君が見ている僕のこと⑱ 同じ世界

◆ 伊理戸結女 ◆


「うっ、うっ……無理なんだよう、一度盛り始めたら……。もう元には戻れないんだよう……。いつか本物になるって信じて、信じて……でも増えるのはパッドの数だけで……ううーっ!」


 バレたショックで暴走した亜霜先輩は、明日葉院さんをぬいぐるみのように抱き締めながら愚痴りまくることで、ようやく鎮静化した。

 私が必要以上に驚いちゃったのも悪いけど、でもまさかこんなに盛ってる人がいるなんて思わないでしょ? バレた今でも当たり前のようにパッド入れてるし。


「ちなみに……答えたくなかったらいいんですけど」

「何? ゆめち……? ゆめちも大きいよね……。一年のくせになんなん……?」

「いえ、その……そのこと、星辺先輩は知ってるんですか……?」

「……………………」


 亜霜先輩は無言で目を逸らした。

 その膝の上に収まっている明日葉院さんが呆れたように眉をひそめる。


「こんな違和感の塊に気付かないって、男の人はアホなんですか?」

「あ、明日葉院さん……それだと私もアホになるから……」

「失礼しました。でも、元会長ほど優秀な方でも気付かないなんて、やはり女子と男子とでは見ている世界が違いますね」

「まあ、そうかもね……」


 心が通じたと思ったら全然そんなことなかった……なんてことは、枚挙にいとまがない。でも、同性の私が亜霜先輩の真実に気付かなかったように、別にそれは、男女に限った話ではないのだろう。

 今日の私の気持ちは、水斗にちゃんと通じたのかな……?


「……ゆめち……絶対、言わないでね……」


 なぜか明日葉院さんの頭をなでなでしながら、亜霜先輩は暗い声で言った。


「絶対、絶対、秘密にしてね……。もし言ったら……本当に、本当に、恨むからね……」

「先輩がさっさと自分で白状すればいい話――あうっ!?」

「生意気言うな後輩。おっぱい揉むぞ」

「もっ、もう揉んでるじゃないですかっ!」


 こうして、生徒会としての初めての体育祭が、終わりを告げたのだった。






「お疲れ様でしたー」


 一人で生徒会室を出ると、窓の外の空は赤く染まりつつあった。

 ついこないだまで夏だと思ってたのに、もう日が短くなりつつある。特に文化祭の辺りからは時間の流れが速く、追いつくのに精一杯だ。

 半年前――毎日の時間が遅く感じた、水斗との同居生活が始まった頃とは完全に逆。

 すっかり馴染んだ日常と、初めての刺激が混ざり合い、私の時間を加速している……。

 それでも、ぼんやりとはしていられない。あとほんの数日でテスト週間に入り、その後に中間テスト。それから、さらにほんの数日で――


 昇降口でローファーに履き替え、校門に向かう。

 他の生徒はもうほとんど帰ってしまったのだろう。校門までの道を歩いているのは私だけだった。

 だから――すぐに気が付く。

 校門の柱のところに、見覚えのある男子が、佇んでいるのを。


「あれ……? 水斗?」

「……………………」


 私が近寄っていくと、水斗のほうも柱から背中を離して、こっちに近付いてくる。

 ジャージから制服に着替えていた。やっぱりこっちのほうが似合うな。

 そんなことを思いつつ、前で立ち止まった水斗に、私は言う。


「ここで何してるの? 東頭さん待ち?」

「……いさなは先に帰ったよ」

「え?」


 じゃあなんで……?

 私が首を傾げる一方で、水斗はばつが悪そうに目を逸らしながら、躊躇いがちに口を開いた。


「……家に帰るまでが、体育祭だ」

「…………?」


 それは遠足では。

 などと思っていた無粋な私に、水斗はぶっきらぼうな調子で言う。




「一緒に……ゴール、したいんだろ?」




 ……あ。

 ああ……。

 ああああああ~~~~。


 ――何? この義弟。可愛すぎか。


 単に、私の意思を尊重してくれたのか。それともからかっているつもりなのか。あるいは、生徒会で頑張った私を、労ってくれているのか。

 この程度で口説き落とせたなんて、自惚れはしないけど。

 少しではあれ、一部ではあれ……私の気持ちが通じていたのは、間違いない。

 私たちが、同じ世界にいるのは、間違いない。


「……なんだよ。黙ってニヤニヤして。キモいぞ」

「ん~? いや、ね?」


 私は軽く腰を折って、下から水斗の顔を覗き込む。

 今ならきっと、小悪魔しても大丈夫。


「あなたも大概、シスコンだな~と思って……ね?」

「はあ?」

「今日だけ妹になってあげましょうか、お兄ちゃん?」

「やめろ。気色悪い」

「お・に・い・ちゃんっ♪」

「やーめーろって!」


 鬱陶しそうに言いながら、だけど水斗は逃げはしない。

 歩調を合わせて、一緒に校門を抜けていく。

 そこにはまだ、ゴールテープは張られていない。

 家に帰っても、今日が終わっても、きっとどこにも張られていない。

 それでも私は、一緒にゴールしたいのだ。

 どこにあるかもわからないそれを、他の誰でもないあなたと。

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