第二話 霧島十歩の困窮 ④

「パパ! パパ!」


 遺体に駆け寄ろうとする双子をなんとか押しとどめ、十歩立ちは警察を呼ぶ。十数分後、駆けつけてきた警察によって現場はあっという間に隔離された。


 泣き叫ぶ双子を使用人たちに預けた後、十歩と江戸探偵は目配せをして、当然のような顔で現場へと向かった。


 現場では複数の警察官たちが遺体の周りを囲んでいた。


「事故ですかね、事件ですかね」


 十歩が覗きこむようにして尋ねると、警察官の内の一人が帽子を直しながら答えた。


「事故――と言いたいところですが事件でしょうねえ、これは」


「――と言うと?」


「被害者にですね、逃げようとした跡がないんですよ。どんなに猛烈な勢いで炎に巻かれたとしても、人間は丈夫なもので、一歩二歩は逃げようとするはずなんです。でもその跡がどこにもない。それどころか、机の残骸に伏せるようにして亡くなっている。つまり――」


「何者かに気絶させられていた可能性が?」


「そういうことです」


 警察官は鼻の頭をぽりぽりと掻いた。


「一年前の事件でもそうだったんですよねえ。文机の前に座った状態で亡くなっていた。まあ当時は読書中に居眠りをして、そのまま一酸化炭素中毒で先に亡くなったってことになったんですがね。今回は話が違う」


「火元がない上に、何故被害者は蔵にいたのかも分からない?」


「そうそう、それなんです。犯人がいるとするなら、犯人に呼び出されたと考えるのが妥当でしょうね」


 遺体付近の地面をいじる警察官に、江戸探偵はさらに尋ねた。


「火災発生時間はいつぐらいです?」


「おおまかに見積もって、火災発覚の十分前程度じゃないですかね。それ以上長いということはないと思います」


「なるほど。――となると、その時点でのアリバイの有無が争点になってきそうですね」


「そうですねえ。……で、なんでここにいるんですか?」


 周囲の警察官全員に冷ややかな目を向けられていることに気付いた十歩と江戸探偵は冷や汗をかきながら後ずさった。


「いやあ、大変そうなのでお手伝いできたらと」


「こう見て我々は名うての探偵でしてね。是非捜査協力を……」


「出てってください」






「アンタのせいでつまみだされちまったじゃねえか」


「いや、あれはお前が悪いだろう」


 責任をなすりつけあいながら二人の探偵は屋敷に戻っていく。十歩は声を潜めた。


「さっきの火災発生時間から考えるに、ろくさんはシロだな」


「何故分かる」


「ろくさんは火災発覚の十五分ほど前からずっと俺と一緒にいたんだ。俺とろくさんが一緒にいるのは多分双子も目撃しているだろうから間違いはない」


「そうか。だが、こっちも使用人二人はシロだ。その二人は火災発生の二十分ほど前から一緒にいたそうだ」


 十歩は一度言葉を切り、江戸探偵の顔を窺った。


「……じゃあ、容疑者の中でアリバイがないのはアンタだけってことになるな」


「言っておくが俺じゃないぞ。俺に何の動機があるっていうんだ」


「分からねえぞ? アンタ、一年前の調査の時、屋敷中で何かを探し回ってたそうじゃないか」


「違う! あれは、誠一さんの依頼だ!」


「えっ、そうなのか?」


 虚を突かれた十歩は、苛立っている様子の江戸探偵を見上げた。


「俺は誠一さんの依頼で、奥さんの遺品が入っているはずの金庫を探して回っていただけだ! 断じて宝石狙いのコソ泥のような真似をしていたわけではない!」


「わ、分かったよ、そんなに怒るなって……」


 手の平で江戸探偵を抑えながら、十歩は後ずさった。と、その時、ふと江戸探偵は何かに気がついたようだった。


「待てよ、金庫……?」


 江戸探偵はそうやって呟くと、大股でどこかに向かって歩き出した。


「お、おい!」


 その後ろを十歩も小走りでついていく。江戸探偵は乱暴に戸を開けて、誠一の部屋へと入っていった。


 状況を掴めない十歩をよそに、江戸探偵は誠一の机の引き出しをひっくり返し始めた。


「ここに俺が見つけた金庫があったはずだ! 何か手がかりがあるかもしれない!」


 しかし引き出しのどこにも金庫は見つからなかった。江戸探偵は悔しそうにつぶやいた。


「どこかに移動したのか……?」


 十歩はまだ完全には状況がつかめていないながらも、江戸探偵に尋ねた。


「その金庫、まさか……例の宝石が入っていたのか?」


「いや、そこまでは俺は知らない。俺が関与したのは金庫を見つけるところまでだからな」


 一体どこに隠したんだ、と苦々しく言う江戸探偵の横で、十歩は考え込んでいた。


 隠し場所、秘密の場所、誠一さんはどこに何を遺したんだ?


「――あっ、もしかして」


 十歩はあの時――昼食を終えた直後に誠一から貰った紙を取り出した。


「これ、何かの手がかりになるか?」


 その紙には、十二支の名前が円形に描かれ、丑と寅の間には鳥居のようなものが書いてある。その上、『子、巳、丑、酉』と円形の下にも書いてある。


「十二支……丑寅に鳥居……」


「円形に書かれているのも関係ありそうだよな……」


 ここで読者の皆様に説明しておくと、十二支というのは円形に描かれた時は、方角を表すことができるのだ。子を北にして右回りに十二個に方角を区切っていくという表し方があるのだ。

 ついでに解説すると、鬼門というのは丑寅の方角のことである。


「……え、方角?」


「それだ!」


 十歩たちは誠一から貰ったこの屋敷の地図を広げ――


「鬼門、つまり丑寅の方角にある勝手口をこの紙に合わせて……」


 件のメモをそれに重ね合わせた。


「メモにあった『子、巳、丑、酉』を繋いだ時、交差する場所に何かがあるはずだ!」






 二人が向かったのは勝手口のすぐ近くにあった洗濯場だった。洗濯場には手回し洗濯機や、中干しの洗濯物などがあり、その片隅に隠れるように例の金庫は置いてあった。


 十歩がメモにあった番号をダイヤルでひねると、カチッと音を立てて金庫の鍵は開いた。


 その中にあったのは一通の手紙だった。


 差出人は秋月誠一。殺されたこの屋敷の主人だ。


 十歩と江戸探偵は頷き合うと、手紙の中身を急いであらためた。


「これは――!」


 二人はその内容に思わず立ち上がった。


「犯人はこれで分かった。だが……」


「証拠がない。これだけじゃ、否認されてしまえばそれまでだ」


「くそっ、何か証拠は――」


 十歩は悔しそうに歯噛みし、靴先をとんとんと地面で鳴らした後、斜め上を見上げてこう叫んだ。


「おい、カミサマ! 何かないのか!」


「は? カミサマ?」


 きょとんとする江戸探偵を放っておいて、十歩は『私』に向かって声を張り上げてくる。


「おら! いつもいつもうるさくしてんだから、今回ぐらい役に立てよ! この能無し!」


 失敬な。こちらは地の文として至極真面目に働いているというのに。


「うるせえ! ぐだぐだ言わずにさっさとやれ!」


 仕方ない。今回だけはその乱暴な言い方でも許してあげよう。


 だが次回からはもっと礼儀をもって私に接してくれよ。


 さあ、ここからは回想だ。読者の皆様にとっては回想の中の回想となってしまうが、あまり構えずにそういうものだと思って読んでほしい。






 二人が入れ替わり、十歩をからかった後。


 門の近くで遊んでいた秋月いちは、蔵の中から出てくる秋月ろくを目撃した。


 ろくはその手にポリタンクを持ち、自分を見ているいちをちらりと見た後、焦った様子で屋敷の中に消えていった。


 いちはその様子を不審には思ったが、十一と遊んでいる最中だったので、すぐにそれを忘れてしまったのだった。






 十歩は両手をパンと叩いた。


「いちだ!」


「は!?」


「いちが犯人を目撃してる!」


「なんだと!?」


「しかも犯人はいちに見られたことを知ってる! いちが危ない!」


 江戸探偵は何が何だか分からないなりに、目撃者が危険にさらされているということだけは理解したらしく、慌てて洗濯場から飛び出した。十歩も慌ててその後に続く。


「いちは多分使用人室にいるな!」


「ああ、さっき使用人たちに預けたからそこにいるはずだ!」


 洗濯場から使用人室まではそれほど離れていない。ばたばたと足音を立てながら二人がそこに向かっていると、前方から秋月十一が駆け寄ってきた。


「十歩!」


「十一!?」


「いちがいないんだ!」


 ぶつかってきた十一を受け止めて、十歩はどういうことだ、と十一に問いかけた。


「俺たち、こっそり蔵に向かおうとして……でも途中から姉さんの姿が見えなくなって……俺、なんか、嫌な感じがして……」


 そう言うと、彼女は泣きそうな顔をしながら十歩の服を掴んだ。


「どうしよう、十歩! 姉さんが危ない気がする!」


「ん……?」


 十歩は何かに気付いた様子で一瞬硬直した。




「十一、お前もしかして――!」

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