってるだろ」
「ああ?」
十歩は二人をじろりと見て、次いで二人の手の中のチケットに目をやった。
「だってそれ……二人用だろ?」
チケットは二枚。つまり二人の分しかない。しかし双子は諦めない。
「一人は追加すればいいじゃないですか!」
「いくらうちの家計がぎりぎりでも、一人分ぐらいはなんとかなるだろ!」
「駄目だ駄目だ! うちにはそんな余裕はねえ!」
「嘘だあ!」
「こっちもうちの財布事情は分かってるんだぞ、十歩!」
「なんてったって家事は分担してますからね!」
「というかほとんど俺たちがやってるからな!」
「ねー!」
「ねー!」
「うるせえー! 今それは関係ねえだろ!」
十歩は怒鳴り声を上げるが、やはり双子には全く効かない。双子は諦めずに十歩の体を揺さぶった。
「ねー、十歩さんー!」
「頼むよ、十歩―!」
「ねーねーねーねー!」
「行きたい行きたい行きたいー!」
「で、なーんで、こんなことになってんだ……」
運転席でハンドルを握りながら、十歩は呟いた。
お世辞にも新車とは言えない自動車は、でこぼこの道によってがたがたと揺れている。助手席には旅行カバン。後部座席にはうきうきした様子の双子がちょこんと座っていた。
「十歩、車なんて持ってたんだな」
「馬鹿言え、知人に借りてきたんだよ」
「……十歩、友達なんていたのか」
「あら違うわよ、十一。ちゃんと知人って言ったじゃない。十歩さんに友達がいるわけないでしょ?」
「車の外に放り出すぞてめえら!」
十歩の脅しに、二人はきゃらきゃらと笑った。
十一は持っている中でも一番きれいな服を着ているし、いちはちょっとおめかししてお小遣いで買った髪留めをつけている。明らかに二人は浮かれていた。
十歩は鏡越しに双子を睨みつけた。
「いいか、お前ら。絶っ対に汚すんじゃないぞ!」
「はーい!」
「はーい!」
返事だけは元気がいい二人に、十歩はうんざりとした顔でため息を吐いた。
しばらく山道を走っていくと、ふと道路の幅が広がっているところに出た。その向こう側にあったのは、轟々と音を立てて流れ落ちる巨大な滝だ。
「十歩! 滝だぞ、滝!」
「本当だわ! ねえ十歩さん! 見ていきましょうよ!」
「あー?」
運転席を後ろから揺さぶられ、十歩は死ぬほど嫌そうな顔をしたが、鏡越しの双子の期待に満ちた顔を見て、しぶしぶ車を減速させた。
「……チッ、分かったよ」
車から降りてみると、そこは滝のすぐ近くだった。
流れ落ちる水の音が激しすぎて、ほんの数メートル離れるだけで大声でなければ声が届かないほどだった。飛び散ってくる水しぶきを避けながら、十一は十歩を見上げた。
「なあ十歩、ライヘンバッハって知ってるか?」
にやにやと笑みながら十一はそう尋ねる。
「あーなんだっけか……」
ライヘンバッハとはヨーロッパはスイスにある巨大な滝の名称である。かの有名なコナン=ドイルの書いた小説『シャーロック・ホームズ』シリーズで、主人公の名探偵ホームズが落ちて死んだ滝としても有名だ。
十一が何を言おうとしているのかようやく気付いた十歩は、傍らの十一の頭をはたいた。
「落ちてたまるか!」
車に戻った三人は再び目的地に向かって車を走らせていった。
十歩はふと鏡越しに二人に尋ねた。
「そういえば、今俺たちが向かってるのって何て場所だっけか?」
「もう、十歩さんったら、知らないで向かってたの?」
「流石に驚きだぞ十歩」
「うるせえ! さっさと教えろ!」
二人は広げた地図から目を上げて、答えた。
「龍神伝説の残る村――『龍ヶ淵村』だよ」
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