好きな人が家にいる⑪ 好きな人が家にいる

◆ 伊理戸結女 ◆


 日が傾き、空が半分ほど黒くなってきたところで、生徒会の歓迎会は解散となった。


「それじゃあ、明日から本格的に活動開始だ。よろしく頼むよ、諸君」

「がっ、頑張りますっ!」

「よろしくお願いします!」


 三々五々にばらけていき、私は一人で帰路につく。

 道すがら、今日出会った人たちのことを思い返した。

 私をライバル視する明日葉院さん。過去の経験と真面目さから恋愛アンチで、私や紅会長の状況を知ったら怒り狂いそうで心配だ。

 先輩として頼りになりそうな亜霜先輩。でも男の人にはどこかあざとい感じで、正直水斗には近付けたくない。それとも、あれは星辺先輩にだけなのかな?

 元会長の星辺先輩。一見、いい加減な人に思えるけど、言葉の端々からは思慮深さが垣間見える。暇だから来た、なんて言っているけど、本当のところはどうなんだろう。


 部活に入ったこともない私は、先輩ができるのも同期ができるのも初めてだった。上手くやっていけるかな――中学生までの私なら、きっとそんな心配でいっぱいだったんだろう。だけど、今の私は違う。

 世界が面白くなる気がする。

 期待のような、確信のような。そんなワクワク感で、胸がいっぱいだった――


「――あ」


 そんなことを考えながら歩いていると、前方に見慣れた後ろ姿が見えた。

 秋は深まり、日も短くなった。もうすっかり夜なのに、彼がこんなところを歩いているなんて珍しい。東頭さん辺りとどこかに行っていたんだろうか。

 向こうは後ろにいる私に気付いていない。そこで私に一つ、悪戯心が芽生えた。

 によっと笑いながら、気配を殺して見慣れた背中に近付き――


「わっ!」

「どぉっわあおおあ!?」


 彼は――水斗は、びくんっと飛び跳ねながら、弾かれるようにして私から距離を取った。

 ものすごい反応に、驚かせた私のほうが固まってしまう。


「び、びっくりした……。そんなにびっくりすると思ってなかった……」

「あ……ああ、君か……」


 振り返って私の顔を見ると、水斗はばつが悪そうに目を逸らした。

 あ、可愛い。恥ずかしがってる。

 水斗は女性向けゲームのキャラみたいに無駄に首筋をさすりつつ、


「ちょっと、諸事情あっていさなの奴を家まで送ってきたところでさ……。君は生徒会の帰りか?」

「うん。会長がバイトしてるお店で歓迎会してきたの」

「バイト? あの人が? 想像つかないな……」


 うーん、いつもより口数が多い。

 これはさっきの過敏な反応を相当誤魔化したいものと見た。


「ねえ、諸事情って何?」


 一歩、距離を詰めて、じっと目を見つめながら訊くと、水斗はたじろいだ顔をして、


「……しょうもないことだよ……」

「どんな? というか、東頭さんと何して遊んでたの?」


 自然と質問が溢れてくる。

 別に嫉妬じゃない。東頭さんと二人っきりで遊んでるなんて今更だし。

 ただ――知りたいと思った。

 私が生徒会のみんなと過ごしているとき、水斗が何をしていたのか。ごく自然と当たり前のように、私の知らない彼のことを、彼の口から聞きたいと思った。

 逆に、私は話したい。

 今日あったこと。今日出会った人。新しい場所での新しいこと。あなたの知らない私。

 話して、聞いて、共有して。今日という記念すべき日を、あなたと一緒に振り返りたい。

 幸い、時間はある。

 だって、私たちは――


「……わかった。話すよ。どうせ帰り道は同じだし」


 好きな人が家にいるって、めちゃくちゃ不便だ。

 だけど、好きな人が家にいるって、すごく幸せだ。

 だって、さよならと言わなくていい。

 また明日と、逆方向に歩き出す必要がない。

 日が上っているうちは別の場所にいても、夜になったら同じ場所に帰ってきて、その日の出来事を分かち合える。

 私が知りたいあなたのこと。

 あなたがわからない私のこと。

 私とあなたの不思議なことを、一つ一つ解き明かせる。


「今日は、いさなと漫画喫茶のペアシートを体験してきたんだけどさ――」


 いや何してんの?

 ……こんな嫉妬も、同じ家にいるからこその贅沢だ。漫喫のペアシートより同じ家に住んでるほうがランク上だし!

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