カップルは願い合う。「こういう意味じゃない!」


 7月7日という日付について、何か特別な意味合いを見いだしたことは、それまでなかった。

 だから中学2年の7月7日――七夕の日に学校から配られた短冊に、どうしてあんなことを書いたのか、今をもって理由がいまいちはっきりしない。

 僕には、願い事なんてないはずだった。

 自分には何の不足もないと思っていたし、これ以上必要なものもないと思っていた。

 だから、そう、僕の短冊は白紙であるべきだったのだ。

 未来永劫に渡って。




※※※




 私には願い事がたくさんあった。

 人見知りな性格を直したかったし、友達もたくさん欲しかった。本を買うお金も欲しかったし、読む時間もたくさん欲しかった。

 だけど、どうしてだろう――短冊に託す願いは、いつもそれじゃない。

 中学2年の7月7日――七夕の日に学校から配られた短冊に、私はいつものようにそれを書いた。

 人見知りはきっと頑張れば何とかなる。友達もきっと何とかなる。本を買うお金も、時間もたぶん何とかなる。

 でもきっと、それは奇跡や運命でもなければ叶わないことだから。

 見ず知らずの神様に願うくらいしか、どうしようもないことだから――


 毎年毎年、何度も何度も願ってきて、叶ったことは一度もない。

 だけどその年、ひとつだけ違ったのは。

 自分の短冊を笹に吊るす前、別の人が書いたその願い事を見たことだ。


『この短冊以外の願い事が叶いますように』


 優しいのか、投げやりなのか、意地悪なのか。

 私はくすりと笑ってしまった。

 だって、本当に他の短冊の願い事が叶ってしまったら、この短冊の願い事も叶ってしまったことになる――とんだパラドックスだ。

 今にして思えば、こんないかにも中学生らしい捻くれた願い事、臆面もなく吊るすのは一人くらいしかいなかった。

 だけどこのときの私は、そんなこと知りもせず――ほんの気まぐれで、その変な短冊の隣に、自分の短冊を吊るしたのだ。


『同じ願い事ができる人ができますように』




※※※




 そして、1年が経った。

 いろんなことがあり、始まって、深まって、そして終わりかけていた。

 この時期になると、僕たちの仲は冷えて、壊れて、崩れかけていて――

 ――だけど、まだわずかに、期待を残していて。


 だから、願い事なんてなかったはずの僕が、あんなことを短冊に書く羽目になったんだ。




※※※




 もう、神様に頼むしかなかったのだ。

 私は未熟すぎて、愚かすぎて、ただ仲直りするだけの、それだけのことが、途方もなく難しく思えて――


 だから、私はこの年、初めて違う願い事を書いたのだ。




※※※




『来年も一緒にいられますように』


『来年も一緒にいられますように』




※※※




 ――そして、さらに1年が経った。


「……………………」

「……………………」


 期末テストを控え、緊張感を張り詰めさせつつある伊理戸家では、会話が徐々に減りつつある。

 当然、七夕なんて子供じみたイベントを、高校でまでやるはずがなかった。

 今年は短冊が手元にないし、あっても何も書かなかっただろう。

 だって――この状況を見ればわかる。

 あんなものに、信用なんてないってことくらい。



 ――神様てめえ!


 ――こういう意味じゃない!


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