あのとき言えなかった六つのこと 「可愛かった」
あのデートは、きっとチャンスだったんだと思う。
夏休みに入る、少し前。綾井に誘われて、休日に出かけた。
まだ、当たり障りのない会話ならできていた頃だ。形だけの仲直りをしたばかりで、どうやって以前の関係に戻るかを考えていた頃だ。
あれが、最後にして最善のチャンスだったんだと、今ならばわかる。
綾井はめかし込んでいた。きっちりお洒落をして、僕と以前の仲に戻りたいと、その姿でもって主張していた。
簡単なことだったんだ。
僕がやるべきことは、本当に簡単だった。
なのに、どうしてだろう。言葉が出なかった。以前までは普通にしていたことだ。今更恥ずかしがるようなことじゃなかったはずだ。なのに……何かが、詰まっていた。僕の中の何かが、そのたった一言を堰き止めていた。
可愛い、と。
たった一言、そう口にするだけでよかったのに。
◆ 伊理戸結女 ◆
「行ってきまーす!」
「はぁい、行ってらっしゃーい」
お母さんの声に送られて、私は水斗と一緒に玄関を出た。
玄関先で待っていた水斗は、私が鍵をかけるのを見るとすたすたと歩き始める。気遣いをする気はないらしい。まったくもう。まあ私もそれを想定して、今日は比較的歩きやすい靴を履いていた。
水斗の格好はパーカーにチノパンで、まあいつも通りというか、ラフさ極まるものだ。対する私も、デート着って言うほど気合いを入れてるわけじゃない。普通のブラウスに普通のロングスカートで、少し秋めいてきたのもあって肩にストールをかけていた。
お互いに私服で、揃ってお出かけで、デートっぽいと言えなくもない。けれど今回は、お母さんたちに隠す必要はないのだ。
なぜなら今日は、文化祭用の衣装を下見するため、円香さんの大学に行くのだから。
私は水斗の隣に並びながら話しかける。
「円香さんの大学って、結構遠いの?」
「距離的にはそこそこだな。けど、電車に乗ればさほどかからないと思う」
「電車かぁ……」
「交通費なら文化祭の予算から出るぞ」
「お金の話をしてるんじゃないの!」
私が思い出してたのは、母の日のプレゼントを買いに行ったとき、満員電車で水斗に詰め寄られるような格好になったことで……。そして、秋の京都は観光客がたくさんいるから、今日も電車が満員かもなってことで……。
これはデートではない。
デートではないけれど――それはそれとして、私は暁月さんから、ある指令を受け取っているのだ。
――いい? 結女ちゃん? 文化祭は絶好の機会なの! 準備期間は作業を通じて親愛度を高め、当日はデートに誘う口実になる! つまり……!
――つまり?
――伊理戸くんにコナをかけようとする子が、爆発的に増える!
――!
――まあ、東頭さんとの噂があるからねー。奇しくもそれが防波堤になってくれるとは思うけど、そんなのお構いなしな子もいるだろうし
――で……でも……! あの男が、そんな、ポッと出の子に引っかかるわけ……!
――もしもーし。ポッと出の東頭さんが今どうなってるか、覚えてますかー?
――ううう……
――というわけで、結女ちゃんも積極的にコナかけちゃおう! 実行委員になったおかげで、東頭さんの噂に気兼ねせずデートできる状況が整ったんだからさ!
――こ、コナをかけるったって、どうすればいいの……? というか、コナって何……? 鱗粉……?
――ふふふ。お教えしましょう。恋愛対象にぶっかけるコナとは!
――とは……?
――ずばり――『こいつ、俺のこと好きなんじゃね?』だー!
――…………キスまでした私に、これ以上どうしろっていうの…………?
――そこは、まあ、あー……がんばれ!
最後は結構投げやりだったけど、一応暁月さんは、通り一遍の手練手管を伝授してくれた。
例えば、いつもより半歩分だけ近付いて歩くこと。
例えば、折に触れて何気なく肩や手などに触れること。
例えば、話すときにじっと相手の目を見つめること。
まあ確かに、どれもこれも異性というか、恋愛対象の人にされたら、もしかして気があるんじゃないかと疑ってしまう行動ではあるけれど……。
――……ねえ、暁月さん? つかぬことを訊くんだけど
――なぁにー?
――それ……自分でやったことある?
――……………………
――暁月さん? ねえ暁月さん!?
最近、気付き始めた。
暁月さんは事あるごとにあれこれアドバイスしてくれて、本当に助かるし、ありがたいと思っているんだけど……恋愛に関しては、家が隣同士の幼馴染みというあまりにも恵まれた環境でしかしてこなかったために、技術的には素人同然なのではなかろうか、と……。
いや、そりゃね? 男性経験がまったくないよりかは信用が置けるんだけどね? 幼馴染み相手にボディタッチで距離を詰めるとかね? 絶対やったことないでしょっていう気持ちがね? やっぱりね?
まあ、経験に関しては私も他人のことは言えない。中学時代の成功は、まさしく棚からぼた餅と言うべきもの――未だになんで付き合えたのか謎なくらいだ。その謎成功をさらに超えようというのだから、試せることは何でも試してみるべきだろう。
とりあえず、それとなく半歩分、距離を詰めてみた。
「……………………」
「……………………」
そっと横目で表情を窺ってみるけど、私のほうを気にする様子はない。
健全な男子なら、肩が触れ合いそうな距離に女子がいたら、それだけで反応するはず! ――と、暁月さんは言っていたけど。
よく考えたら、この程度の近さがどうしたという話なのだ。
何せ私たちは、普段、一つ屋根の下で暮らしているのだから――肩が触れ合う距離で歩く程度、それに比べたらどうってことないと言わざるを得ない。
実際のところ、私も――そんなには――ドキドキしてないし。
距離感が近すぎるのも考えものだ……。
「はあー……」
「どうした?」
「いや……ちょっと人酔いしただけ」
先が思いやられすぎる。
大きな駅からいくつか電車を乗り換えて、円香さんの大学の最寄り駅で降りる。
そこから先は、道には迷いようがなかった。何せ駅を出て、角を一つ曲がっただけで、道の先にキャンパスの入り口が見えたのだ。
九月も中旬に入ろうとしているけれど、大学はまだ夏休みらしい。だからか、行き交う人も少なかった。駅のすぐそばにある小学校の塀沿いに歩いていく。
門は開け放たれていた。私はきょろきょろと辺りを見回しつつ、生まれて初めて大学の敷居を跨ぐ。うわあ、入っちゃった。
「怪しいぞ、君。何もしてないのに捕まりそうだ」
「だ、だって、大学なんて入る機会ないじゃない!」
「入学するわけでもないのに大袈裟な……」
何よ! ちょっとくらい感動を共有してくれてもいいでしょ!?
水斗はキャンパスマップを見つけると、平然とそちらに歩いていく。あまりにも忖度のない態度に、私は落ち込むよりもムカついた。デートじゃないとしても気遣いがなさすぎる!
私はこれ見よがしに憮然(誤用)としてやりつつ、水斗と一緒にマップを見た。確か円香さんとの待ち合わせ場所は――
「ええっと……どこだっけ?」
「なんでいちいち建物にややこしい漢字の名前が付いてるんだ……」
見た目からそれらしさは感じないけど、この大学は仏教系で、建物にも仏教に由来しているっぽい名前がついているらしい。この辺りからして、中学や高校とは違う。
二人してキャンパスマップを見て頭を捻っているところだった。
「あー! いたいた!」
急に聞き覚えのある声が後ろから聞こえて、
「よっ! 二人ともー!」
と、背中を叩かれた。
驚いて振り返ると、お洒落な眼鏡をかけたお姉さんが「にひひ」と悪戯っぽく笑っていた。
淡い色合いのブラウスにふわりとしたロングスカート。見た目だけなら清楚なお姉さんとしか言いようのない姿と、ブラウスを大きく持ち上げる豊満なバストは、一月前に田舎で出会った彼女のものに違いない。
種里円香さん。
水斗の――そして私のはとこに当たる人だ。
「一ヶ月ぶりー! 元気してたー?」
「はい。円香さんも変わらず……」
「うんうん。結女ちゃんも相変わらず……コーデが超被ってるね!」
「あ」
改めて見ると、今日の私と円香さんの服は、ペアルックかというくらい被っていた。
「す、すいません。忘れてました……」
「いーよいーよ。どうせ着替えるんだしさ! にひひ!」
相変わらず円香さんは、ファッションの印象とは裏腹に陽キャ全開である。水斗が一言も声を発していないけど、私も中学時代だったら同じ反応をしていただろう。
「水斗君も久しぶり! 田舎以外で会うなんていつぶりだろうね?」
「……さあ。何かの法事じゃないですか」
「あー、そっかそっかぁ。いやぁ、おっきくなって!」
水斗の塩対応にもまったく動じず、笑顔でおばさんみたいなことを言う円香さん。一ヶ月前に会ったばかりなんだから、身長は全然変わってないと思うけど。
「それじゃ、早速行こっかー! 衣装は部室にあるから!」
円香さんは自然と私の懐に入ってきたかと思うと、当たり前のように腕を絡めてきた。腕が豊かなおっぱいにむにゅんっと飲み込まれたようになって、女なのにひょわあーっと心の中で悲鳴をあげた。
ブラジャーの硬い感触にさえドキドキする。これがFカップのパワー……。だとすれば、東頭さんのGカップにいつもくっつかれている水斗はどういう気持ちでいるのか。なんであんな平然とした顔ができるの? 性欲ないの?
振りほどくこともなく、そのままの格好で人気の少ないキャンパスを歩いていく。ステージやカフェが設けられた広場を横断しながら、円香さんがこそっと顔を寄せてきた。
「(結女ちゃん、結女ちゃん。あの話どうなったの?)」
「(あの話って……)」
「(東頭さんって子が、水斗くんの彼女になったって話! 他の親戚はみんな信じてるけど、誤解なんだよね?)」
「(そう……なん、です、けど……)」
「(わーお。あからさまな訳ありの気配)」
私は後ろを無言でついてくる水斗を気にしつつ、最近あったことを手短に話した。水斗と東頭さんが付き合っているという話が、親戚のみならず学校でまで広まり、ほとんど公認状態になってしまったことを……。
「(そりゃあ、まあ、なんというか……難儀な話だねえ)」
「(本当に……)」
まさに難儀としかコメントのしようがない。
「(それじゃあ今回は、文化祭の準備にかこつけて逆転しちゃおうって感じ? なかなかやるねー♪)」
「(ま、まあ……友達の差し金なんですけど)」
「(ほほう。なかなか頭の切れる友達がいるようですな。わたしと気が合うかも)」
確かに暁月さんとは陽キャ同士気が合うかもしれないけど、円香さんはセッティングド下手くそでは。なのにその強者感は一体。
見上げるほど大きな正門を抜けて、いったん外へ。
部室のある建物は飛び地にあるのだという。横断歩道を渡って、現代的なデザインの綺麗な建物に入っていく。
「円香さんは、演劇サークルに入ってるんですか? お母さんの話じゃはっきりしなくて」
「わたしは、正式にはどこにも入ってないかなー。でも彼氏が演劇サークルでね、わたしもたまに助っ人に入ってるの。準部員みたいな感じ?」
「え? じゃあいいんですか? 衣装を借りちゃって」
「大丈夫大丈夫。話は通してあるし。サークルメンバーはみんな友達だから。ちゃんと返すならタダでいいってさー」
すごい。『みんな友達だから』。真の陽キャしか口にしない台詞だ。
「あ、でも」
円香さんは不意に「にひひ」と笑って、私の耳元に口を寄せた。
「(やらしいことに使っちゃダメだよ? 衣装が汚れちゃうからね!)」
「(い、言われるまで考えもしませんでしたよ……!)」
できるわけないじゃない、そんなこと! ……コスプレくらいでどうにかなるなら、もうとっくに……うう……。
円香さんに先導されるまま、いくつかの階段を登る。
廊下を歩いていると、いくつも並ぶ扉の中から話し声や笑い声が漏れ聞こえてきた。私には物珍しい空気感だったけれど、円香さんは当然スルーして、演劇サークルの部室――でいいのかな? サークル室……?――に、私たちを通す。
雑然とした部屋で、私物らしき漫画雑誌や空のペットボトルが机に放置してあり、壁際には無数の段ボール箱が山と積み上げられている。
おお……部室っぽい!
「衣装はその段ボール箱の中だよ。適当に開けてチェックしていこっか」
「ええ……? こんな保存の仕方で大丈夫なんですか?」
「よくはないんだろうけど、クローゼットを借りるのにもお金がかかるからねえ」
言いながら、円香さんは『衣装』とマジックで殴り書きされた段ボール箱を、ガサゴソと開封し始める。
覗き込んでみれば、なるほど確かに、ただの洋服とは言えない芝居がかった服が詰め込まれていた。演劇用なんだから芝居がかっているのは当たり前なんだけど。
「うーん……もうちょっと整理されてるかと思ったんだけど、本当に突っ込んであるだけだなこりゃ。結女ちゃん、水斗君、手分けして開けていこう」
「はい!」
私の返事をよそに、水斗は無言で段ボール箱を開け始めていた。親戚にくらいもうちょっと愛想よくできないのだろうか、この男は。
必要なのはコスプレ喫茶で使う衣装だ。なので訴求力を高めるために、何らかのはっきりしたコンセプトを持っているほうが望ましい。だから単に物珍しい服ではダメだ。一見してわかりやすい、華のようなものがないと……。
「おっ! ……ひひ。結女ちゃん結女ちゃん、こんなのどう?」
円香さんがニヤニヤしながら広げて見せた服を見て、私は最初、『あ、可愛い』と素直に思った。
ウエイトレスみたいなエプロンと半袖のブラウスを組み合わせた、まさしくヨーロッパという感じの服だ。
けど……よく見ると……。
「えっと……それ……む、胸元開きすぎじゃないですか……?」
襟ぐりの開き方が尋常じゃない。おっぱいの上半分は見えちゃうんじゃあ……。
「結女ちゃん。この服はね、ディアンドルって言って、ドイツの伝統的な民族衣装なの」
「そ、そうなんですか……」
「そう。今でもね、ドイツのお祭りなんかで着られる、いわば着物みたいなものなの。だからエッチじゃないの。水着と同じくらい谷間が見えてても、まったくエッチじゃないの」
「エッチだと思ってるってことじゃないですか! その強調の仕方は!」
「着てみよ? ね? 文化祭でしょ? ドイツの文化学んじゃお?」
円香さんは据わった目をして、ディアンドルとやらをずいずい押し付けてくる。ダメだもん! 完全にエロい目してるもん!
「ダメです」
少し硬い声がしたかと思うと、スッと水斗の腕が、私と円香さんの間に割り込んできた。
「伝統的だろうと民族衣装だろうと、露出の高い服は運営委員会に弾かれます。なので、その服は、ダメです」
一語一語区切って、突きつけるように告げた水斗に、円香さんはぱちくりと目を瞬いた。
「……ふう~ん?」
そして意味ありげに笑って、ディアンドルを引っ込めた。
「了解了解。じゃあやめとこう。確かにこんな格好の結女ちゃんを、不特定多数の目に晒したくなんかないもんねえ?」
「……公序良俗に反しない衣装をお願いします」
そう言って、水斗は自分の開封作業に戻っていく。
今の……ちょっと、怒ってた?
私が露出のある服を着せられるのを……嫌がってた?
うわ。顔がにやつきそう……! もしかして、露出度が高い衣装に真っ先にNGを出したのって、そういう意味もあったの? 私を守ろうとしてくれたの? うわ。うわ~!
「にひひ。それじゃあ、水斗君が怒らない服を探そっか、結女ちゃん?」
「は、はい。……あっ、ちょっと待って」
私はディアンドルを片付けようとした円香さんの手を止めた。
そのデザインをじっと見る。
「どうしたの? やっぱり着たい?」
「いえ……私よりも……」
これ、東頭さんに似合いそう。すごく似合いそう。
「……ちなみになんですけど」
「うん?」
「個人的に借りることって、できますか?」
円香さんはきょとりと首を傾げ、
「やらしいことに使うのはダメだよ?」
「使っ……いません!」
東頭さんに胸元の開いた服を着せるのは、やらしいことじゃないはず! たぶん!
ぷちりと、ブラウスのボタンを外す。
今日、初めて入った部屋で服を脱ぐなんて、何だか落ち着かなかった。すぐ隣の部屋に水斗がいると思うと、尚更心許なさが湧き起こる。
「相変わらず贅肉ゼロだなー、結女ちゃん。肌もツヤッツヤだし。これがJKか……」
評論家のように私を検分してくる円香さんは、とっくに下着姿になっていた。清楚なファッションとは裏腹に、ブラもショーツもレースでレッドですごいやつ。大人の下着を通り過ぎて、これはもはや、いわゆる勝負下着というやつに見える……。
「……円香さん、普段からそういうの着けてるんですか……?」
おずおずと尋ねる私に、円香さんはからからと笑い、
「そんなわけないじゃん! 普段は上下の色が違うとかザラだよ? ……でもまあ、今日は見せる予定があったもんでね」
「それは……」
今この瞬間のこと? ……それとも、この後に何かご予定が……?
円香さんは意味深に笑って、
「さあ? どっちでしょー?」
プチっと躊躇なく、ブラのフロントホックを外した。
私たちは今、見繕った衣装を試着しようとしていた。
どうせ私たちの独断で決めるわけにはいかないから、とりあえず試着して写真を撮り、後からクラスの話し合いで決めようということになったのだ。
私が女子のサンプルで、水斗が男子のサンプル。
部室の隣にもう一つ部屋があるので私と円香さんはそちらに移動し、水斗は部室に残って自分の衣装に着替えているのだ。
じゃあなんで円香さんまで着替えているのかって話だけど、「わたしも着たぁーい!」と言い出したんだから仕方がない。
しかも円香さんが手にしているのは、私や水斗がNGを出した、露出度の高い衣装だった。あまりに布が少なくてブラすら着けられない。
「うーん……」
とりあえず私が最初に着てみたのは、王道のメイド服。
漫画やアニメで見るやつよりもスカートが長くて、足首くらいまである。
おかげで私でもそんなに恥ずかしくないけど、このフリフリのカチューシャはやっぱりちょっとー……。
「いいじゃん! 可愛い可愛い! 水斗君と合わせてきな!」
「合わせるってなんです――きゃっ!?」
円香さんに背中を押されて、水斗と合流する。
水斗は執事服を身に纏っていた。すらりとした線の細い身体に、締まった印象の黒がとてもよく映える。
「おおーっ! いい! いいよ!」
円香さんは興奮して、スマホでパシャパシャ写真を撮り始める。
その間、私はチラチラと水斗のほうを覗き見た。疎ましそうに顔を顰めているけど、充分似合う。あとは髪型をもっとちゃんとすれば――
――はっ!?
これ……コナをかけるチャンスなのでは? ここで褒めておけば、意識させることができるのでは?
よ、よし……!
「ね、ねえ……」
「ん?」
「に……似合ってる……わね?」
言えた!
そこそこ声が詰まっちゃったけど、何とか言えた! 私にしてはマシなほう!
水斗は私の言葉を確認するように間を置くと、
「どうも」
それだけ!?
人が一生懸命勇気を出して褒めたのに、それだけ!? 褒め返しなさいよ! 君も似合ってるねって、お世辞でも言うところでしょ!?
ぐぬぬ……オタクのくせに、メイド服に反応しないなんて……!
「円香さん! 次行きましょう!」
「おっ! 結女ちゃん乗ってきた?」
「乗ってきました!」
次に着たのはチャイナドレスだった。
当然、下半身にスリットがある分、脚の露出がすごいんだけど、そこは『肌色のタイツを穿けばセーフなんじゃない?』という円香さんの意見で、一応アリになった。
の、だけど。
今は、肌色のタイツなんてないわけで。普通に、生脚を出すしかないわけで。
これならどうだ! と、怪しい中国の呪術師みたいな格好をした水斗の前に出てみたが、
「ふうん」
これだけ!
ホントに! こいつ! 普段、生脚出すのが恥ずかしくて制服でもタイツを穿いてる私が、こんなにも脚を出してるっていうのに! ふうんって!
それからもアオザイとか魔法使いとか、いろいろ試してはみたけれど、水斗の反応はどれも『へえ』とか『ふうん』とか『はあ』とかばっかりだった。
「やー、どれも可愛いなあ!」
一番ホクホク顔なのは円香さんである。
円香さんは水着みたいな服(服?)にヴェールのような薄布を合わせた、踊り子めいた格好をしていた。
円香さんみたいに出るとこが大きく出てる人がこんな格好をしたら、もう部屋を一歩出るだけで犯罪になりそうなくらいだったけれど、やっぱり水斗は全然リアクションを取らない。
円香さんも円香さんで、平然と丸出しの白い太腿を組みながら、スマホで撮った写真を見返している。
「衣装といえば、夏祭りで着てた浴衣も可愛かったなー。やっぱり黒髪ロングに和服は鉄板だね!」
「て、鉄板かはともかく……和風の衣装は、アリかもしれませんね。露出度も低いですし」
「たぁしかに。PTAウケも良さそう。和風かぁ。巫女服とかあったかなー……」
円香さんは床に四つん這いになって、段ボール箱をごそごそ漁る。お、お尻! お尻気を付けて! 今ほとんど丸出しなんだから!
「あ」
私がそれとなく水斗の視界を遮っていると、円香さんが何かを箱から引っ張り出した。
「あったなあ、これ! ねえねえ、これなんてどう?」
「これって……?」
着物……っぽいけど、上半身しかない。着物っぽく見せるだけのなんちゃってシャツというか。円香さんはそれと一緒に、袴らしきものを持っている。
「んーと、これはねー……あっ、そうだ。去年の学祭の写真があるんだった」
円香さんはスマホを操作し、「これこれ!」と画面を見せてくる。
画面に写っているのは、ステージの上に立つ女性だった。上は華やかな赤の着物で、下は焦げ茶色の袴――靴は、ブーツ?
「可愛い……!」
「でしょ? 大正ロマンっていうのかな。わたしも好きなんだよね!」
和洋折衷で、可愛くもあるし格好良くもある。露出度はかなり低いのに、一見して目を引くインパクトがあった。
今までで一番いいかも……。運営委員会の理解も得られそうだし、コスプレ感もちゃんとある。コンセプトもはっきりしてるし……何より、他のクラスはこの衣装を用意できないんじゃないだろうか。
「でも、これ、男子はどうなるんですか?」
「男子はこっち」
円香さんが画面をスワイプして、新しい写真を見せてくる。そこに写っていたのは――
「書生!」
着物と袴に、学帽と外套! それはまさしく書生の姿……!
「いいでしょ?」
「いいです!」
私は全力で肯いた。この知性を身に纏ったような格好は、さっきの執事服以上に私の感性に突き刺さった。いい! すごくいい!
……でも、問題は、もう一人の実行委員のお許しが出るかどうか……。
私はそうっと水斗を振り返り、おずおずと言った。
「……どう?」
「そうだな……確かに、条件には合ってる……」
お? 今までで一番好意的な反応だった。断言はしないものの、答えに出会った感触が、水斗にもあるのかもしれない。
「まあとりあえず着てみよ! 水斗君も!」
え!?
そ……そっか……サンプルを撮らないといけないんだ……。この、この、涼しげな、書生風の衣装を、み、水斗に……。
私はにわかに緊張しながら、隣の部屋で着替えた。着物っぽいけど着物じゃないから、着付けは決して難しくない。サイズも割と融通が利きそう。
トントンと爪先を叩いて、ブーツの履き心地を確認していると、
「髪、ちょっと上げよっか」
円香さんが私の髪の一部を後頭部に結い上げ、小道具らしい簪を挿した。円香さんと同じハーフアップだ。するとますます、姿見の中の私は大正時代のお嬢様のような雰囲気を纏った。
「いいねえー! ハイカラだハイカラ!」
円香さんに乗せられて、私も気分が良くなってきた。
身体を左右に振って、髪や袖、袴の裾を揺らしてみる。そうしてできる非現実的なシルエットが、まるで自分のものとは思えなくて、人形を可愛がっているような気分になってくる。
今までの衣装ほど恥ずかしくないし、演劇用だからか見た目ほど動きにくくもない。それに……何よりも、可愛い。
「……円香さん。これ、何着ありますか?」
「気に入った?」
「ええ、まあ、はい……」
「たぶん四、五着くらいかな。男子と合わせれば、ホールスタッフの分くらいは余裕で賄えると思うよ」
なら男子側の出来栄えによっては……。いや、私はほとんど確信していた。何せ、この半年、この世の誰よりもあの男の姿を見ているのだ。何が似合って何が似合わないかなんて、実際に見なくても大体わかる――
ノックをしてから、水斗が着替えている部室に戻る――と。
「っ――――」
「のわあーっ!!」
私があげかけた歓声を、円香さんのバトル漫画でぶっ飛ばされた人みたいな声が上書きした。
しれっとした顔で振り向いた水斗に、円香さんが目を輝かせて駆け寄る。
「みっ、みずっ……水斗君! え!? 本当に水斗君!? あのちっちゃくて可愛らしい水斗君!?」
「何年前で認識が止まってるんですか……」
呆れた顔をする水斗は、さっき写真で見た通りの、着物に袴を着て、頭に学帽を被った、書生風の衣装だった。
いい……。
すごく、いい……。
私の見立てに誤りなし。その衣装は、水斗の線の細い面立ちや知的な雰囲気と見事に噛み合い……なんか、なんかもう、もう……!
「ほ、本! 水斗君、小脇に本抱えてみて! 和綴のやつ! 小道具の箱にあったでしょ! ……そうそうそう! それそれそれ! ……うーん、でも何か足りない……」
「め、眼鏡です……! 円香さん、眼鏡……!」
「それだああーっ!!」
円香さんと二人、ウキウキと小道具の伊達眼鏡を水斗にかけさせると、また「のわああーっ!!」と円香さんがぶっ飛ばされた。叫びはしなかったものの、私も心中は同じ気持ちだった。
円香さんは両手で口を覆い、ぷるぷると震える。
「か、かわいい……かっこいい……かわ……かっこ……身内にとんでもない人材がいたことに、お姉さんは動揺を隠しきれないよ、水斗君……」
「大袈裟ですね……。別に普通ですよ」
「あーっ! 敬語もいい!」
いい! 心の中で激しく肯く私。
前のイケメン家庭教師風も良かったけど、こっちも、いい……! すごく、すごくいい……! ああ、語彙が……! 語彙が足りない!
「ちょ、ちょっと、二人とも並んで並んで! ほら早く!」
「えっ……!」
円香さんにぐいぐいと肩を押されて、水斗の隣に並ばされる。あっ、ちょっ……ち、近づけないで! 死んじゃう! 私死んじゃう!
「おおお、こりゃしゅごい……。大正だよ。もはやここは大正! もっと近付いて近付いて!」
大興奮してパシャパシャ写真を撮る円香さん。
私はガチガチになって、肩が触れ合う距離にいる水斗をちらちら盗み見ていた。学帽のつばが少し幼さのある顔に影を落とし、水斗に物憂げな雰囲気を与えている……。
ひいいーっ!! か、顔が……! 顔が緩んじゃう……!
「いやー、これは決まりですな! 洛楼の文化祭って一般入場アリだよね? 行くよ! 絶対行くから、わたし!」
円香さんによる撮影会が終わると、私はようやく、水斗の隣からてこてこと逃げ出した。し、心臓止まるかと思ったぁ……。
はー、と胸を撫で下ろしていると、円香さんがちょいちょいと手招きしてきた。なんだろう? と近付いてみると、
「見て見て、ベストショット」
さっき撮った写真を見せられる。
画面に表示されたのは、顔を赤くして横目で隣の書生を盗み見ているハイカラ乙女――か、顔に出過ぎでしょ私……!
自分の防御力の弱さに気を取られて、だから私は、円香さんに「ここ、ここ」と指で教えられるまで、気付かなかった。
私だけじゃなくて――水斗のほうも、横目で私をチラ見していることに。
「にひひ。口には出さないけど、好評みたいだね?」
私は、着物の袖でさっと口元を隠した。
もう……抑えられない。こんなの……どうやっても、顔が緩んじゃう。
「あの……この写真……」
「わかってるって。送ったげるね?」
私はか細い声でお礼を言った。
それから、素知らぬ顔をしている水斗を見やる。
露出の多い服を止めたときといい、今といい……。
もしかして……この男、私のこと好きなのでは?
元の服に着替えて部室を片付け終わると、円香さんが「せっかくだし大学見てく?」と誘ってくれた。
こんな機会そうそうないし、私はお言葉に甘えることにした。水斗も口ではさっさと帰りたい風なことを言っていたけど、なんだかんだでついてきた。
体育館や食堂、講義で使う演習室、それに図書館なんかを覗いた後、中央広場にあるカフェで休憩することになる。カフェ自体、そんなに縁があるわけではないけれど、大学のカフェともなると格別に物珍しい。席に案内され、円香さんの対面に座るまで、私はおのぼりさんのようになっていた。
「ちょっと詰めろ」
のだけど、水斗が私の隣に座ってきた瞬間、一気に意識を持っていかれる。
わ、わざわざ私の隣に! 円香さんの隣も空いてるのに……!
いやいや、落ち着け。今となっては親戚の円香さんより、義理のきょうだいの私のほうが慣れているというだけだ。そうに違いない。……ああ~! でも気になる~!
円香さんがメニューを取り、
「何頼むー? ケーキとかもあるよ。しかも良心プライス! 遠慮なく頼みたまえー」
うーん……どうしよう。晩ご飯もあるし、軽めに留めたいところだけど……。
「ケーキもパフェも美味しそう……」
「私はコーヒーだけにしとこうかな。水斗君は?」
「僕は紅茶――それと、このケーキで」
「え?」
水斗が指差したのは、私がパフェとの二者択一で悩んでいたチョコレートケーキだった。
水斗は平然とした顔で、
「僕がこっちを頼むから、君はそっちのパフェを頼めばいい。それでシェアすれば、両方食べられるだろ」
「あ……う、うん。そうね……」
何それ優しい! な、何? 彼氏? もしかして私たち付き合ってる!?
「ほっほーう?」
水斗のムーブを見て、円香さんも意味ありげに目を光らせた。そうですよね! 私の勘違いじゃないですよね! 好意が! 好意がありますよね、これ!
……いやいやいや、落ち着け。この男のことだ。単に自分が食べるものにこだわりがないだけかもしれない。いや、そうだ。そうに違いない。……そうよね?
程なくして、私の前にはパフェが置かれ、水斗の前にはケーキが置かれた。パフェは小ぶりで、おやつとして食べるにはちょうどいい。てっぺんのアイスは甘すぎず、少し酸味があった。うーん……私はもうちょっと甘いほうが好きかも。
「そっちはどんな感じ?」
無表情でチョコレートケーキをパクパクしていた水斗は、フォークを置いて、無言でケーキを皿ごとこっちに寄せてきた。私も入れ替わりにパフェを水斗のほうに寄せる。
「あれー? あーんしないのー?」
と、円香さんがこれ見よがしにニヤニヤしながら言った。
……確かに、食べ物のシェアといえば……だけど。でも、まさかこの男が、そんな軟派なことを人前で、しかも親戚の前でするわけがない。……でもでも、今日の感じなら、まさか、ひょっとすると――
「嫌です」
水斗はにべもなく言った。
……やっぱりね。何を期待してるんだか――
「こんな人目のある場所でするようなことじゃないでしょう」
続いた言葉に、私の頭は少しだけ止まって、円香さんはきょとんとした顔をした。
「……あれぇ? それだと、まるで人目のないところではしてるみたいな言い方だけど?」
「ご想像にお任せします」
あれ? な、なんで? なんではっきり否定しないの? いつもなら嫌味なくらい徹底的に――
「どうした、結女? ぼうっとして」
「え? あ、いや、ちょ、ちょっと考え事……。ほ、ほら、カロリーがね? 気になるなあって!」
顔を覗き込まれて、慌てて誤魔化した。
し、心配された……。やっぱりいつもより、優し――
「ふうん。気にするもんなんだな、君でも」
「え? ……きっ、君でもって何!?」
「いつもだらだらお菓子食ってるから、気にしてないのかと思ってたよ」
「たっ、食べてなっ……くはないけど、だらだらとはしてないわよっ!」
優しくなったり嫌味になったり、どっちなのよ、もう!
大学内を一通り見学すると、日も沈みかけになっていた。
私たちも帰らなきゃいけないし、円香さんもこの後、予定があるってことで、解散することにした。
駅に近いほうの門からキャンパスを出る。円香さんはスマホで時間を確認しながら、
「この後、飲み会があるんだよねー。彼が迎えに来てくれる予定なんだけど……あ、来た来た」
一台の車が走ってきて、少し離れたところに止まった。その運転席に座った男の人に、円香さんが手を振る。あの人が円香さんの彼氏……。距離があってよく見えないけど、なんだろう、何だか疲れてそうな雰囲気がする……。
「それじゃあね、二人とも! 文化祭、楽しみにしてるよー!」
円香さんは小走りに車に駆け寄って、運転席の窓に「ありがとー」と声をかける。それから助手席に回ってシートに座ると、車内から私たちに手を振った。
車は発進し、あっという間に道路の先に消えてしまう。彼氏と一緒に車で移動する、というその光景が、何だかすごく大人っぽくて、私は車が消えた先を見つめながら、静かに感動していた。
の、だが。
水斗が怪訝そうに言う。
「……飲み会に行くんだよな?」
「え? そう言ってたじゃない」
「あれだと、彼氏は酒飲めなくないか?」
「……………………」
ダメ男好きだと前は言っていたけど……それはそれとして、人使いは荒いほうらしい。
……あるいは。
私の脳裏に浮かんだのは、着替えのときに見た、円香さんの下着姿。
彼氏にだけお酒を飲ませないことで、自分を介抱させるつもりとか――
ワインレッドの高そうな下着に身を包んだ円香さんが、ベッドにしどけなく寝そべっている姿を想像してしまって、私は慌てて思考を切り替えた。義理とはいえ、親戚のそういうのを想像するのは何だか気まずい!
残された高校生二人、横断歩道を渡って、駅のほうへと歩いていく。
距離感は相変わらず。半歩詰めても、さして何か変わることはなく、会話も特に交わすことはない。
きっとこのまま、この半年と同じように、今日という日は終わっていくのだろう。
けれど……けれど。
このままではいたくないと、私は望んだのだ。
暁月さんがそれを応援してくれた。そして今日の水斗は……いつもとは、ほんの少し、違う気がした。
だから――だから。
大丈夫だ。
きっと――大丈夫だ。
「……ねえ」
今日という日に背中を押されて、私の喉から、声がこぼれる。
「私……あ、いや、私が今日着た服! ……かわい、かった?」
勝算はあるのだ。円香さんが撮ってくれたツーショット。あの写真が押さえたあの視線が、すでに水斗の本心を教えてくれている。
だから……たとえ、水斗がここで、憎まれ口を叩いたとしても――
「……別に、普通だよ」
ほらね。
素直になんて絶対に言わないんだから、こいつは――
「普通に、可愛かった」
――へ?
「え?」
「……あ」
水斗は慌てて口を塞ぎ、
「ちょ、ちょっと待て。待った。い、今のは言い間違って……」
「……言い間違って? 何と?」
「そ、れ、は――……ああくそ! 脳がバグった! ……慣れないことをさせるから……」
ぶつくさと言いながら、水斗は逃げるようにせかせかと歩いていく。
私もその背中を追いかけて足を速めながら、口元を緩ませた。
嬉しい。
嬉しい。
嬉しい。
何よりも――あなたに褒めてもらえたことを、素直に嬉しく思えるのが、嬉しい。
――ねえ。
――私、好きだからね?
――あなたのこと、好きだからね?
言葉にせず、視線に乗せて、振り返らないその背中に送る。
今はまだ、伝わらないけれど。
いつか、きっと、……必ず。
◆ 伊理戸水斗 ◆
――いいか、伊理戸? 派手な行動に出る必要はねえ。いつもと言動を少しだけズラせ
大学から帰ってきた後、僕は川波に言われたことを思い出していた。
結女の気持ちを確かめる。そのために、結女にアプローチをかける。
今日の外出はその絶好の機会だと、川波もいさなも主張してきたのだ。
――少しだ。少しでいい。いつもよりほんの少しだけ優しく! いつもよりほんの少しだけ男らしく! ただそれだけで、案外気になっちまうもんだ
――わかります! 特に水斗君は普段が塩対応すぎますから、ちょっと優しくなるだけでも大違いですよ!
――ったくお得だなあ色男!
そう、すべてはあの二人の指示。僕が自分の意思で結女にアプローチしたわけじゃない。
僕があいつのことを好きだなんてことは、もう二度と、ありえない。
……なのに――
――簡単だろ? 別に可愛いとか言って褒めそやせとは言ってねーんだからよ
「…………言いすぎた…………」
痛恨のミスだった。
指示にないことをしてしまった。
そう――これは失敗だ。
今更、こんなことを言ったって、何の意味もないんだから。
◆ 伊理戸結女 ◆
「「「かぁわいいーっ!!」」」
翌日、サンプルとして撮った大正ロマン衣装の写真をクラスの女子たちに見せると、みんなすぐさま色めき立った。
特に暁月さんの反応がすごかった。
「かっ、かわっ、かわ、かわかわかわかわ…………!!」
「あっきーが壊れたぁーっ!!」
「ステイ。ステイやで南ちゃん」
ふんすふんすと鼻息が荒くなった暁月さんを、麻希さんと奈須華さんが拘束する。さすがに身の危険を感じて、私は一歩後ずさった。
「いいなー! うわー、いいなー!」「私も着たい! ……けど伊理戸さんほど似合う自信がない……」「マジでそれな!」
衣装の出来の良さゆえのことだとは思うけど、こうも絶賛されると私としても面映い。
……けれど、まだ本命は見せていないのだ。
もう一つの、もう一人の写真は、まだ見せていないのだ。
「というか、これに釣り合う男子、ウチにいる?」「書生風なんだよねー? なんか頭良さそうな感じ」「そうそういないよね。そんな知的で、クールで、線の細い――」
口々に言いながら、徐々に徐々に、女子たちの視線はある方向に集まりつつあった。
集まる視線の先。
そこには、素知らぬ顔をして本を読んでいる、線の細い、学年一の成績を誇る男子の姿があった。
私は口元が緩むのを抑えきれなくなりながら、満を持して、もう一枚の――書生風水斗の写真をみんなに見せた。
「「「のわあああーっ!!」」」
ぶっ飛ばされるみんな。
謎の優越感で満たされる私。
自分の席で苦々しい顔をする水斗。
もう決定だった。
運営委員会に提出する資料の希望出し物の欄には、『大正ロマン喫茶』と記入した。
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