好きな人が家にいる⑤ なぜかよくいるOB

◆ 伊理戸結女 ◆


「……ふあ~あ……」


 そんな欠伸が聞こえたのは、私たち生徒会役員が座る会議机、からではなかった。

 ガチャリと、ノブを捻る音。

 振り向けば、出入り口とは別にもう一つ、横の壁に扉があり、そこからぬうっと、大きな男の人が出てくるところだった。


 で……デカい。


 もちろん、今度は胸じゃなくて、身長の話だ。かなりの長身だった――180センチでは利かない。もしかすると、190にも届きそうな上背。何かスポーツをやっていたようなガッチリとした体格で、だけど髪が男子にしては長めで運動部っぽくは見えなかった。

 制服を着ているからもちろん生徒のはずだけど、もっと年上に見える。だるだるに緩んだ胸元のネクタイは青色で、それは三年生の証だった。

 会ったことはないはずだけど、どこかで見覚えがあるような気がする……。

 目元に涙を滲ませて欠伸をする大きな三年生を見て、真っ先に驚いたのは、亜霜先輩だった。


「えっ? センパイ!? 何やってるんですか、こんなところで!」

「あー? ああ、亜霜か……。ちょっと昼寝だよ。昨日、朝まで配信を見ててなぁ」

「会長……」


 呆れたように大きな三年生をそう呼んだのは、紅会長だった。会長?


「あなたはもう引退なされたのですから、資料室を仮眠室にするのはもうやめてください」

「まあそう言うなよ、紅。新たなスタートを切る後輩を見届けてやろうっていう、先輩の心憎い気遣いじゃねえか」

「推薦が決まっていて暇なだけでしょう?」

「そうとも言うな」


 にやりと笑う大男に、紅会長は溜め息をついた。それから、置いてけぼりの私と明日葉院さん、一年生組に向かって言う。


「一応紹介しよう。彼は星辺遠導。前期の生徒会長だ。全校集会などで見たことがあるかもしれないね」


 あ。……そうだ。確かに全校集会や、入学式でも見た覚えがある。在校生の挨拶をしていた、あの人だ。

 私と明日葉院さんがそれぞれ挨拶すると、星辺先輩はポケットに手を突っ込みながら私たちを見下ろして、「んー」と首を捻る。


「聞いちゃあいたが、両方女子か。こりゃあ羽場の肩身がますます狭くなっちまうな。なあ?」


 肩に大きな手を置かれた羽場先輩は、「いえ……」って控えめに否定したけど、星辺先輩はにやりと笑ってそれを無視した。


「よし。これからもちょくちょく顔を出すことにしよう。男一人じゃ羽場が可哀想だからな。そうしようそうしよう」

「繰り返しますが、推薦が決まっていて暇なだけでしょう?」

「そうとも言うな」


 紅会長が呆れた顔をする一方で、亜霜先輩がにまっと意地悪そうな顔をして立ち上がった。それから星辺先輩の巨体に近寄って、下から顔を覗き込むようにする。


「そんなこと言って~、本当は愛沙ちゃんに会いたくなっただけなんじゃないですかぁ?」

「ねえな。それはねえ」

「恥ずかしがっちゃって、きゃわゆいですねぇ、センパイ♪」

「あーあー、相変わらずめんどくせえな! お前は!」


 亜霜先輩はころころと嬉しそうに笑う。女子にしては長身な亜霜先輩だけど、それ以上に大きい星辺先輩のそばにいると、子供のように小さく見えた。

 星辺先輩は悪し様に亜霜先輩を追っ払い、逃げるように応接用のソファーセットに向かう。


「んじゃ、おれはもう一眠りしてるから、紅、適当に始めとけ」

「ええ~? 逃げるんですか? センパ~イ」

「愛沙」


 なおもわざとらしい、甘ったるい喋り方で星辺先輩をからかおうとした亜霜先輩を、紅会長が柔らかくも鋭い声で止めた。


「大好きな星辺会長と会えて嬉しい気持ちはわかるけど、今は新入り二人をきちんと迎え入れるほうが先だよ」

「うぇっ!? ……大好きとか、誤解を生むようなこと言うのやめてよ、すずりん! 後輩の前だよ!?」


 紅会長は無言で肩を竦めた。亜霜先輩は不服そうに唇を尖らせながら、自分の席に戻る。

 ……なるほどなぁ。

 得心しつつ、私は対面に座る明日葉院さんの顔を覗き見る。そこには、拗ねた子供のような、不満を押し隠した硬い表情があった。

 進学校だろうと、生徒会だろうと、高校生というのは大して変わらないらしい。

 思ったより柔らかい生徒会の空気がご不満らしい明日葉院さんとは逆に、私は新しい居場所となるこの部屋に、親しみやすさを感じるのだった。

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