湯けむり旅情思春期事件⑤ オレの幼馴染みがこんなに協力的なわけがない
◆ 川波小暮 ◆
いいね!
オレは足湯を取り巻く甘酸っぱい空間に、心の中でグッドボタンを押した。
伊理戸きょうだいは言うに及ばず、亜霜先輩は星辺さんに肩を摺り寄せて果敢にアタックしているし、生徒会長は足湯の中の素足で羽場先輩の足を撫でたりしてちょっかいをかけている。唯一、東頭の奴が伊理戸に寄りかかって寝てやがるのが気に食わねーが……。
男女が隣同士になるよう誘導した甲斐があるってもんだぜ。女子側が乗ってきてくれたのもよかった。男連中は星辺さんも合わせて、妙に後ろ向きだからなあ。
「ご機嫌そうじゃん」
隣の暁月が言った。オレはくくっと笑いを噛み殺しつつ、
「そりゃあこんだけ思惑通り行きゃあな」
「ホント見境ないよね~。カップルなら何でもいいの?」
「んなわけねーだろ。その辺のチャラい陽キャカップルには興味ねーよ。やっぱ初々しさがなけりゃな」
「なるほどねー。それなら生徒会は完璧だ」
「妙に知った風なことを言うじゃねーか。そういや、いつの間にか生徒会女子と仲良くなってたよな、お前」
「体育祭のときに応援団絡みでね。だいぶ仲良くなったよ? みんなが知らないことも結構知ってるんじゃないかな~」
「何ぃ……?」
見え見えの釣り針だが、かからないわけにはいかなかった。
美少女集団と化した今期の生徒会には、当然、様々な噂がまことしやかに流れている。しかし、どのメンバーもガードが固く、はっきりとしたことは生徒間の情報網にはほとんど流れてこないのだ。
暁月はニヤニヤと笑って、
「知りたくない? 生徒会の恋愛事情」
知りたい。
……が、軽々に乗るのは上手くない。今後、生徒会関係でマウンティングされ続けることになる。
「馬鹿にすんな。オレにだって多少は情報がある」
「例えば?」
「体育祭のとき、亜霜先輩が星辺さんに弁当作ってきてたこととか……文化祭のとき、生徒会長が羽場先輩と一緒にいなくなったこととか」
「ふうん……その程度かあ」
「なんだと?」
「女子ってのはね~、友達になったら結構何でも、話しちゃうもんなんだよ?」
何でも、だと!?
思わず暁月の顔に熱視線を送ってしまう。暁月は「ひひひ」といやらしく笑った。くっ、くそぉ……! 女子だからってずりぃぞコイツ……!
「知りたい? 知りたいでしょ? 教えてくれ~って言えたら、とっておきのネタを一個だけサービスしちゃうかもよ?」
「ぐ……」
「ん~?」
暁月は肩を寄せて、これ見よがしに耳を向けてくる。ちくしょう……! 悔しいが、ここはプライドを捨てるしか……!
「お……教えて、くれ……」
「ふっふ~!」
暁月はにまっと満面の笑みを浮かべた。腹立つ~~~っ!!
「じゃ、これは他言無用でね」
ちょいちょいと手招きされたので、オレは身体を傾けて、耳を暁月の口に寄せる。
暁月の吐息が耳たぶをくすぐり、それから、囁き声が密やかに、オレの鼓膜を震わせた。
「(亜霜先輩はね……たぶん、この旅行中に、星辺先輩に告るよ)」
オレは目を見開き、暁月の顔に向き直る。
相変わらずのニヤニヤ笑いだが、冗談の雰囲気ではなさそうだった。
「……マジで?」
「マジマジ」
オレは横目に、星辺さんの隣に座る、ツーサイドアップの先輩を見やった。
亜霜愛沙と言えば、男を狙い撃ちするかのようなあざとい言動で、一年の頃から有名だったらしい。そこらの女子がやればイタいだけのそれも、あれだけの美貌をもってすれば立派な武器である。その代償に、女子からはあまり好かれていないらしいが。
だがその割に、特定の相手を作ったという話は聞かない。その理由は、理想が高すぎるからとも言われていたが、今となっては、前生徒会長である星辺遠導を狙っているから、という説が最有力となっていた。
星辺さんも星辺さんで、成績優秀かつ元運動部で、しかもあの長身だから、水面下では結構モテてるんだよな。面倒臭がって彼女は作らないらしいが、そんなところもあのスペックだと『クール』だと受け取られる。女子受けの化身だ。
男子受けの化身である亜霜愛沙と、女子受けの化身である星辺遠導――この二人が付き合ったら、そりゃあビッグカップルの誕生と言えるだろうが……。
「センパイセンパイ! 写真撮りましょー!」
「あー? めんどくせえ」
「じゃあ勝手に撮りますね!」
「肖像権って知ってるかお前」
「はい笑ってー!」
「……ネットには上げんなよ」
亜霜先輩は自撮りにかこつけて、星辺さんの肩に手を掛け、胸を限界まで近付けていた。
あの距離感……あの攻め方……確かに、ただのからかいではない、本気さを感じる……。
「マジでしょ?」
得意げに言う暁月を見て、オレは違和感を覚えた。
「お前……どういうつもりだ?」
「何がー?」
「デバガメとか言って馬鹿にしてたくせによ、なんでそんな情報をくれるんだよ」
怪しい。
こいつがオレの得になることをするなんて、何か企んでいるに違いない。
「亜霜先輩とは友達だからね。友達の恋は応援したいの。ほら、あんたに言っておけば、いい感じにアシストしてくれるじゃん?」
筋は通ってるが……何だか、あらかじめ用意しておいたような答えだな。
なおも違和感は拭えなかったが、その前に、
「みんな。そろそろ移動しようか。いつまでも独占しているわけにもいかないしね」
生徒会長がそう言って、「はーい」と暁月も立ち上がってしまった。
オレが質問を重ねる間もなく、暁月は「東頭さん、起きてー。結女ちゃんも行くよ!」と女子たちに声をかけ始める。東頭が目を擦り、伊理戸さんが「あっ、うん……」とどこか上の空な返事をして、もう、オレが声をかける隙はなくなっちまった。
「セーンパイっ! また宿でー!」
坂の上に去っていく女子組の背中を、オレは見送ることしかできなかった。
今日、なんか変だよな……。どうしたんだ、あいつ……?
「……はあ……」
女子組が完全にいなくなると、伊理戸が深い溜め息をついた。
見てみると心なしか、いつもより顔が赤いような。
「どうした?」
「いや……」
要領を得ない返事をして、伊理戸は無言で濡れた足を拭き始める。
「おれたちもそろそろ行くか」
星辺さんがそう言って、オレたちも足湯を後にすることになった。
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