誘うだけでも一苦労④ 贖罪する道化
◆ 南暁月 ◆
勘違いしないでよね。結女ちゃんに誘えって言われただけなんだから!
「……………………」
ツンデレだ。
誰がどう聞いてもツンデレだった。
「ああ~……どうしよ~……」
あたしは枕を胸に抱き、ごろごろとベッドの上を転がる。
生徒会長さん主催の旅行に、結女ちゃんから誘われた。
それ自体はすっごく嬉しかった。置いていかれるようで寂しかったから尚更嬉しかった。二つ返事でOKした。
けど、問題は結女ちゃんに出された条件のほう。
――男子部屋に一人分空きがあるから、川波くんを誘ってきてね
通話越しだったけど、断言しよう。
あのときの結女ちゃん、絶対にやついてた。
結女ちゃん、あたしと川波のこと絶対に邪推してる! そんな笑えるような関係じゃないんだって! デリケートかつネガティブな関係なんだって! 興味本位で煽らないでよ! あたしがいつも好き勝手に口出してるからってさあ! 恋バナ好きなところも可愛いけど!
「……はあ」
どう誘えばいいんだろ。
普通に誘ってもダメだ。何せあの男は天下御免の自意識過剰――あたしから旅行になんて誘ったら、勘違いして恋愛感情アレルギーを発症するに決まっている。
他人から恋愛的に好かれていると察知すると、蕁麻疹ができたり吐き気を催したりするっていう、あいつの難儀な体質を、知っているのはあたしだけなのだ。
厄介なのは、実際にはその気がなくても、あいつ自身がそう感じたらアウトってことで。
……あたし以外だったら、何の問題もなかったんだろうけどなあ。
あたしは、まあ――少なくとも過去に一回は、あいつにそういう気持ちを持っていたことがあるって、バレているわけで。
ついでに言えば、その失恋を馬鹿みたいに引きずってるのもバレてるわけで。
可能性しかないわけで。全身どこを見ても脈だらけなわけで。
もちろん、あいつから見ての話ね?
「どうしよっかなあ~~~」
こうして転がっているうちに、誰かが解決してくれたらいいのになあ~~~。
時間的な猶予はあまりない。できれば今日中に誘っておいて、と結女ちゃんには言われていた。
でも、仮にも女が、仮にも男をさあ、旅行に誘うって、普通に考えたら下心しかないじゃん。しかも温泉でしょ? 朝から晩までお風呂でもずっとイチャイチャしようね、っていう意味じゃん! 結女ちゃんは伊理戸くんをどうやって誘ったの!?
考えすぎなのかなあ。二人きりってわけでもないんだし、伊理戸くんとか東頭さんとか、見慣れたメンバーが参加するわけだし。変に身構えて誘うほうが、むしろ下心があるっぽく見えちゃうかも――
――ポコンッ。
スマホが通知を鳴らして、あたしは自動的に手に取った。
〈メシ食った?〉
あたしはビクッとして固まる。
川波からだった。
〈食ってないならファミレス行こうぜ〉
あたしはしばらく停止したけど、もう既読は付けてしまっている。早いところ、しかも自然に返さないと怪しまれる。
〈またかあ~。そろそろ飽きない?〉
〈手作り料理を用意してくれるってんなら考えるぜ?〉
ホントこいつは。そんな体質のくせに、なんで煽るようなことを言うわけ?
喧嘩は買おう。あたしは反撃のメッセージを打つ。
〈あたしに胃袋掴まれても知らないぞっ♪〉
〈似合わな〉
オエ~っとなっている絵文字を添えたメッセージに、あたしは軽く唇を尖らせる。あたしだって、やろうと思えばぶりっ子くらいできるもん。
それにしても、このくらい冗談丸出しなら大丈夫なんだなあ、こいつ。まあそうか。これもダメだったら日常生活に支障がある。
「…………あ、そうか」
冗談にしてしまえばいいんだ。
「おっ待たせっ♪」
「おー……――おお?」
マンションのエントランスで合流した川波は、振り返るなり珍獣を見たような顔になった。
今のあたしは、完全なる変身を遂げていた。
フリル多めのブラウスに、普段はあまり穿かないスカート、髪もポニテではなく、下ろしてロングにしている。靴は女子力全開の丸っこいローファーで、頭の上から爪先まで、どこに出しても恥ずかしくない『女子』の塊だった。
しばし硬直していた川波は、ぴくりと口元をひくつかせ、
「お前……どんな負けず嫌いだよ……」
「似合う?」
無視して、くりくりっと上目遣いで詰め寄った。
「似・合・う?」
「あー……似合う似合う。やっぱその背丈だと、ロリコンが好きそうな服が似合うよな」
「ふふふふふ」
殺すぞー?
これは『大学の新歓でいたいけな新入生をお持ち帰りしようとしてる女』のコスプレなんですけどー?
内心の殺意はおくびにも出さず、てってっ、と可愛い足取りで川波の隣に陣取る。
「それじゃ、行こっかぁ」
「続けんのかよ! っつーか何その間延びした語尾。ディティール細けーよ」
「(質感が大事だから。ねっ?)」
「囁くな囁くな!」
あえてくっついたりはせず、ギリギリ体温を感じられるくらいの距離で、ファミレスを目指して歩く。
よし。
このモードなら、あたしが何をやっても本気だとは受け取られない。旅行の件も切り出しやすくなるというものだ。あたし天才!
行きつけのファミレスに入り、店員さんに案内されてテーブル席に座る。自然と壁側に腰を下ろしたあたしは、メニューを手に取って「うーん」と首を捻り、
「柔らかチキンのチーズ焼きで」
「その格好の女が食うもんじゃねえ」
「えぇ~? チーズ可愛いじゃぁ~ん」
「とりあえず『可愛い』って言っておけばそれっぽくなると思ってねーか?」
バレた。
まあ解像度は低いくらいでいいのだ。川波はハンバーグステーキとライスを注文し、あたしはスマホをいじり始める。
溜まった通知にちゃっちゃか目を通していきながら、いくつものグループトークを梯子して返信していく。結女ちゃんに言わせれば、こうして複数の雑談を同時にこなすのは『神業』らしいけど、もうすっかり慣れたものだ。むしろ混ざれてない話題があると落ち着かなくて、自然とチャットを打ってしまう。
向かいに座った川波も同じで、お冷やを飲みながらスマホをすいすいと操作していた。小学校の頃はほとんど正反対の性格だったのに、環境ってやつはほとほと強力である。
結女ちゃんたちが一緒にいるときは、スマホをいじっていても会話は途切れない。一分一秒でも時間を無駄なく使いたいと考える。
けど、こいつといるときは、静かになるときのほうが多い。お互い、それを気まずいなんて思わない。当たり前のことだと思ってる。
まるで別れ際のカップルか、……あるいは、家族か。
ふと思う。お互いに好き勝手なことをするなら、どうして一緒に食べに来たんだろう。連絡もせず、待ち合わせもせず、それぞれで勝手にファミレスに来たって良かったはずだ。なのにどうしてあたしたちは、それが当然のことのように、同じテーブル席に座っているんだろう?
かつての理由は、隣同士だったから。
その次の理由は、恋人同士だったから。
じゃあ今は?
幼馴染み、なんて関係は、破局と共に消滅した。今のあたしたちは元幼馴染みで元恋人――つまり、かつての関係の残像でしかない。
秋に転がっている蝉の抜け殻のように、今のあたしたちには中身がない。
過ぎった例えに、ふと思う。
そういえば、蝉の抜け殻を見なくなるのはいつからだろう?
時節はもう、11月だ――
「そろそろ冬服を出さねーとなぁ」
スマホを見ながら、川波が独り言のように言った。
「もう肌寒いを通り越してるぜ。風呂がありがたく思えてきた」
残像は、いつまでもは残らない。
残るのは傷だけだ。あたしがこいつに付けた傷だけだ。
それを嬉しがれる厚顔さは、もうどこにもない。
あたしは別に、戻りたいとは思わないし、進みたいとも思わないけど。
償いたいとは――思ってる。
「――それなら」
方法なんてわからない。
ただ、このままじゃダメだってことは、確かだった。
「あたしと、温泉でも行く?」
川波はあたしの顔を見て、皮肉るように唇を曲げた。
そうだ。
そのためなら、あたしはいくらだって、道化を演じられる。
◆ 伊理戸結女 ◆
「結女ちゃーんっ! あの件、オッケーね!」
学校で暁月さんにそう言われて、私は嬉しくなって両手を合わせた。
「ちゃんと誘えたんだ! さすが暁月さん、行動力ある!」
「ちょっと誘うだけのことに、そんなに時間かかんないよ~」
「……………………」
そうですよね。
時間もコスプレもいりませんよね。
「しっかし、すごい大所帯だよね~」
言いながら、暁月さんはひーふーみーと指折り数え、
「全部で一〇人でしょ? もう修学旅行じゃん」
「うん。さすがに動きにくいから、現地ではある程度分かれて行動するって、会長が言ってた。……二人きりの時間とか、作ったほうがいい?」
「それはこっちの台詞だよっ!」
からかうように言ってから、「でも」と暁月さんは、ちらりと視線を横にやった。
「もしかしたら――お願いするかもね」
視線の先には、水斗と話している川波くんがいる。
私ははたと気が付いて、
「ほ……ほんとに?」
「うん」
暁月さんが浮かべた笑みは、どこか、大人っぽく見えた。
「今回は――ちょっと、本気かも」
直接、訊かれたわけじゃない。
たぶん、暁月さんは微塵もそんなことは考えていない。
けれど私は、自然と考えてしまった。
――私は、本気になれてるかな。
無意識に、唇を触る。
人気のない社で、花火に照らされながら、決意と共に触れさせたそれを。
私は、本気になれてるかな。
本気になって――何かになろうとしてるのかな。
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