誘うだけでも一苦労③ 寂しがらせない方法
◆ 伊理戸結女 ◆
「え? 神戸に旅行?」
暁月さんは、かぶりつこうとしていたアンパンから口を離して、目を丸くした。
「そうなの。紅会長に誘われて……だから、三連休は遊べなくて。ごめんね」
私が両手を合わせると、麻希さんが「そっかぁ~」と机に肘をつき、
「先約があるなら仕方ないか。ってか、生徒会の人たちと仲良くやってんだね、伊理戸さん」
「一緒に旅行なんて相当やんなあ」
奈須華さんがマイペースにお弁当をつつきながら、
「伊理戸ちゃん、人見知りやから大丈夫かなあって、南ちゃん心配してたんやで~?」
「え? そうなの……? と、というか、私、人見知りだと思われてたの……?」
「どっから見てもそうでしょ~」
「どっから見てもそうやで?」
ば……バレてたの……? だったら入学直後の頃、必死にイメージを守ろうとしていた私は一体……?
「なっ、あっきー!」
「えっ? ……あー、うんうん! そう!」
暁月さんはようやくアンパンを齧り、もむもむとリスみたいに咀嚼しながら、
「生徒会なんて、なんか厳しそうじゃん! でも体育祭のとき話した感じ、思ったより気さくな人たちでさ~、あたしも仲良くなっちゃった!」
「それはあっきーがコミュ強だからでしょ!」
「仲良くなったって、全員となん?」
「女子の人は全員かな~」
え? 亜霜先輩や明日葉院さんと知り合ったのは知ってるけど、紅会長とも?
い、いつの間に……。暁月さんの人懐っこさは、私からすると常軌を逸している。
「たまにLINE送ったりしてるよ~。明日葉院さんは滅多に返ってこないけど」
それで『仲良くなった』と断言できるところが、真のコミュ強たる所以なんだろうなあ、と諦観していると、暁月さんはごくんとアンパンを飲み込んで、
「お土産期待してるね、結女ちゃん! あの会長さんが企画の旅行とか、なんかすごそうだし!」
「うん。忘れないようにする」
暁月さんの表情は、いつも通り明るい。
けど、私は知っている。こんなに明るくて、誰とでも友達になれて、スマホの通知が途切れることのない彼女が、実は誰よりも、寂しがりなんだってことを。
……思えば、しばらく暁月さんと遊べてない気がする。
生徒会はもちろん大事だけど、それと同じかそれ以上に、暁月さんのことも大事なのに。
「各自、無事に誘えたみたいだね」
放課後、生徒会室に全員が集まると、紅会長は私と亜霜先輩を見て言った。
「思ったより時間はかかったけど、何、想定の範囲内だよ。結女くん、メンバーの増加に関しても問題ない。確かに彼一人だけで参加するにはアウェイすぎるからね」
「ありがとうございます」
東頭さんの参加はあっさり認められた。でも、水斗が東頭さんの同行を条件に出したのは、『喋る相手がいなくて寂しいから』なんて理由じゃない。
最近、東頭さんはイラストを本格的に描いているらしい。
元々はライトノベルの表紙や挿絵を真似して、キャラクターばかり描いていたみたいなんだけど、最近になって背景にも興味を持ち始めたらしく、ネットでいろいろと資料を漁っていたそうだ。
けど、それにも限界があって、雰囲気のある、非日常的な景色を描こうと思っても上手く想像ができないのだとか。というのも、東頭家は基本的に趣味がインドア寄りで、旅行の類に全然行ったことがないのだ。
という話を、ちょうど水斗に漏らしていたらしい。
そこに、私からの誘いが来たわけだ――近場とはいえ、温泉といえば充分に非日常的なロケーションだし、東頭さんにインスピレーションを与えるのにはちょうどいいのではないか、と水斗は考えたのである。
……なんなの、あの男? 東頭さんの担当編集なの?
まあいいけどね。元から二人きりの旅行ってわけじゃなかったし! でもこうなると、あの男、ずっと東頭さんと行動してしまいそうなのよね……。どうしよう……。
「なんか上から目線で言ってるけどさあ」
食ってかかるように、亜霜先輩が紅会長に言う。
「すずりんはちゃんと誘ったわけ? ジョー君を。コスプレして!」
「わざわざ誘うまでもないさ。ぼくいるところにジョーありだよ」
……なんかずるい……。
亜霜先輩と揃って、私は唇を尖らせた。当の羽場先輩はいつも通り背景になって、粛々と生徒会の仕事を進めている。
「さて、これで参加者は八人になったわけだけど――」
「え? ちょっと待ってください」
と、声をあげたのは、我関せずとばかりにパソコンに向かっていた明日葉院さんだった。
「八人って……もしかして、わたしも数に入っているんですか?」
「ん? もちろんそうだけど……何か都合が悪かったかな?」
「い、いえ……会長と旅行、というのは、非常に、その、魅力的なんですが……」
もごもごと言った後、明日葉院さんはちらりと、遠慮がちに羽場先輩のほうを見た。
「……男子が一緒、というのは、さすがに、ちょっと。申し訳ありませんが、わたしは不参加としていただけると――」
「だーめーっ!!」
言葉を遮るように、亜霜先輩ががばっと明日葉院さんを抱き締めた。
「ランランも行くのー!! じゃないとつまんない!!」
「……いえ、先輩。そう仰られてもですね」
「一緒に温泉入ろーよー! 洗いっこしよーよー! 生おっぱい見せろよー!」
「劣情をストレートにぶつけるのはやめてください! 羽場先輩もいるんですよ!?」
見ての通り、生徒会は女子が大半の空間なので、男子が入りにくい話題がちょくちょく出るんだけど、羽場先輩が気まずそうにしているのは見たことがない。歴戦のオーラを感じる。
「どうせお金はすずりん持ちなんだしさー、行かなきゃ損でしょー? 大好きなすずりんの企画だよー?」
「で、ですが……聞くところによると、生徒会以外の男子も来るそうじゃないですか……」
「だぁいじょうぶだって! ゆめちの弟なんだし、そんなチャラい奴じゃないでしょ! ね?」
「ええ、まあ。もし明日葉院さんにちょっかいをかけようものなら、私が責任を持ってシメます」
東頭さんの例があるし、万が一がないとも言えない。明日葉院さんとしても、水斗のことは学年トップを争う相手として意識しているはずだし――ライバル心が、こう、くるっと反転してしまうってことも、この世にはあるのだし。……考えれば考えるほど、私が水斗を意識し始めたきっかけに似てて怖いし!
「ほら、ゆめちもこう言ってるよ?」
「いや、ですけど、男子なのには違いないじゃないですか! 男子と旅行なんて――」
「(――一日中すずりんと一緒だよ?)」
亜霜先輩は明日葉院さんの耳に口を寄せ、悪魔のように囁いた。
「(朝から晩まで、四六時中一緒だよ? 朝の寝惚けた顔も、夜の微睡んだ顔も、全部見放題だよ? こんなの、他の子はみんな知らないよ?)」
「うっ……わ、わたしはそんな、邪な目では――」
「(すずりんの背中、流したくないの?)」
「ううううう~~~っ……!!」
エクソシストに浄化される悪魔憑きのように苦しむ明日葉院さん。
明日葉院さんの紅会長への感情が、もはや尊敬を超えて信仰の域に達しているのは私も知るところだ。好きなものにより近づきたいと思うのは、別に恋愛に限った話じゃない。
「(後悔すると思うなぁ~……。一人取り残された三連休……。あー、今頃、すずりんと一緒に温泉に入ってたはずなのになあ~、って……)」
「――ああもう! わかりました! わかりましたよ! 行けばいいんでしょう!?」
「やったーっ!!」
亜霜先輩は、どうしてあんなに人の欲望を刺激するのが上手いんだろう……。
「それじゃあ、蘭くんも参加ってことでいいね」
さっきの悪魔の囁きが聞こえていたのかいないのか、紅会長は平然とそうまとめて、
「改めて、これで参加者は八人。女子が五人で男子が三人だ。……で、相談なんだけど」
「「「?」」」
「実は、取れた部屋が六人部屋と四人部屋なんだ。だからできれば、男女をもう一人ずつ誘ってもらえれば、ちょうど良くなるんだけど――」
あと二人。男女一人ずつ。
このメンバーに加えるとなると、相当信頼の置ける相手じゃないといけない。できれば、会長たちと面識があったり、初対面でも旅行の空気を壊さない人材……。
私の脳裏には、一番の友達の顔と、その幼馴染みの顔が浮かんでいた。
あの二人なら、条件はピッタリ合う。
問題があるとすれば――
「……? なんですか、伊理戸さん。申し訳ありませんが、わたしに当てはありませんよ」
――問題があるとすれば、そのうちの一人が、いかにも明日葉院さんが嫌いそうなチャラめの人だっていうことなんだけど。
まあいっか。
「会長。それなら私に心当たりが――」
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