元カップルの日常スナップショット 家族にも見せない女子の秘密
「水斗くんってさ、好きな人いないの?」
僕にとって、田舎とはすなわち、ひい祖父さんの書斎だ。
集まる親戚はほとんどがおじさんやおばさんだし、話して楽しいことなんてあるはずがない。だからとっととこの書斎に引きこもって、本屋ではなかなか出会えない古い本の数々を漁っていたほうが、よっぽど有意義だと言えた。
そうして合理的に選択された僕の行動を、昔から妨害してくるのがこの人だった。
「……円香さん。僕は今、本を読んでいるんですが」
「見たらわかるよ~」
「だったら気を遣ってもらえませんか」
「気を遣うような仲じゃないじゃん。家族でしょ~?」
遠回しに――いや、そこそこ直球に『邪魔だ』と言っているんだが、どうやらこの清楚詐欺の陽キャ女子大生には通用しないらしい。
円香さんは畳の上に座り、にやにや笑った顔を僕に寄せてくる。
「いるでしょ? 気になる子の一人や二人~。た・と・え・ばぁ……結女ちゃんとか!」
僕はちらりと円香さんの顔を見て、そして本に目を戻した。
「無視! リアクションひどくない?」
「反応するに値しない話だったので」
「いやいやいや、嘘でしょ~。絶対気になってるでしょ~。あんな可愛い子と一つ屋根の下に暮らしてたらさぁ。わたしだったら一週間保たないよ?」
「……一緒に生活するっていうのは面倒も多いんですよ。わかるでしょう」
「まーね~。わたしだったら発狂するかも。どこでムダ毛処理すればいいんだーって。結女ちゃんすごくない? 自分の部屋でやってんのかなぁ?」
……ムダ毛。あの女に? 確かに女性も、すね毛や腋毛が生えないわけじゃないと聞いたことはあるけど……。
「わたしなんかお風呂上がりはしばらく裸でいたりするんだけどね。エアコンの風に当たるのが気持ちいいんだ~。そういうのもできなくなるよねぇ。……あ、でも、もしかして、他に誰もいないときにやってたりして?」
裸……エアコンの風に……。
「……おやぁ? もしかして想像してる?」
ハッ。マズい。
「まさか。とにかく、いろいろ面倒で、余計なことを考えてる余裕はないって話で――」
「にひひ。その様子だと、結女ちゃん、捨ててないみたいだねー、オ・ン・ナ♪」
言うだけ言って、「じゃあねー」と円香さんは出ていった。
捨ててない。女を? 家の中でもってことか? 円香さんがわざわざ言うってことは、それは結構に面倒なことのはずで――
――ああもう! なんでいつもいつも邪魔してくるんだ、あの人は!
結局集中できなくて、僕はいったん書斎を出た。
適当に散歩でもして落ち着こうと思っていたんだけど――
「あ」
玄関の近くで、結女に遭遇した。
台所でもらってきたのか、ソーダのアイスを口に咥えている。それをシャクッと噛み砕くと、結女はするっと目を逸らした。
「え……っと、どこか……行くの?」
「ちょっと、散歩」
「そっか……」
僕の目は思わず、その剥き出しの手足に向いてしまっていた。
腕も脛も透き通るように白く、僕とは大違いだ。それは日々の手入れの賜物なのか、それとも自然のままでこれなのか……。一緒に住んでいるはずなのにわからない。
「それじゃあ、私は……部屋、戻ろうかな。あそこエアコンあるし……」
「え?」
「え? ……何?」
「い……いや、何でもない……」
それじゃあ? 僕が外に行くから? エアコン? 風? ……いやいや。
「……じゃあ」
「うん……」
なぜか微妙に気まずい空気で、僕たちは別れた。
自然に溢れた家の周りをぐるりと一周して帰ってくると、僕は書斎に足を向ける――
――前に、結女と由仁さんの部屋を通りがかった。
いや、たまたま通っただけなんだが。でも、今はたぶん、由仁さんはいないはずで。そしてたまたま、障子戸が少しだけ開いていて。
目に入った。
一人きりの部屋の中で――結女が、壁際に座って本を読んでいるのが。
……うん。いや、それはそうだよな。
僕は黙ってその場を立ち去った。
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