君が見ている僕のこと③ 生徒会長の名誉を守れ

◆ 伊理戸結女 ◆


「あれ? 誰もいないんだ」


 応援団との打ち合わせを終え、明日葉院さん、亜霜先輩と一緒に生徒会室に戻ってくると、中には誰もいなかった。

 明日葉院さんは少ししゅんとした顔で室内を見回し、


「おかしいですね。会長と羽場先輩がいたはずなんですけど……」

「何か用ができたんじゃない?」


 言いながら、私は会議机のほうに行く。

 と、羽場先輩の席に置かれたノートPCが開きっぱなしだった。覗いてみると、エクセルのセルの中でカーソルが点滅している。こんなやりかけの状態でどこに行ったんだろ?


「あ! 借り物競走のお題考えてるのー?」


 亜霜先輩が机の上のお題箱を見て言う。


「苦戦してそうだねえ。もしアレだったら、去年までのお題を参考にしてもいいよ。何だったらいくらか流用してもいいし」

「あるんですか?」

「あると思うけど。隣の資料室だったかなー」

「ちょっと探してみますね」


 私は、星辺先輩がよく昼寝場所にしている資料室に向かう。

 出入り口のドアとは別の、もう一つのドアに手を掛けて、


『――……れて、ください。みん……、かえ……き……』

『――……かにしてれ……バレな……さ』


 ……ん? 話し声が聞こえた気が……まあいっか。

 私はドアを開いた。

 薄暗い資料室の中で、紅会長が羽場先輩を押し倒していた。


「あ」


 二人が振り返る。


「「あ」」


 しばし、時が止まる。

 止まった時の中で、私は紅会長のブラウスのボタンが外され、セクシーな黒いブラジャーまで覗いていること、一方で羽場先輩のほうは、ほとんどのボタンが強固にぴっちりと留められていることなどを認識し、大体状況を理解した。

 理解した上で、私はゆっくりとドアを閉じた。


「ちょっ――」


 助けを求めるような羽場先輩の目が、ぱたっ、とドアに遮られる。

 ……紅会長、本当に大胆だな。

 あの大胆さを一年もはねつけている羽場先輩、本当に難攻不落だな。

 亜霜先輩からだけではなく、紅会長からもあの大胆さを習うべきだろうか。いやでも、一年まごついてるんだもんなあ……。生徒会の男性陣、守りが固すぎる。


 ひとまずここは、紅会長を応援する意味も込めてそっとしておこう。

 私は資料室に続くドアから静かに離れた。

 まあ資料室に入る用事なんてそんなにないし、ひとしきりの攻防をする余裕くらいは、きっとあるだろう――


「あっ!」


 カチャンっ! と何かが倒れる音がした。

 見ると、羽場先輩のノーパソの横にあったマグカップが横倒しになっていた。

 そしてそのそばには、白いブラウスの胸元を、黒い液体で汚した明日葉院さんが。


「すっ、すみませんっ! 中身が残ってるとは思わなくて……!」

「ランラン大丈夫!? 熱くなかった!?」

「はい……。もう冷めてたみたいです」

「そっか。よかったー」


 安堵の息をつく亜霜先輩。羽場先輩の飲み残しかな。明日葉院さんのあの大きい胸だと、目測を誤ることもきっと多いだろう。ドアとかにぶつけそう。

 そんな風に傍観者となっていた私は、次の瞬間、一気に当事者へと変化した。


「あー、これいったん脱いで洗わないと。ランラン、着替え持ってる?」

「体育があったので、一応……。隣で着替えてきます」

「行っといでー」


 明日葉院さんが体操着を入れた袋を手に取った。隣で着替えるために。

 隣。……隣?

 資料室のこと?


「ちょっ――っと! ストップ!!」

「!?」


 私が慌てて資料室への扉の前に立ち塞がり、明日葉院さんは驚いて足を止めた。


「なっ、なんですか? どいてください、伊理戸さん」

「し……資料室は、ダメ」

「はい? どうしてですか?」

「えーっと……ほ、ほら、埃がね? そう! 埃がいっぱいで汚いから! 髪とか身体が汚れちゃうかも!」

「そんなのいつものことではないですか……」


 ジトっとした目で私を睨む明日葉院さん。あーもう、これ以上なんて言えばー……。


「急にどしたん、ゆめち?」


 ……あ、そうだ! 亜霜先輩なら!


「…………!!」

「え、何? その目力……。ん? ノーパソ? と、資料室――」


 私の必死の目配せが功を奏した。亜霜先輩は「あっ」と軽く口を開けると、続いて表情に焦りの色を帯びさせていった。さすが師匠! 察しがいい!


「あー……ランラン。ゆめちの言う通りだよ。資料室で着替えるのは衛生的に良くない!」

「え? そうですか?」

「そうそう! 幸いここには女子しかいないし、ここでパパッと着替えちゃいな! ね!」


 2対1ともなれば、それなりに説得力が生まれるものらしく、明日葉院さんは困惑しながらも「わかりました……」とブレザーのボタンに指をかけた。

 明日葉院さんの意識が自分の服に向いた隙に、亜霜先輩がすすっと私に寄ってくる。


「(……どんな感じだった? 中……)」

「(……会長が攻め寄せている真っ最中でした……)」

「(わーお。自分の家でやれよ、あの天才色情魔め……)」


 まったくもって。剛毅果断すぎるのも困りものだ。


「(上手く隠れてるかもしんないけど、ジョー君がいるところで着替えさせるわけにはいかないよね……)」

「(はい。明日葉院さんの意識が資料室に向かないようにしないと……)」


 会長のあんなところ、もし彼女が目撃したら泡を吹いて倒れてしまう。


「(よっし! 師匠に任せておきな!)」


 亜霜先輩は頼もしく親指を立てると、ぷちぷちとブラウスのボタンを外している明日葉院さんに弾んだ足取りで近寄る。


「ランランってさー、化粧っ気がない割には可愛いブラ着けてるよねー」

「……これはお母さんが買ってきたんです。着けないと勿体ないじゃないですか」

「あ、まさかあたしを誘惑してる!? ごめん! 女の子には人並みにしか興味ないの!」

「話聞いてますか!? というかあるんじゃないですか! 興味!」


 よしよし。亜霜先輩が茶々を入れているうちは、明日葉院さんも資料室のことは忘れるだろうし、手早く着替えを終えようとするに違いない。あとは、汚れた制服を洗うために明日葉院さんが外に出れば、その隙に会長たちを資料室から脱出させて――


 ガチャッ。

 扉が開いた。

 資料室ではなく、廊下に続くほうの。


「よーお。やってるか、お前らー」


 星辺先輩の声!


「ひゃっ――」


 明日葉院さんが驚いた声を上げると同時、亜霜先輩がものすごいスピードで出入り口に駆けていった。

 そして、その勢いが嘘のような猫撫で声で言うのだ。


「センパ~イ! 待ってましたあ♪」

「あ? 亜霜、何か用だったか?」

「用がないと会っちゃいけないんですかぁ? どうせ暇でしょ、センパイ? 愛沙と学校デートしましょっ! 学校デート!」

「はあ~? お前、仕事はどうし――」

「い・い・か・らっ!」


 バタン。

 扉が閉まる。

 星辺先輩の文句の声と、亜霜先輩のあざとい猫撫で声が、どんどん遠くに消えていく。

 咄嗟にあれができるとは、さすがは師匠。……だけど、星辺先輩には、普通に明日葉院さんが着替えてるって伝えたら良かったんじゃ?


「……落ち着きのない人たちですね……」


 半裸の明日葉院さんが呟く。

 本当にね。

 ……ちなみに、明日葉院さんの大きな果実を支えるブラは、細かな装飾の入った、本当に可愛らしいものだった。

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