君が見ている僕のこと④ 体育祭は適当に玉入れだけ出て流そうの会
◆ 伊理戸水斗 ◆
『選手宣誓! 我々、選手一同は――』
過ごしやすい気温になった一〇月中旬。気持ちのいい秋空の下で、ついに我が校の体育祭が始まった。全校生徒が共に汗を流し、絆を固くするスポーツの祭典。正々堂々たるスポーツマンシップとチームワークを育む青春のイベント――
――らしいが、開会式を終えた後に僕が足を運んだのは、校庭の隣にあるテニスコートの隅だった。
「あ、水斗君来ましたー」
「よお、伊理戸ー」
高く張られたネットのそばに設置されたベンチ。そこにぐでっとリラックスした様子で、東頭いさなと川波小暮が座っている。僕は二人に近寄りながら、
「早いな君ら。人混みに紛れて移動するのに結構手間取ったんだが」
「トイレ行くフリで余裕」
「存在感ないので余裕です」
いさなが川波との間に空けたスペースをぺしぺしと叩いたので、僕は真ん中に腰を下ろした。決して座り心地のいいものではないが、地面に直接お尻をつけるのに比べれば何倍も快適だ。
『第一競技、100m走に出場する選手は――』
放送部のアナウンスが遠く聞こえてくる。今頃、校庭に並べられた椅子の中で、クラスメイトたちが慌ただしく動いている頃だろうが、ここにはその喧騒さえ届かない。まるで別世界のことのようだ。
「いいだろー、ここ? 体育祭じゃコートは使わねーからな。教師に見つかることもねーし、穴場なんだぜ」
「今日だけは褒めてあげましょう、チャラ男さん。よくぞこのわたしに、水斗君との逢引き場所を提供してくれましたね」
「うるせーな呼んでねーんだよてめーは! 伊理戸が体育祭ダルそうだったから教えただけでよ!」
「はいはい、ツンデレツンデレ」
「うっっっぜ!」
こなれてきた感のある二人のやりとりを聞き流しながら、僕はジャージのポケットから黒いカバーを着けた文庫本を取り出す。
「水斗君は何の競技に出るんですか?」
いさなが川波を煽るようにずりっと僕に身を寄せ、肩を触れさせてくる。僕はページをめくりながら、
「玉入れ」
「だけですか?」
「だけ」
「わたしは綱引きだけですー!」
「なんで嬉しそうなんだよ、このぷよぷよが」
川波が呆れた風に言った。
「そんなぷよぷよの腕で綱なんか持てんのか? その脂肪、四つ並べて消してから自信持てよ」
「仕方ないじゃないですか! 選択肢がないんですよ、わたしの場合!」
「はあ? なんで?」
「あなたにはわかんないですよ。……水斗君はわかりますよね?」
にやっと笑いながら、いさなはさらに身を寄せた。ジャージを大きく持ち上げる胸が、僕の肘の辺りに触れそうになって、僕は仕方なく少し避けた。
「(だって、知ってますもんねー? 腕なんかよりずっとぷよぷよなのを、水斗君だけは知ってますもんねー?)」
「おい聞こえてんぞてめー! いっちょ前に伊理戸を誘惑してんじゃねーよボケ!」
川波、君がいると突っ込む手間が減って助かるよ。
まあ実際のところ、走ったり飛び跳ねたりするのは胸が揺れて痛いから嫌、という話なのだろう――女子的には重要な問題だ。
「チャラ男さんは何に出るんでしたっけ? 水斗君の相手はわたしがしておきますから、遠慮なく行ってきていいですよ」
「決めた。今日はサボる。てめーを監視するためにな……!」
「どうせ南さんに捕まるんだからやめておけ。僕らまでついでに見つかる」
「そうですよ。いくらチャラくてもサボったらダメですよ」
「お前が言えたことか!」
今年の体育祭は平和に終われそうだ。両脇の二人がもう少し大人しくしてくれたらだが。
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