もう少しだけこのままで⑦ 無駄な雑談が心を整理してくれることもある

◆ 伊理戸水斗 ◆


 自室に戻ってきた僕は、机の上に目を向けた。

 そこには一つの、ラッピングされた小包がある。

 僕はその表面を撫でながら、何事もなかったかのように誕生会を過ごしていた結女の顔を思い返した。


 ……まるで中学の頃に戻ったみたいだな。一人で盛り上がって、勝手に落胆して……。

 そういう気の迷いとは決別したはずだったのに、気付いたら逆戻りしている。


 結局、戻るんだろうか?

 だとしたら、今の僕の願いが、もし叶ったとしても。……それも結局、中学のときのような、崩壊の序章でしかないんじゃないだろうか。

 そうだとしたら、……今度は、洒落では済まない。

 僕たちだけの崩壊では、済まない……。


「……ん」


 ポケットに入れていたスマホが、不意に震え始めた。

 取り出してみると、いさなからの着信だった。


「もしもし」

『もしもし~。誕生日おめでとうございま~す』


 能天気な声が頭の中に吹き抜け、僕は心から力を抜いた。


「知ってたのか。言ったっけか?」

『結女さんから聞きました~。誕プレは明日学校で渡しますね』

「用意したのか? 君にしては律儀だな」

『水着とバニー、どっちがいいですか?』

「やめろ。用意したそれを即刻捨てろ」

『ええ~? せっかくラフ描いたのに~。結女さんの水着とバニー……』

「あいつのかよ! 尚更捨てろ!」


 てっきり君自身がコスプレでもしてくるのかと思ったよ。他人を勝手に誕プレにするな。


『まあ冗談は置いといて』

「君の冗談はわかりにくい……」

『水斗君はちゃんと渡しましたか? 結女さんへのプレゼント! まさか用意してないなんてことはないですよね~?』


 僕は手元の小包を見下ろした。


「……用意はした」

『おっと。その言い方はまさか……』

「別にいいだろ。同じ家に住んでるんだ、タイミングはいくらでもある」

『そんなこと言ってるうちに来年になっちゃいますよ! いいんですか! 机の中が渡せなかったプレゼントで溢れ返っても!』


 嫌な想像をさせるなよ……。本当にそうなりそうじゃないか。


『渡さないようでしたら、わたしから結女さんに仄めかしちゃいますからね。友達づてに告白されるみたいな、ダッサい誕生日になってもいいんですね?』

「やめてくれ……。居たたまれなくなる」


 想像だに恐ろしい。そんなことになったら僕は家出する。


『ちなみにどんなプレゼントなのか、訊いてもOKですか?』

「大したものじゃないよ。付き合ってもないのにいきなりアクセサリーとか贈られても困るだろ?」

『えー、実用的なやつですか? ビビってるんですか?』


 くっ……的確に嫌な言い方してくるなコイツ。


「いいんだよ! 贈るという事実が重要なんだ」

『まあ確かに、愛想笑いしながら受け取って、あとで処理に困るよりは遥かにいいかもですね』

「……君は何か僕に恨みでもあるのか?」

『強いて言えばフラれたことですかね』

「…………もしかすると僕は、君に一生分の借りを作ったのかもしれないな」


 死ぬまでその件を蒸し返されそうだ。


『むふふ。まあとにかく、今日のところは結女さんといい雰囲気になっておいてくださいよ。わたしは明日でいいので!』

「僕が二股でもしてるような言い様だな……」

『うぇへへ。愛人みたいでドキドキしますね』

「いろんな意味でな。しかし、いい雰囲気って言ってもどうすればいいんだか……」

『素人みたいなこと言いますね。昔付き合ってたんでしょう?』

「今とあの頃は違うんだ」

『それではわたしの妄想シチュエーションをご提供しましょう! ピロートーク中に――』


 切った。

 前提がおかしいだろ、前提が。


 僕はスマホを置いて、改めて用意したプレゼントを見下ろす。いさなの能天気かつ適当な発言を聞いているうちに、凝り固まった脳味噌が柔らかくなった気がした。

 そう――今とあの頃は違う。

 ややこしいことを考えずに、普通に渡してしまえばいいんだ。

 今日どうこうなろうなんてわけじゃないんだし……自分で言った通り、贈るという事実が重要なんだ。


「……よし」


 決めて、小包を手にしたそのときだった。

 ドアがノックされた。


「――いる?」

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