誘うだけでも一苦労② 小悪魔を脱ぎ捨ててでも
◆ 亜霜愛沙 ◆
「お帰りなさいませっ、ご主人様♪」
生徒会室のドアを開けたセンパイを、あたしはとびっきりの上目遣いで出迎えた。
身長187センチのセンパイは、20センチ上からあたしの姿を見下ろして、怪訝そうに眉根を寄せる。おやおや、まるで不審なものでも見るように。もっと興奮してもいいんですよ?
王道の猫耳コスプレはゆめちに譲ってあげたので、あたしは少し変化球にした。
チャイナドレスとメイド服を合わせたような、チャイナメイドコスである。
中華風の意匠とメイド服らしいヒラヒラ加減の融合が可愛くて、お気に入りの衣装だった。胸元のところに隙間が開いてるデザインだから、谷間を作り出すのがちょっと大変だけど、そのくらいあたしにとっては朝飯前である。
眉根を寄せたまま、黙りこくっているセンパイに、あたしはさらに攻勢をかける。
「さあさ、お入りください、ご主人様。今、お茶をお出ししますからね」
「……おい。これはもしかして、おれが突っ込むまで終わらないやつか?」
「突っ込むだなんて……日も沈まないうちに、いけませんよ、ご主人様?」
いやん、と身を捩らせてみせると、センパイは溜め息をつきながら、応接用のソファーに腰を下ろした。
あたしは壁際の棚まで行き、てきぱきとお茶の準備をする。センパイはそんなあたしを、背もたれに頬杖を突きながら眺めて、
「亜霜よぉ。不真面目な会長だったおれが言うのも何だが、生徒会室でふざけんのも大概にしておけよ。示しってもんがあんだろうが」
「ふざけてなんかいませんよ、センパイ? 愛沙は極めて本気です!」
スカートの裾をふりふり揺らし、あたしは緑茶を入れた湯飲みをセンパイの前に置く。その際、前屈みになって胸元を見せつけるのも忘れない。けど、そこはさすが、一年もの間、あたしに靡かなかったセンパイと言えよう。見向きもせずに湯飲みを手に取った。
ずず、とお茶を啜るセンパイの隣に、あたしはすとんっと腰を落とす。ついでに膝の辺りを軽くタッチしてみたけど、センパイは眉一つ動かさなかった。さすが手強い。
だけど、今日のあたしはこの程度じゃ引き下がらない。なぜなら今日は、センパイを神戸旅行に参加させるというミッションを抱えているのだから!
「ところでセンパイ、最近、何か面白いことありましたぁ?」
「あー? ねぇよ、別に。クラスの連中は受験モードに入っちまって、軒並み付き合い悪くなったからな。仕方ねぇが、仲間外れにされたような気分だよ」
「それでとっくに引退した生徒会で構ってもらってるんですかぁ。センパイったら寂しんぼなんですから♪」
「うるせえ。お前に言われたかねぇよ、亜霜」
「ええ~? 何がですかぁ? うゆうゆ」
「きしょっ……」
ぷくくと笑うと、センパイは軽く鼻を鳴らす。面倒臭そうにしてても、センパイはなんだかんだで相手をしてくれる。決して打てば響くとは言えない、その面倒そうな反応が、いつしか癖になってしまった。
もう11月。……卒業まで、あと4ヶ月。
自由登校期間があるから、実際にはもっと短い。
考えれば考えるほどに、時間がない。センパイは面倒見がいいから、きっと大学でもたくさん友達ができて、飲み会とかに顔を出して、綺麗な女子大生とも出会って……高校のときの、ウザい構ってちゃんの後輩のことなんて、すぐに忘れてしまう。
……それは、やだ。
センパイなんて、べつに好きじゃないけど。……それは、やだ。
あるいは、すずりんは、あたしにチャンスをくれたのかもしれない。自分のことを棚に上げて、田舎の母親のごとく進展はあったかとせっついてくるあの天才女が、あたしに施した慈悲なのかもしれない。
これで何とかしろ、と。
上から目線で、機会を寄越してきたのかもしれない――なんかちょっとムカついてきたな。
何にせよ、このまま卒業なんてさせない。
だって、何だか勝ち逃げされたような気分になるし。……一度くらい。一度くらい――あたしのことを、本気の目で見てほしい。
その、いつもやる気のなさそうな目を、本気にさせたい。
「――それじゃあ、遊びにも行けませんね」
だったら、あたしも。
ふざけず、からかわず、誤魔化さず――
――本気で、言ったほうがいいのかな。
「センパイ、実は――」
――一緒に、旅行に行ってほしいんです。
と、言うつもりだった。
心を入れ替えて単刀直入に、本気でお願いするつもりだった。
けど――゛ああーっ! いきなりできるわけないって! 今までずっとふざけながらコミュニケーションしてきたんだから! 急にシリアスにはなれないって!
「あ? 実は――なんだ?」
センパイが怪訝そうに眉根を寄せて、あたしを見る。
「……ええーっ、とぉ……実は、そう、実はですね! 昨日、ガチャで大勝ちしまして!」
「聞いたっつの。ディスコでスクショ送り付けてきやがっただろうが」
「あ……そ、そうでしたね。えっと……あ、そうだ! アペのパッチノート出てましたよね! アプデ来たら一緒にランク潜りませんか!?」
「別にいいが、んなコスプレしてまで言うことか、それ?」
「うっ……」
ど、どうしようどうしようどうしよう。誤魔化そうと思えば思うほど、言いたいことからズレていくー!
あたしの頭がテンパりの兆しを見せ始めたとき、センパイは湯飲みの中身をぐっと飲み干してから、溜め息交じりに言った。
「旅行だろ」
「え?」
びっくりして顔を見上げると、センパイは湯飲みをテーブルに置いて、
「生徒会の引き継ぎと行事続きで、しばらく余裕がなかったからな。旅行好きの紅のこった、そろそろだろうとは思ってた。……何より」
センパイは横目であたしを流し見て、くっと口角を上げる。
「お前がそうやってしどろもどろになるのは、大体、何かお願いがあるときだ。上手くスマートに誘いたかったんだろうが、回りくどいだけで意味ねぇよ。才能ねえからスッと言え」
それとも、と。
あたしなんかよりよっぽど悪戯な笑みを浮かべて、センパイはあたしを見下ろした。
「おれを旅行に誘うのがそんなに怖いか? 雑魚がよ」
「ざっ……! 雑魚ってなんですか、雑魚って! 怖くなんてありませんよ!」
怖いに決まってる。
もうすぐセンパイがいなくなるかもしれない。
もう失敗している暇はないかもしれない。
そう思ったら、怖いに決まってる。
……それでも。
「怖くなんて……ありません」
だから。
あたしはセンパイの膝に置いた手に体重をかけるようにして、身を乗り出す。
本気で。
間近から、センパイの目を覗き込んで。
「センパイ」
あたしを、高校時代の思い出になんかしないで。
「一緒に――旅行に行って、ほしいです」
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