好きな人が家にいる③ あざと明るい違和感先輩
◆ 伊理戸結女 ◆
「お!
声に振り返ると、髪の長い女性が嬉しそうに入ってくるところだった。
背は高めながら、髪型はロングとツインテールを組み合わせたツーサイドアップというやつで、ちょっと子供っぽい。
肩から提げたスクールバッグにも、マスコットのキーホルダーがじゃらじゃらとぶら下がっている。失礼ながら、一見あざといファッションだった。
胸元のリボンは緑。二年生の先輩だ。
子供っぽい趣味の先輩は明日葉院さんに駆け寄ると、彼女の小さな身体をぬいぐるみのようにぎゅーっと抱き締めた。
「早かったじゃーん。そんなにあたしに会いたかった?」
「十五分前行動を心掛けているだけです。離れてください先輩」
「うーん、つれないところもきゃわゆい!」
「きゃわゆくないです」
明日葉院さんは無表情で、ぐいぐいと先輩を引き剥がす。
先輩は名残惜しそうにしつつも、私のほうを見て人懐っこそうな笑顔を浮かべた。
「あなたが伊理戸ちゃんね? すずりんから聞いてるよー。すっごい優秀なんだってね?」
「そっ、そんなそんな! 全然ですよ!」
というか、すずりん? 紅会長のこと?
「ふふっ。すずりんの目に適うなんてすごいことなんだから、ドヤればいいんだよ、ドヤれば。……あっ、自己紹介がまだだったね。あたしは
お手本を見せるかのようにドヤ顔をして、亜霜先輩は胸を張った。
他人のおっぱいのサイズに過敏な反応を見せる暁月さんと一緒にいるからか、私も初めましての女の人と会うと、どうにも無意識にそのスタイルをチェックしてしまうところがあるんだけど……亜霜先輩も結構なものをお持ちだ。腰は細く、お尻は小さく、絵に描いたようなモデル体型なのに、胸は私よりも大きく前に張り出していて――
――ん? あれ?
……気のせいかな。何か違和感があるような……?
「蘭とは挨拶済んだ? なんか伊理戸ちゃんのことをライバル視してるみたいなんだけど、失礼なことしなかったかなぁ?」
「い……いえいえ。大丈夫です。はい」
「『大丈夫』ってことは、したはしたんだね。やれやれだ。でも可愛いから許す」
亜霜先輩はまた明日葉院さんを身体の前に抱き寄せた。明日葉院さんはもはや抵抗もせず、無視するかのような無表情だ。
この様子だと、私が紅会長に勧誘されたように、明日葉院さんは亜霜先輩に勧誘されたんだろう。どういう経緯なのか訊いてもいいのかな? 文実にはいなかったと思うけど、下の名前で呼んでるし、結構親しそうよね。
と、そういえば。
「下の名前……『蘭』って言うのね、明日葉院さん」
「……そうですね、一応」
明日葉院さんはなぜか渋い顔をした。さっきも下の名前を名乗りたがらなかった気がしたけど、どうしたんだろう?
「明日葉院、蘭……カッコいい名前ね。『院』が付く苗字ってちょっと憧れる」
「あー、わかるわかる。金持ちっぽい感じだよねー」
「……わたしを、フルネームで呼ぶのはやめてください」
苦々しい声で、明日葉院さんが言った。
「好きじゃないんです。名乗るときは、苗字だけにしています」
「どうして? ……って、訊いてもいいのかな」
明日葉院さんは顔を俯け、少しだけ間を取って、
「小学校のとき……男子に『淫乱』って言われて、からかわれたんです。苗字の最後と名前をくっつけて」
……あー……。
ありそうなことだ。小学校の、たぶん高学年かな。辞書や漫画で見たエッチな単語を、やたら使いたがる時期。
明日葉院さんは亜霜先輩の腕の中でわなわなと震え始める。
「最初は意味わからなかったんですけど、辞書で意味を調べて、すごくショックを受けました……。男子ってなんであんなに知性が低いんですかね? オウムみたいに同じことを何度も何度も何度も何度も……! あんな生き物とは会話が成立しませんよ! 動物園みたいに檻にでもぶち込んでおけばいいんです!!」
相当に溜まったものがあるようで、明日葉院さんは小さな拳をブンブンと振り、
「なのに年を経るにつれて周りの女子も彼氏とか作り始めて……! 恋愛なんかの何がいいのかわかりませんよ! なんで自ら進んであんなオウムどもと一緒にいたいと思うのか! 本物のオウムを飼ったほうがまだマシです! そうは思いませんかっ!?」
明日葉院さんの剣幕に、私はただただたじろいでいたけれど、彼女を抱きしめる亜霜先輩はにこにこと嬉しそうに笑っていた。
「とか言いながらこのおっぱい! きゃわゆいよねー。ユニコーン的にポイント高し!」
言っている意味がわからなかったので、私は愛想笑いをしておいた。
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