好きな人が家にいる② 永遠の三番手
◆ 伊理戸結女 ◆
波のように寄せては返す不安と期待を胸にして、私はそのプレートを見上げた。
生徒会室。
この私立洛楼高校をまとめ上げる生徒会。選ばれたたった数人が入ることのできる部屋――なんて言うと、ちょっと持ち上げすぎか。
でも、今まではただ帰るだけだった放課後に、いつもの教室とは別の部屋の前にいる。ただその事実だけでも、言い知れようのない高揚感があった。
「……よし」
私は意を決して、ドアを叩こうと手を持ち上げ――そういえば、と思い出して止める。紅副会長――いや、会長が言ってたっけ。ノックは来客がすることだ、客ならざる生徒会メンバーはノック不要――
私は手を下ろすと、そのままドアのつまみに指を掛け、えいやっと横に引いた。
「失礼します!」
最初が肝心と、珍しく声を張りながらドアを潜る。
特段、変わったところのない部屋だった。
手前に応接用らしいソファーセットがあり、奥には会議に使うらしい長方形の机とホワイトボードがある。
壁際の棚には無数のファイルが敷き詰められている他、誰かの私物っぽいぬいぐるみやテーブルゲームの箱なんかが納められていた。
手前のソファーセットにも奥の会議机にも人の姿はない。
まだ誰も来てないのかな?
そう思いながら、一歩、部屋の中に歩を進めると――
不意に。
視界の端に、小さな人影が入ってきた。
「うわっ!?」
「……………………」
びっくりして仰け反った私を、その子は警戒する猫のような目で見つめてくる。
背の小さい子だった。
たぶん暁月さんといい勝負なんじゃないだろうか。
髪型は運動部のようなショートカットで、顔つきは幼いものの可愛らしく整っている。けど、眉間に軽くしわを寄せているせいで、気難しそうな印象を持ってしまった。
たぶん一年……だと思う。小っちゃいし。胸元のネクタイも赤色だ。
いや、だけど、ただひとつ、一年生とは思えない部分が――部位がある。
で……デカい。
胸が……デカい。もしかして、東頭さんや円香さんと同じくらい……? いや、背が小さいからその分、大きく見えるだけなのかもしれない。どちらにせよ、背丈は似たような感じなのに、暁月さんが怒り狂いそうなスタイルをお持ちの女の子だった。
どうやら、入口のすぐ横にある棚を眺めていたらしい。それで最初、私の視界には入らなかったのだ。
生徒会の人……? だよね? 生徒会室にいるんだし。一年だとしたら、私と同じ新入りってことになるけど……。
不意の遭遇によって、頭の中で練っていた挨拶が全部吹っ飛んでしまった。ひたすら固まるしかない私を、低身長巨乳少女は値踏みするような目で眺めて、
「……伊理戸結女さん、ですよね?」
わずかに敵意の滲んだ声で、訊いてきた。
え? 何? 初対面よね? 私、もう何かやらかした?
「そ……そう、だけど」
「わたし、
彼女はずいっと距離を詰めてきながら、私の顔を睨み上げる。
「あ……明日葉院、さん?」
「そうです。明日葉院です。明日葉っぱが落ちる病院と書いて、明日葉院です」
何だか縁起でもない説明なんだけど……。これってどう返すのが正解なんだろう……?
「えっと……は、初めまして……?」
「はい。初めまして」
「あー……明日葉院さんも、今日から生徒会?」
「そうです。庶務です」
「そうなんだ……。私は書記。今日からよろし――」
「それだけですか?」
「え?」
それ以外に何が!?
明日葉院さんは可愛らしい顔をむっとさせて、さらにずずいっと迫ってくる。ちょっ、おっぱいが! おっぱいが当たる!
「わたし、明日葉院です! こう言ったらわかりますか!? 一学期の中間・期末ともに学年三位の、明日葉院ですっ!!」
「へえ~、三位なんてすごいじゃない」
「一位と二位を独占している人が何を言ってるんですかあーっ!!」
「ひゃあわーっ!?」
おもむろに両肩を掴まれ、ガクガクと前後に揺さぶられた!
「眼中にないって言うんですか!! あなたたちきょうだいに頭を押さえつけられて、いつか抜いてやろうってずっと頑張ってるのに!! 名前すら見てないって言うんですか!!」
あ、そっか。三位ってことは、私や水斗のすぐ下に名前があったってことだ。
正直、自分と水斗の順位しか気にしてなかったから……。
「な……なんか、ごめんね……?」
「謝られたくなどありません! わたしが見たいのは、あなたが順位表の前で悔しさに震えている姿だけです!」
負けず嫌いの一言では言い表しがたい女の子だった。
明日葉院さんは私の肩を掴んだまま、据わった目で私の顔を覗き込む。
「……この生徒会でも、わたしは会長を目指します。あなたを押しのけて、わたしが会長になるんです。そうすればきっと、わたしの名前を覚えざるを得ないでしょう」
「あ、うん。大丈夫よ、もう覚えたから。明日葉院さん」
「簡単に覚えないでください!」
どうしろと!?
ずいぶんとパワフルな子と同期になってしまったらしい。暁月さんとはまた別の意味でパワーがすごい。
明日葉院さんはふうと息をつくと、私の肩を放して周りを見回した。
「そういえば、もう一人の伊理戸さんはいないのですか?」
「うん。水斗――ええっと、弟は生徒会には誘われなかったみたい」
「そうですか……。ふん。確かに、彼女ができたという話でしたしね。恋愛なんかにうつつを抜かしている人が、栄えある生徒会に選ばれるはずがありません」
私は笑顔のまま口をつぐんだ。
私自身は言うに及ばず、生徒会のトップである会長が、恋愛にうつつを抜かしまくって同じ生徒会メンバーを誘惑しているなんて、たぶん言わないほうがいい。
それにしても、本当に広まっているのね、水斗と東頭さんのこと。向こうが一方的に意識していたとはいえ、直接の関わりがない明日葉院さんまで知ってるなんて……。
「……あれ? そういえば、明日葉院さん」
「なんですか?」
「下の名前はなんて言うの? その、覚えてなくて申し訳ないんだけど……」
すると、明日葉院さんは急に表情を曇らせて、視線を斜め下に逸らした。
「……下の名前は……」
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