好きな人が家にいる⑧ 生徒会長の副業
◆ 伊理戸結女 ◆
歓迎会の会場として案内されたのは、静かな路地に小さな看板を出す喫茶店だった。
貸し切りなのか、元々客の入りが少ないのか、他のお客さんの姿はなく、私たちは悠々とテーブル席に通される。なんとなく一年生で固まる形になって、私が明日葉院さんの隣にお尻を下ろした矢先、紅会長が言った。
「諸君、飲み物は何がいい?」
めいめいの答えを聞くと、会長はうんと肯いて、
「それじゃ、準備をしてくるから少し待っていたまえ」
準備ってなんだろう、と思ったら、会長はなんと、スタッフルームの中に消えていった。
「ここね、すずりんのバイト先なの」
と言ったのは、星辺先輩の隣に座った亜霜先輩。
私は驚いて、
「バイト? してるんですか? 生徒会もやってるのに?」
「そーそー。社会勉強だってさ。ストイックすぎるよねえ」
ひええ……。恐るべきバイタリティだ。その上で学年首席をずっと維持してるんだから、根本的なスペックが違うとしか思えない。
「……わたしもバイトしよっかなぁ……」
と呟いたのは、物珍しそうにお店の内装をきょろきょろ見回していた明日葉院さんだ。そう言われると、私も何かしないといけないような気分になってくる。
小さな呟きだったけど、星辺先輩が耳聡く聞きつけて、
「やめておいたほうがいいぜ、あいつの真似は。スペックが有り余ってる奴特有の病気だ、ありゃあ」
「……わたしでは紅先輩のようにはなれない、と?」
不服そうに返した明日葉院さんに、星辺先輩は大きな手でスマホをいじりながら、
「少なくとも、無茶して身体を壊しちまったら無理だな。それでも近付きたいってんなら、一つ一つこなしていくことが肝要だぜ。あれもこれもって手を出してたら、結局何も身に付かずに終わっちまうからな」
「……ご忠告痛み入ります」
「おっ、SR出た」
言ってることは正しいのに、ゲームしながらだとなあ……。ほら、明日葉院さんもしらっとした目を星辺先輩に向けてる。
そうこうしているうちに、スタッフルームのドアが開いた。
「お待たせ」
現れた紅会長は、ウエイトレスになっていた。
膝丈のスカートに白いエプロンを合わせたその姿は、普段の会長とはまるで違う雰囲気だけれど、小柄でフェミニンな会長の容姿にはぴったりだった。
おー、と私は小さく拍手をする。
「似合いますね、会長」
「ありがとう。常連さんにもなかなか好評なんだよ」
微妙に自慢げだった。ちょっと子供っぽくて可愛い。
そういえば、企画プレゼンのときの軍服風ゴスロリも、すごく可愛かったなあ……。
「先輩って……」
「ん?」
「もしかして、コスプレ好きなんですか?」
会長は、ふっと不敵に微笑んで、
「ファッションをより楽しめることは、女に生まれたことの特権だよ。そうは思わないかい?」
「はあ……ええ、まあ、そうですね」
好きらしい。
紅会長はお盆に載せていた飲み物を、私たちの前に置いていく。
「軽食なら出せるから、遠慮なく注文してくれたまえ。今日はぼくの奢りだ」
「ありがとうございます!」
肯くと、紅会長はウェイトレス姿のまま、隣のテーブル席に移動していった。あれ? なんで? と思いきや……そっちに、羽場先輩が一人で座っていたらしい。気付かなかった……。
四人用のボックス席なのに、会長はわざわざ羽場先輩の隣に座る。羽場先輩が身体を傾けて避けるようにすると、その隙を突くように会長は距離を詰めた。
その様子を、隣の明日葉院さんが私の身体の前に乗り出すようにして覗こうとする。
「ちょ、ちょっと……明日葉院さん?」
声をかけてもなお、明日葉院さんは怪訝そうな顔で隣同士に座った先輩たちを眺めて、
「……紅先輩と羽場先輩って……仲がいいんですか?」
核心を突く質問をした。
仲がいいどころか、人気のない教室で誘惑するような間柄なんだけれど、まさか男嫌いで会長信者の明日葉院さんにそんなことを言うわけにはいかない。え、どうしよう。誤魔化したほうがいいの? それとも、傷が浅いうちに本当のことを話したほうが……?
「まあ、一年のときから同じクラスだからねー」
私が迷っているうちに、亜霜先輩がいちごオレをストローで飲みながら言った。
「ジョー君の能力を見抜いたのもすずりんだし、生徒会に引き込んだのもそうだし……の割に相変わらず目立たないから、何かと目を掛けてるんだよ」
「なるほど、そういうことですか……」
亜霜先輩が私に目配せをして、こっそりとウインクした。助かりました先輩! あとウインク上手いですね!
星辺先輩が依然スマホをいじりながら、
「目を掛けているというより、紅は明らかに羽場に――ごふッ!?」
「すみませんセンパ~イ♪ 肘が当たっちゃいましたぁ~♪」
「いっ、いや! 今のは絶対にわざとげふッ!?」
「図体がでかいのが悪いんですよ~? 自分のヒットボックスを恨んでくださいね~♪」
ガスッドスッと星辺先輩の脇腹に肘を入れ続ける亜霜先輩をよそに、明日葉院さんは未だ、訝しげな顔で羽場先輩の後頭部を見つめていた。
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