好きな人が家にいる⑦ 憧れ、追いかける者同士
◆ 伊理戸結女 ◆
「じゃあ、今日はここまでにしておこうか」
仕事内容の簡単な説明だけで、初日の生徒会は終わった。
機会を見計らっていたかのように、元会長――星辺先輩が、応接用のソファーで欠伸をしながら起き上がる。
「おー、終わったか。じゃあ行こうぜ。歓迎会」
紅会長が呆れた目をして星辺先輩を見やる。
「まさか、そのためにわざわざここで昼寝をしていたんですか?」
「おいおい。まさかこのおれをハブるつもりか? 恩義あるこの先輩を? え?」
「うっわ~、鬱陶しいOBだぁ。幻滅しますセンパイ」
茶化すように亜霜先輩が言うと、星辺先輩がハッハと大口を開けて笑ってみせた。
いまいち掴みどころのない人だけど、ムードメーカーではあるのかもしれない。カリスマ性で場を支配してしまう紅会長とは、また別種のリーダーシップだった。
「まあ、そこのOBを入れるかはともかく、歓迎会の会場はぼくのほうで用意してある。一年生二人もぜひ来てくれると嬉しいよ」
「あ、はい。もちろん」
「ぜひ!」
私と明日葉院さんの返事を聞くと、紅会長は微笑みながら肯いた。
それから六人で学校を出て、紅会長についていく形で街中を移動していく。
先頭は当然ながら紅会長で、その後に私、明日葉院さんが並んで続く。その後ろで亜霜先輩が星辺先輩に何やらちょっかいをかけていて、最後尾に、あたかも影のごとく羽場先輩がくっついていた。
「どうだったかな? 初日の生徒会は」
紅会長が振り向いて、私たち一年組に訊いてくる。
「まだ何も仕事をしてないので、何とも言えませんけど……緊張しました。人見知りなので、私……」
「そうかい? だとしたらキミは、自分の欠点との付き合い方が上手いんだね。人見知りだなんて、少しも感じなかったよ」
嬉しい。褒めてほしいポイントを的確に突かれた気がした。これが人の上に立つべくして生まれた人間なんだろうなあ。
「蘭くんはどうだったかな」
「あうっ! えとっ、あのっ、そのっ……!」
明日葉院さんは小さな身体でわたわたと慌てながら、
「い……意外と、緩いんだな……って、思いました」
テンパった結果か、かなり本音っぽいことを吐露した。
明日葉院さんはすぐに「ふあっ」と呻いて口を塞いだものの、紅会長はくつくつと笑い、
「だろうね。ぼくも去年、まったく同じことを思ったよ」
「え……? 会長も?」
「もっと真面目でお堅い組織なんだと思っていたら、当時の会長があの通りのちゃらんぽらんだったからね。これは自分がしっかりしなければ、と思ったものだよ」
紅会長は私たちの後ろに視線を放る。そこでは星辺先輩が配信者か何かの声真似をしていて、亜霜先輩に「全然似てないんですけど! 愛沙の推しに謝ってくださいっ!」と怒られていた。……というか亜霜先輩、年上には一人称、自分の名前なんだ……。
「大方、キミも同じように思ったんじゃないかな、蘭くん?」
「はっ、いやっ、それは、そのう……」
明日葉院さんは声を尻すぼみにして、目を横に逸らした。図星らしい。
「実に結構だよ」
紅会長が力強く言うと、明日葉院さんも目線を持ち上げた。
「別に郷に入っては郷に従えと言うつもりはない。むしろ、一年生のキミがしっかりしてくれれば、二年生も身が引き締まるというものだ。キミはキミらしくやってくれ」
「は、はいっ……!」
明日葉院さんは文字通り身を引き締めて、紅会長の言葉を拝領した。とても一つ年上の同性に対する態度とは思えない。彼女には、会長が神様か何かに見えているのだろうか?
会長が前を向くと、明日葉院さんはようやく肩から力を抜いて、「はあ」と溜め息をつく。
「……ねえ、明日葉院さん」
「はい?」
控えめに話しかけると、明日葉院さんは相変わらず敵意の滲んだ目で私を見上げてくる。顔立ちが可愛らしいからかあんまり怖くない。
「明日葉院さんは、どこで紅会長のことを知ったの? 私は文実で一緒だったんだけど」
覚えている限り、明日葉院さんは文実には参加していない。これほど憧れているんだからどこかしらで接点があったんだろうけど、どこで知ったんだろう。
「……大した切っ掛けじゃないですよ」
俯きがちになって、自嘲的に明日葉院さんは言った。
「入学したての頃、わたし、男子に絡まれちゃって……いつもならさっさと追い払うんですけど、そいつは特にしつこくて」
ナンパかぁ。暁月さんは中学生に間違われたりするせいであんまり絡まれないって言ってた気がするけど、明日葉院さんは同じような背丈でも、この胸だからなぁ……。
「それで困ってたところを、通りすがりの紅先輩に、助けられたんです。そのときの姿が、あまりにも堂々としてて、カッコよくて……」
うんうん、と私は心の中で肯いた。
背丈で言うと、紅会長と明日葉院さんはそう大きく変わらない。けれど、紅会長の姿はどうしてか、実際よりもずっと大きく見えるのだ。きっと、誰に対しても怖じることなく、確固とした自分を持っているから。
「それで、生徒会を目指すことにしたんです。元々勉強は得意でしたから、成績が良ければきっと声をかけてもらえるだろうって、頑張って。……そしたら……」
「あはは……」
恨みがましい目で睨まれたので、私は愛想笑いをしておいた。
はあ、と明日葉院さんはまた溜め息をつく。
「本当は、もっとスマートに挨拶するつもりだったのに、めちゃくちゃテンパっちゃった……。伊理戸さん、あなたはどうして、あの紅先輩と普通に話せるんですか? 慣れれば平気になるものなんですか?」
「んー、そうだなあ……。私も最初はガチガチだったけど」
切っ掛けがあったとすれば、……あれかな。
私は集団の最後尾にくっついているはずの、背景のような男子のことを思い出した。
「紅会長は、まるで別次元にいるような人だけど……あれで案外、普通なところもあるんだよ」
「普通? 紅先輩が?」
「うん。……たぶん、明日葉院さんもいずれわかるようになるんじゃないかな」
明日葉院さんは目を細め、軽く眉根を寄せた。
「……何だか、マウントを取られている気がします……」
「え!? いやいや、そんなつもりないって!」
でも、……明日葉院さんって、恋愛系の話、たぶん地雷なのよね。
大丈夫かなあ。もし紅会長が羽場先輩のことを好きだって知ったら、どうなっちゃうんだろ。
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