東頭いさなを着飾らせる。「わたしがスケベみたいに言わないでください!」
今にして思ってみれば若気の至りとしか言いようがないけれど、私には中学2年から中学3年にかけて、いわゆる彼氏というものが存在したことがある。
賢明な人間ならば、こう語っただけでもうおわかりだろう。垢抜けないことにかけては右に出る者のいない私がそういう事態に至ってしまったからには、可及的速やかに解決せねばならない問題があることは火を見るよりも明らかだ。
そう。
ファッションである。
付き合う前の私たちが逢引きを繰り返したのは授業のない夏休みの間だったけど、場所は学校だったので制服を着ていた。初デートは夏祭りだったので浴衣を着ておけば格好がついた。策士たる私はそのようにして、巧みに問題を先送りにしていたわけだ。
しかし、正式に付き合うとなったらそうはいかない。
そりゃあ私もあの男も基本的に出不精で、デートと言っても本屋巡りか図書館巡りくらいしかしない連中だったけども、一応恋人同士となったからには休日に待ち合わせるくらいのことはする。
休日に。
つまり、私服で。
身を晒さなければならなかったのだ――ファッションセンスのフの字もなかったこの私が。
友達さえいなかった私には、頼れるものは雑誌とネットくらいしかなかった。
あれでもないこれでもないとうんうん唸り、お母さんに軍資金を無心して、入ろうと思ったことさえなかったアパレルショップに勇気を出して侵入し、勢いよく話しかけてくる店員さんに恐れおののいて。
そうしてようやく、私は生まれて初めて、勝負服というやつに身を包んだのである。
姿見で自分の格好を確認したときは、なんだか現実感がなかった。
自分がお洒落をしているという事実がいまいち呑み込めなくて、着せ替え人形でも見ているような――だからだろうか、自分に自信がないことにかけてはなかなかのものと自負する私が、そのときばかりはこう思ったのだ。
よし、結構かわいい。
鏡を見てそんな感想になったのは生まれて初めてだった。だって、そうでしょう? 鏡を見て『かわいい』なんて思うのはナルシストくらいじゃない。自分で自分のことを可愛いと思っている女なんて痛々しいにも程があるじゃない。私が私に向けてそんな感想を持つなんて、きっと一生涯有り得ない――そう思っていた、その瞬間まで。
世の男性諸君、ゆめゆめ肝に銘じてほしい。
私たちは別にナルシストではない。
服が可愛いのと、私が可愛いのは別なのだ。
だからあるいは、そのときこそが、私が女子として覚醒した瞬間なのかもしれなかった――着飾った自分を『可愛い』と思える感性。自分そのものの自己評価は別にして、ファッションのみの良さを認識できる感覚。あの男と付き合うことで、私は初めてそれを得ることができたのだ。
問題があったとすれば。
私のファッションセンスが、『男ウケ』ならぬ『あの男ウケ』に完全にチューニングされてしまったことだけである。
それに気付くのは高校に入ってからなのだけど、まあそれはそれとして、本題に戻ろう。
デート当日。
普段、膝上まである制服のスカートをきっちり着こなしている――つまり野暮ったさの塊である私が、ミニスカートを穿いて太腿まで露わにしているのを見た伊理戸水斗のリアクションは、果たして次のようなものだった。
――おはよう。じゃあ行こうか
あれっ?
感想なし? 見慣れない彼女の私服に? 無い知恵絞って精一杯お洒落してきたのに? あれあれ? 私、彼女だよね?
私は平静を装いつつ彼の隣を歩き、ちらちらとその様子を窺う。いつまで経っても私の私服にコメントしてくれる気配はなく、だんだんと不安になってきた。
……もしかして、ダサい?
自分では結構可愛いと思ってたけど、私の感覚なんて当てにならないし……。伊理戸くんは優しいから、私の溢れ出るダサさに触れないようにしてくれている……?
考えれば考えるほど有り得そうなことだった。
だって、そうでもなければ、優しくて気が回る伊理戸くんが、服を褒めてくれないなんて典型的なポカをやらかすわけがないからだ――いや、普通にやらかすわよ、その男は。その典型的なポカを。
ありとあらゆる悪い出来事が自分に起因すると思ってしまう、ゾロアスター教の悪神みたいな精神性の持ち主だった私は、ダサかったんだそうだったんだと落ち込みつつも、彼氏と本屋を回り、併設のカフェで雑談をして、大過なくデートをこなした。
そのまま、さて解散するかという空気になった頃のことだ。
――……今日の、服
唐突に、伊理戸くんが言ったのだ。
――可愛いと、思う
――……、え
私の不出来な頭は、咄嗟に状況についていけなかった。
なぜこのタイミング?
なぜ別れ際?
疑問が脳裏に乱舞したけれど、目を微妙に逸らし、口元に手をやって隠している様子を見てピンと来る。
……あっ、そっか。
褒めたかったけど、恥ずかしくて言えないでいるうちに、デートが終わっちゃったんだ。
――うあっ……あああああああ~~~っ!!
背筋がぞわぞわする~~~っ!! 今にして思うと、何この恥ずかしい生き物~~~~っ!!
将来、身悶えることになるとも知らず、当時の私は共感に震えた。
ちょっとした仕草から彼の心理がトレースできてしまう自分が、嬉しくて仕方がなかった。
のに。
当時のあの男は、さらにこう畳みかけてきた。
――……でも、その、ミニスカートは……控えてくれると、助かる
――えっ……? こ、好みじゃなかった……?
――いや、そうじゃなくて、なんていうか……
ぶっきらぼうな、『どうでもいいけど』と意地を張るような調子で、彼は言った。
――……外に行くとき以外なら、別にいいんだけど
……? と。
私はまたしても首を傾げる。
今度は、すぐには意図を量りかねた。
だからその場では適当に答えて、手を振り合って解散した。
家路を行く道すがら考える。
外に行くとき以外?
ってことは、室内でならいい?
なんで外じゃダメなんだろう。人目があるから?
…………他の人が、いっぱいいるから?
――~~~~っ!!
気付いた瞬間、熱がカーッと頭まで上ってきて、私は短いスカートの裾を引っ張った。
私の脚を、他の人に見られたくない。
そう言ったんだ……彼は。
独占欲キモっ。
と、今の私なら吐き捨てるところだけれど、当時の私は何せ非モテだったので、独り占めしたいと思われることに憧れみたいなものがあった――しかも、彼が。何にしても執着が薄そうに見える彼が、こんなにもはっきりと、独占欲を見せてくれるなんて。
それから家に着くまで、私の顔は緩みっぱなしだった。
そして、それ以来――私は、ミニスカートを穿かなくなったのだった。
※※※
私と暁月さんは、交差点の曲がり角にある植え込みに腰掛けつつ、目の前を行き交う通行人を眺めていた。
休日とあって、スーツや学生服の人は比較的少なく、ほとんどの人が私服である。私はなんだか感心してしまう。世の中のほとんどの人が、他人に見られてもおかしく思われない程度にファッションの知識を持っているという事実に。
「どっちだと思う?」
唐突に、暁月さんが訊いてきた。
私はこう返す。
「答えるまでもないと思う」
「んじゃ、どんなだと思う?」
「うーん……ロリィタとか?」
「いやー、さすがにそれはないでしょー。ああいうの、すごい高いって言うし」
「じゃあ暁月さんは?」
「あえての制服」
「ああ、なるほど……。便利だものね、制服」
「便利だよねー。もし制服がなかったらって思うと、『うわっ、めんどくせー』ってなるもんね」
「大学に行ったら毎朝何着るか考えないといけなくなるわよ?」
「うわっ、めんどくせー」
あははと暁月さんは笑って、
「でもまあ、心の準備はしておかないとね」
「そうね。ロリィタだったときに備えて」
「正直どうやって備えればいいかわかんないけどね」
「確かに……」
などと話しているうちに、雑踏の中に待ち人の姿を見つけた。
私たちが立ち上がると、彼女は焦った風に小走りでやってくる。
「す、すみません……! 遅れちゃいましたか……?」
ほんの少し走っただけなのに肩で息をする彼女――東頭いさなの格好を、私たちは無言で検分した。
上は謎の英文が印字されたシャツによれよれのパーカー。シャツの英文は、胸部に盛り上がった山脈によって横に引き延ばされ、ますます謎の暗号と化している。
下はデニムのジーンズだ。元々は青かったのだろうけど、度重なる洗濯によって色が抜け、もうほとんど空色に近くなっている。
以上を確認して、心の中で判定を下す。
「「……ふう~」」
「えっ、えっ? なんですか? 何に安心したんですか?」
「よかったぁ~、普通にダサいだけで」
「ロリィタ服とかだったらどうしようかと思ったけど、普通にダサいだけならまだ大丈夫ね」
「あれっ!? わたし、いじめられてます? いじめられてませんか!?」
涙目になる東頭さん(ダサい)。
近所のコンビニに行くくらいならこの格好でも別にいいけれど、今日みたいに同性の友達と遊びに行くとなると、これは怪しい。もし相手が私たちじゃなかったら、『ちょっ、何その服~!?(笑)』『ダッサ~!(笑)』と笑いものにされ、愛想笑いしかできなくなっているところである。
「今日の予定を発表するよ、東頭さん!」
暁月さんがビシッと東頭さんを指差した。
「題して! 『東頭いさなを着飾ろうの会』っ!!」
「ええっ……!?」
たまには休みの日に遊ぼうとしか聞かされていなかった東頭さんは、当惑で目を白黒させた。
「伊理戸くん攻略作戦のときは、私服をチェックする機会がなんだかんだでなかったからね。期末テストを乗り越えたら夏休みだし、東頭さんが伊理戸くんの前で恥をかく前に何とかしておこうと思ってねっ」
「あの。どうして恥をかくこと前提なんですか? わたしの私服、見たことなかったんですよね……?」
「お金はあんまり持ってきてないだろうけど、大丈夫よ」
私は無視して話を進めた。
「今回の予算は私と暁月さんで割り勘にするから」
「えっ……! そ、そんな、お金を出してもらうわけには……!」
「大丈夫大丈夫! あたしらからの餞別だと思ってさ!」
「そうそう。……ただ、その代わりに、ひとつだけ条件を飲んでもらうけど」
「じょ、条件……って……?」
私と暁月さんは、にっこりと笑って、声を揃えた。
「「わたしたちが薦めた服を、文句ひとつなく絶対に着ること」」
「ひえっ……」
そう。
今日の集まりは、『東頭いさなを着飾ろうの会』改め、『東頭いさなを着せ替え人形にして遊ぼうの会』である。
「大丈夫大丈夫。そんなにエグいの着せたりしないからさ~。ね、結女ちゃん?」
「ええ、もちろん。公序良俗には反しないわ」
ショッピングモールを歩きながら再三に渡って安全性をアピールする私たちに、けれど東頭さんは狼に目を付けられたリスのようにビクビクしていた。
「ほ、ほんとですよね……? おへそ出てるやつとか着せたりしないですよね……?」
「ないない! いくら夏とはいえ、それじゃ痴女じゃ~ん!」
朗らかに笑いながら、私たちはアパレルショップに入る。
暦は6月。
気温も上がってきたので、この手のショップに並ぶのも夏服ばかりになった。解放的なアイテムが目立つ中、暁月さんは早速、「あ」と声を上げ、ラックからとあるトップスを手に取る。
「キャミソール見っけ」
「ストップです! わたしが一番着ちゃダメなやつです、それ! 谷間見えまくりです!」
「うるせーっ!! 黙って着ろーっ!!」
突如としてDV親父のようになった暁月さんは、近くにあったほとんど水着みたいなホットパンツと一緒に、キャミソールを東頭さんに押しつけた。
「こ、これ着るんですか……? ホラー映画のお色気枠みたいなんですけど! 本気ですか? 正気ですか!?」
「文句ひとつなく!」
「絶対に着ること!」
「ひえええ~~っ……!」
二人でぐいぐい背中を押し、東頭さんを試着室に叩き込む。
私たちが腕組みをして見張っていると、観念したのか、カーテンの奥から衣擦れの音が聞こえてきた。
「……んっ……! ちょ、これ、ちょっと小さ……ううう~……!」
そんな呻き声が聞こえて、1分くらい。
びくついた声がカーテンの奥から聞こえる。
「……あ、あのう……着たんですけど……ま、周りに誰もいませんか……?」
「いないよー。あたしたちだけー」
「ほ、ほんとですか? 信じますよ……? 信じますからね……!」
そう言ってからさらに10秒の間を空けて、シャッとカーテンが開いた。
露わになった東頭さんの姿を見て、私も暁月さんも、ごくりと息を飲んだ。
キャミソールがパツパツになりながらも、東頭さんの豊かな膨らみを何とか覆っている。
けれど、その代償として裾が足りなくなり、おへそが完全に露わになっていた。
ホットパンツもサイズが合っていないらしく、肉付きのいい太腿に食い込んでいて――
要するに、
「「エッッッッッッッッロ…………」」
「だから言ったじゃないですかぁ!」
叫びながらカーテンを閉める東頭さん。
絶句するレベルのエロさだった。
これで外など歩こうものなら猥褻物陳列罪で捕まってしまう。
「お母さんにいつも言われてるんですよう……露出度高い服は着るなって……お前の身体だとセクシーを通り越して下品だからって……」
「お母さん、よくわかってらっしゃる……」
「あたしは好きだけどなぁ。でもまあ東頭さんを痴女の罪で前科者にするわけにはいかないか」
露出度低めとなると、私の出番である。
なんとなればこの私は、女子高生にも拘わらず意地でも生足を出さないことで名が通っている女なのだ(友達内で)。
店内のラックを回り、良さそうなものを見繕って、試着室の前に戻ってくる。
「これなんかどう? 襟ぐりが詰まってて露出度少なめで」
「うーん。ちょっとあざとい気がするけど、いいんじゃないかな? 清楚な感じで」
「……、私のセンス、あざとい?」
「結女ちゃんはいいんだよっ! 可愛いから許される!」
あざといんだ……そっか……。
ちょっと引っかかる点はあれど、暁月さんの許可も得たので、持ってきた服を試着室の中の東頭さんに渡した。
「まあ、これならまだ……」
ごそごそぱさりと着替える音がして、カーテンが開いた。
「……どうですか?」
五分丈のシャツにハイウエストのスカートを合わせた、シンプルなコーディネートである。
暁月さんは『清楚な感じ』と言ったけれど、それは東頭さんの性格に合わせて地味な配色にしたからだ。シャツが白で、スカートが紺色。あの男がそうだからわかるんだけど、彼女みたいなタイプってとにかく明るい色を毛嫌いするのよね。
胸の大きい人は何を着ても太って見えてしまうのが悩みだと聞いたことがあるので、スカートは腰を絞れるハイウエストを選んでみた。
実際、シャツの裾をスカートが押さえているおかげで、東頭さんのどんぶりのような綺麗な丸みがくっきりと浮かび上がっており――
「「エッッッッッッッッロ…………」」
「どうすればいいんですかぁ!」
顔を真っ赤にしてカーテンを引く東頭さん。
私と暁月さんは、揃って腕組みをして「ううーん」と唸る。
「これは難題だね結女ちゃん……」
「ええ……。何を着せてもエッチになっちゃう……」
「やめてください……! わたしがスケベみたいに言わないでください! そりゃ多少は自覚ありますけど!」
まずあのGカップの存在感を消さなければ話にならない。太って見えるかゲームのキャラみたいになるかの二択である。
「巨乳の人も大変なんだね。生まれて初めて憎悪以外の感情を持ったよ」
「巨乳に対する憎悪の化身だったの?」
「もういっそ乳袋を作っちゃうのもアリだと思うね! せっかくだし二次元に寄せるかー」
「ちちぶく……何?」
「こういうやつ」
暁月さんがスマホで、何かのアニメの画像を見せてきた。美少女のお胸の形が、服越しにもかかわらずくっきりと浮かび上がっている。
「これ、物理法則を無視してない?」
「リアルでもやろうと思えばできると思うよ。東頭さんもこういうの好きだし喜ぶんじゃないのー?」
「現実と虚構を一緒にしないでくれますか!」
勢い良く試着室のカーテンが開き、元の格好に戻った東頭さんが出てきた。
「あえて言いますけど、乳袋なんて作って外を出歩ける人は頭がおかしいです! 羞恥心がないとしか思えません! 知恵の実を食べる前のアダムとイヴです!」
「そう言うと逆にすごい人みたいになっちゃうけどいいの?」
「ちぇー。東頭さんにコスプレさせたかったのになー」
「コスプレっ……は、メイド服くらいならいいですけど……」
「ええんかい」
「興味あるのね、コスプレ……」
「なっ、ないです! ないですよ、全然!」
バレバレの否定をする東頭さんも交えて、私たちは今一度、店内を回る。
バストのラインを誤魔化すにはゆったりとしたものを着るのがいいけれど、下手にそれをすると太って見えてしまう。
かと言って腰を絞ると、胸の大きさが余計に目立ってしまう……。
うーん。難しい。
「やっぱりさ、ゆるふわ系がいいんじゃない?」
暁月さんが言った。
「ゆるふわ?」
「ですか?」
「強いて言うなら、結女ちゃんが好きなやつに近いかなあ」
私は自分の格好を見下ろした。
今日は白のブラウスにベージュ色のフレアスカートだ。いつも淡い色合いを選びがちなのは、長い黒髪がそれだけで重ためなのと、もうひとつ――付き合っていた頃、あの男が黒っぽい服ばかり着ていたのが原因である。揃って黒ずくめのカップルは嫌だ。
「全体のシルエットがふわっとしてるっていうかさ。結女ちゃんも身体の線見えるの嫌なほうでしょ? そんな感じで、トップスはサイズ大きめのやつ選んで、下もふわふわのスカート……あとガウチョパンツとか? 東頭さんの雰囲気にも合うと思うよ。なんかいつもふわふわしてるし」
「うーん……確かに」
「わたし、ふわふわしてます?」
東頭さんがきょとんと首を傾げた。してるしてる。
良さそうに思えたけれど、暁月さんは難しそうな顔をした。
「でもな~、結女ちゃんと被るんだよな~」
「被ったらダメなんですか?」
と、またしても首を傾げる東頭さん。
暁月さんは笑いながら、
「そりゃダメでしょ~! ゆるふわ系女子が二人も並んで歩いてたらちょっとイタくない?」
「似合うかどうかだけじゃなくて、他の人との組み合わせも考えないといけないんですか……」
「あ、『めんどくさっ』って顔してるね、東頭さん。そうなんだよ、めんどくさいんだよ。ようこそ女子の世界へ」
「そっちの世界にはあまり関わりたくないなという気持ちが高まりました……」
「初心者にいきなり気を遣わせるほどスパルタじゃあないよ。ねっ、結女ちゃん?」
「えっ?」
水を向けられた理由が掴めなくて、私は暁月さんの顔を見返した。
「結女ちゃんと被るのが問題ってことはさー、結女ちゃんが気を遣ってずらせばいいってことでしょー?」
「えっ……? わ、私が?」
「そう! この機会に新ファッションを開拓しよう!」
し、しまった……。これが目的だったか!
暁月さんは常日頃から、私にカッコいい系の服を着せようとしているのだ。そういうのは似合わないって言ってるのに!
「どれがいっかなー♪ これかなー?」
私が止める前に、暁月さんはすらりとしたパンツを物色し始めてしまう。
お、おかしい……! 今日は東頭さんを着せ替える会だったはずなのに! どうして私が!?
元から目を付けてあったのか、暁月さんは瞬く間に服を一式選び終えて、それを私に押しつけた。
「それじゃ、着てみて♪」
「わ、私は……」
「着・て・み・て♪」
有無を言わせぬ笑顔に負けて、私は東頭さんのほうに助けを求める視線を送った。
……すいっ。
東頭さんはそっぽを向いた。
は、薄情者! 道連れができるからって!
「さあさあさあ! 入って入って! あ、髪はひとつにまとめてね! そっちのほうが合うから! はいこれヘアゴム!」
暁月さんに急き立てられて、私はなし崩し的に試着室に入れられる。
姿見に映る自分を見て、手の中にある服を見た。それは私が普段避けている、身体のラインをはっきり見せるタイプのもの。
う、ううう……! ついこないだまで制服さえまともに着こなせていなかった女に、こんなもの渡されても……。
とりあえず1回試着してみせれば、暁月さんも満足してくれるかな……。そう思う以外に仕様がなかった。
着てきた服を手早く脱ぎ、渡された服に着替える。
上は青っぽいノースリーブで、下は白のぴっちりとしたパンツ――スキニーパンツだ。露出こそないものの、脚のラインがはっきりと出る。
言われた通り髪もまとめた。後ろに手を回すのが億劫だったので、肩から前に垂らしてヘアゴムで縛った。
いいのか、悪いのか……。姿見で完成形を見ても、いまいちよくわからない。
今の私には基準がない。
より正確には……見せたい人が、いない。
昔は、着飾った自分を見せたい人がいた。だからその人の反応を想像し、喜ばれそうなものを選ぶことで、足りないセンスを補っていた。
それを失った今、私は東頭さんと同じファッション初心者だ――何をもって完成とすればいいのかも定かじゃない。
……もうどうとでもなれ。
考えるのが面倒になった私は、半ばやけになってカーテンを開けた。
「……どう?」
暁月さんと東頭さんは、私の姿をしばらく見つめると――
「おおおおお~~~っ!!」
「カッコいいです……!」
好評だった。
暁月さんは興奮で顔を赤くし、東頭さんはどこか憧れるように目をきらきらさせている。
ええ……? 似合うの? 本当に?
「やっぱりこういうのが似合うと思ってたんだよねスラッとしてるからさあ! 白のスキニーが似合う子なんて滅多にいないんだよ本当マジで!」
暁月さんがやけに早口になっているので、どうやら本当らしい。
胸がむず痒くなった。
今まで私にとってファッションというのは、異性――というか、あの男の前で恥をかかないようにするためのものだった。
だけど、こうして同性の友達とあれこれ言いながらいろんな服を試すのも……うん、悪くない。
私は改めて姿見を見る。
すらりとしたパンツルックになった自分は、なんだか3歳くらい大人びて見える気がした。
これを見ると、今までの格好は子供っぽいっていうか、女子女子してるっていうか、男ウケを狙いすぎっていうか……。
こういうのも、案外、悪くない……のかも?
値札を見てみると、案外手頃な値段だった。
最近、またあの男と本を貸し借りするようになりつつあり、本代が少し浮いている。元より小説はお金のかからない趣味だ。おかげでお小遣いが余り気味なので……うん、まあ、せっかくだし。
「……店員さんに、タグ切ってもらってくる」
「ぬふふふ! 念願叶ったりだよっ!」
いつまでも中学の頃のファッションセンスを引きずるわけにはいかないのだし、いい機会だろう。
もう、あの男の好みに合わせる必要も、まったくないんだしね。
「それじゃあ真打ち登場だよっ、東頭さん! はいこれ!」
私が店員さんにお金を払ってタグを切ってもらっている間に、暁月さんが東頭さんに着せる服を選んでいた。
東頭さんに押しつけられた服は、全体的に暗めの配色だ。太って見えることを警戒して膨張色を避けたんだろう。
「こ、これですか……? ちょっと、わたしには可愛すぎるというか……」
「可愛くなるために着るんだから当然でしょ! そら、入った入った!」
尻込みする東頭さんを試着室に押し込み、カーテンを引く。
東頭さんも東頭さんで、恋愛とは関係なしにファッションを楽しめるようになってほしいものだ。そうしたら、あの自信のなさも多少は改善されると思うし……現時点では、ちょっとあの男に依存しすぎな気もするし。まあ、あの二人がそれでいいなら私から言えることはないんだけど。
そんなことを考えつつ、暁月さんと二人、試着室の前で着替えが終わるのを待っていた。
そのときだった。
「あれ? お前ら……」
聞き覚えのある声がして、私たちは振り向いた。
ぎくりと、全身が固まる。
ショップの外から私たちを見やる、二人の男子高校生がいた。
片方は髪先をわずかに遊ばせ、七分丈の上下でヤンチャな雰囲気を醸し出している。
私たちのクラスメイトにして暁月さんの幼馴染み――川波小暮。
片方は対照的に、使い古しのベストとシャツによれよれのチノパンを穿き、この世のすべてを退屈に思っているような目つきをしている。
私の元カレにして義弟――伊理戸水斗。
私たちと因縁の深い二人が、なぜかそこにいたのだった。
「か……川波?」
暁月さんはなぜか、顔を軽く引き攣らせていた。
「なんでここにいんの? 伊理戸くんまで連れて……」
「なんでも何も、服買いに来たに決まってんだろうが。もう夏だからな。期末テスト地獄が始まる前に、こちらの伊理戸さんとこの水斗くんに夏服を仕立ててやろうと思ってよ」
「別に頼んでないんだが……」
心底うざったそうに水斗が言う。
川波くんはにやりと笑ってその肩に手を置き、
「そう言うなよ。このオレがあんたをこの夏最強のイケメンに仕上げてやるぜ!」
「だから別に必要ないんだが。くそ、外泊先を君の家にしたのは失敗だったな……」
「大成功だろ。両親に時間を作ってやれる上に服まで奢ってもらえるんだぜ?」
なるほど。どうして珍しく川波くんに付き合っているのかと思いきや、外泊の件を盾に交渉されたのか。
……ところで、もしかして、水族館デートのときのイケメンモード、夏バージョンがあるの? ちょ、ちょっと詳しく聞いてみたい気持ちがなくもないんだけど……。
水斗の目がちらりと私を見た。
そのとき、今更ながらに私は思い出す。
今の私が、普段の――この男と付き合っていた頃とは全然違う雰囲気の出で立ちでいることに。
身体が強張った。
今までは結局、この男に完全に合わせていた中学生の私の延長線上にある格好だった――だけど、今の私は、まったく違う。
暁月さんと東頭さんには好評だったけど――いやいやいや、しっかりしろ、自分を持て! この男に不評だったからと言ってなんだというのだ。そんなのまったく全然これっぽっちも関係ない。私は自分が好きな服を着るだけじゃないの。
さあ、感想を言ってみろ。お前が何を言おうと私は傷一つつかないぞ――と、決闘に臨むような心構えでいると。
ふいっ、と。
水斗は、すぐに目を逸らしてしまった。
……やっぱり好みに合わなかった?
ふうん。ああそう。別にいいですけど? どうでも。
「ん?」
川波くんが、ふと視線を私たちの背後に向けた。
そっちにはカーテンの閉まった――東頭さんが着替え中の試着室がある。
「もう一人いんのか?」
「いやいや、知らない人だよっ! 今日は結女ちゃんとデートだからねーっ!」
えっ?
暁月さんは大嘘をつきながら私の腕に抱きついてくる。と同時、耳元で小さく囁いた。
「(こいつと東頭さんを会わせちゃダメだからね、結女ちゃん!)」
川波くんと東頭さんを?
いまいち事情がわからないけれど……とりあえず、私は空気を読んで口を噤んだ。
「ふうん……」
川波くんは納得したのか、試着室から視線を離す。
それに暁月さんがこっそりと安堵の息をついた、まさにその瞬間だった。
――パシャッ!
私たちの背後、試着室の中から、スマホの撮影音が聞こえた。
「「……ん?」」
そして、少しの間を空けた後。
ブルルッ――と短いバイブがどこからか聞こえたかと思うと、水斗がポケットからスマホを取り出した。
そして、眠そうな目で画面を見て。
数秒の間、そのままフリーズし。
それから、ちらりと東頭さんのいる試着室を一瞥した。
「「……んん???」
まさか、という思いが過ぎる。
暁月さんも、たぶん同じ推測をしていた。
まさか、東頭さん、今――
「おん? LINE? 誰から?」
「……父親だよ」
水斗はさりげなく距離を取って、川波くんからスマホの画面を隠した。
細い指で素早く返信らしきものを書くと、
「油売ってないでさっさと済ませるぞ、川波。僕は早く帰って本が読みたいんだ」
「へいへい。ま、オレの趣味に付き合ってもらってるからな。んじゃあなー」
水斗はせかせかと早足で、川波くんはひらひらと手を振って、ショッピングモールの雑踏に消えていった。
その背中を見送り終わってから。
私と暁月さんは、ゆっくりと試着室に振り返り――
――シャッ! と勢い良くカーテンを開けた。
「ひゃああっ!? なっ、なんですかぁ!?」
びくりと肩を跳ねさせる東頭さんは――ちゃんと、服を着ていた。
浅いVネックのシャツをふわりと弛ませつつ、裾をフレアスカートの腰にインしている。こうすることで胸を目立たなくしつつ、腰を絞ることができるので、暁月さんがそう指示したのだ。
配色は上が緑っぽいカーキで下がブラウンに近いベージュ。ちょっと地味だけど、東頭さんとしては地味なほうがいいのかもしれない。
ファンタジーに出てくる村娘みたいに素朴な印象で、東頭さんに合っていると思ったけれど、そこはそれ。
私と暁月さんの視線は、彼女が大事に抱えたスマートフォンに注がれていた。
「……どうやら、公序良俗には反してないみたいね」
「さすがにそこまでドスケベじゃあなかったみたいだね」
「え? え……?」
東頭さんは戸惑いの視線を私たちの間で彷徨わせる。
最悪の事態は、東頭さんが試着室という密室内で、半裸のままスマホを握っているというパターンだったけれど、さすがの東頭さんも思い留まってくれたようだ。
「早とちりだったみたい。お説教は勘弁してあげるわ、東頭さん」
「そうだね。あたしたちの判断を仰ぐ前の行動に思うところはあるけど、『彼に一番に見せたいの!』って気持ちもわからないではないし、まあ許そう」
「えっ……な、なんで、わかって……?」
皆まで言わせるな、と目で制してから、暁月さんが訊く。
「で? どうだった? 評判は」
「……ええっと、そのう……」
東頭さんは手に握ったスマホで口元を隠す。
けれど隠しきれておらず、によによと口元が緩んでいるのが簡単にわかった。
もはや答えを聞くまでもない。
彼女はちらちらと私たちを上目遣いに窺って、恐る恐る言う。
「……この服……買っても、いいですか?」
「よかろう」
暁月さんはなぜか偉そうにうなずいた。
続いて私もうなずくと、東頭さんはスマホの画面を見て、また嬉しそうにによによ笑った。
……まあ、出発点は何が基準でも――誰が基準でもいいだろう。徐々に自分の基準を作っていけばいいのだ。
「……えへへ……❤」
「……………………」
私は、嬉しそうにスマホと姿見を見比べる東頭さんを見て、ものの見事に私と同じ道を歩んでいるなあ、と思った。
「……東頭さん、訊いてもいい?」
その後、せっかくだからと3人でショッピングモールを回った。
その途中、暁月さんがトイレで席を外したタイミングで、私は意を決して問いを投げた。
私と並んでベンチに腰掛けた東頭さんは、唇についたクレープのクリームをぺろりと舐めて、「ふぁい?」と私のほうを見る。
「その……東頭さんって……結局、あの男のこと、まだ好きなの?」
「水斗君のことですか?」
私はうなずいた。
まだ今月のことだ。東頭さんは水斗にフラれた後、驚くくらいすっぱりと割り切っているように見えた。
だけど、さっきみたいに、まだ好きであるかのような様子を――特に水斗本人が見ていないところで見せることが多い。
結局、どっちなんだろう。
まだ好きなのか。もう吹っ切ったのか。
「まだ好きですよ?」
はむはむとクレープを食べながら、東頭さんはあっさりと答えた。
「わたしが水斗君のことを好きになったのは、別に、彼氏になってくれる可能性があったからじゃないですからねえ。普通に、これからもずっと好きだと思いますよ? 友達としても、男子としても」
「それって」
少し躊躇う。
「……つらく、ないの?」
「どうなんでしょう? 少なくとも、友達として一緒にいるのは、前より楽しくなったくらいですけど。好きなのを隠さなくて良くなったからですかね?」
「でも、例えば……」
私は少し前の自分を思い出した。
「……あいつに、彼女ができたりしたら?」
「うーん……それは、まあ悔しいんじゃないでしょうか。おこがましいとは思いますけど、なんだか負けた気分になっちゃいますよね。でも、たぶん水斗君は、彼女ができたからってわたしと距離を取ったりはしないと思いますし、それはそれで、まあいいんじゃないでしょうか。そのときにならないとわかりませんけど……」
むしろ、と東頭さんは続ける。
「水斗君に別の友達ができるほうが嫉妬するかもです」
「え?」
「水斗君と一番楽しくお喋りできるのはわたしなんです! なのに、わたしの知らないところでわたしの知らない誰かと楽しく遊んでいるかと思うと……! うううっ、想像しただけで腹が立ってきました!」
がぶがぶとクレープを一気に食べ尽くす東頭さん。
ええ? あれ? ……あ、そうか。東頭さんはクラスが違うから、川波くんのことを知らないんだ。
そういうことか……。東頭さんと川波くんを会わせてはいけないと言っていた暁月さんの真意が、ようやくわかった。
「……恋人には嫉妬しないのに、友達には嫉妬するの?」
「なんだか縄張りを荒らされている気持ちになるんです。これも寝取られって言うんでしょうか? ……結女さんもそうじゃないですか? 例えばの話、ある日突然、水斗君の生き別れの妹が現れたりしたら――どう思います?」
「……それは……」
難しい感情が、胸の中に渦巻いた。
もやもやはする。するけれど、それは東頭さんが水斗の彼女になるかもしれないと思ったときとは、ちょっと違う。
嫌だとか、悔しいとか、腹が立つとかではなく。
「……怖いんです」
一欠片もなくなったクレープを見下ろして、東頭さんは言った。
「わたしには水斗君しかいないのに、水斗君には代わりがたくさんいるんだと思うと――なんだか、すごく、怖くて、寂しいんです」
ああ。
本当に、本当に、すごく、よくわかる。
居場所を追い出され、たった一人で世界に放り出される恐怖。
そうか……。彼女は別に、水斗を独り占めしたいんじゃない。
水斗の中に、自分の居場所がなくなってしまうのが怖いんだ。
……でも、と私は疑義を呈する。
本当に、それでいいの?
いつまでも頼って、縋って、甘えて、……本当に、それで……。
「東頭さん」
「はい?」
「クリーム、ついてる」
「あう」
私はティッシュを取り出して、東頭さんの口を拭いた。まるで赤ちゃんを世話しているようだ。
わたしには水斗君しかいないのに、と彼女は言う。
でも今日、この場には、伊理戸水斗はいなかった。
結局、東頭さんはあの男を頼ったけれど……彼女の服を考え、見つけ出したのは、私と暁月さんなのだ。
「東頭さん」
だから、私は言う。
「私たちも、友達でしょ?」
「え、あ」
東頭さんは挙動不審に目を泳がせ、顔を赤くして、……窺うように、私の顔を見て。
「い……いいん、ですか?」
と、伺いを立てる。
服を買うときと同じように――そんな必要、どこにもないのに。
「もちろん。もうとっくにそのつもりだった」
「あ、あの……でもっ!」
東頭さんは勢い込んで、ぎゅっと自分の手を握り締めて――けれど、すぐに萎んでしまって。
結局、小さな声で呟いた。
「……水斗君の代わりには、なりません、けど……」
それはきっと、クリティカルな反論だった。
だけど私は動じなかった。
「うん。知ってる」
たぶん、あなたと同じかそれ以上に。
※※※
暁月さんや東頭さんと別れて帰宅すると、不肖の義弟もすでに帰っていた。
リビングのソファーに座って本を読んでいる男の背中に、私は挨拶もなく質問を投げる。
「どうだった?」
「何が」
「東頭さん」
「……………………」
水斗はちらっと肩越しに私を一瞥した。
「……まあ、いい感じだったんじゃないか」
「可愛かったってはっきり言いなさいよ。……それで? 東頭さんはなんて?」
水斗は面倒臭そうに机に置いてあったスマホを操作すると、私に画面を突きつける。
LINEの、東頭さんとのトーク画面だった。
当たり障りのない水斗の褒め言葉に対し、東頭さんから以下のような返事が届いていた。
〈1000円払えばもう1枚!〉
……………………。
そのふざけた返事と、自分の目で見た本人の様子を、頭の中で比べる。
この子はどうして、水斗の前ではあのリアクションができないのか。
気持ちを素直に伝えられないなんて、本当、損をする性格ね。同情してしまうわ。
「……というか、この写真の東頭さん、なんでスマホで目元を隠してるの?」
「知らん。本人に訊け」
「ろくでもない返事が来そうなんだけど……」
SNSにいかがわしい自撮りを上げてる人みたい――という感想は、かろうじて飲み込む。東頭さんの思う壺だからだ。
これはやはりお説教をしたほうが良さそうだった。
――そのとき、視線を感じた。
「?」
「……………………」
水斗を見ると、ちょうどふいと目を逸らすところだった。
……見てた? 私を?
買った服をそのまま着て帰ってきたので、今の私は暁月さん推薦のパンツルックである――さっき会ったときには、この男は完全にスルーを決め込んでくれた。
てっきり、好みに合わないんだと思っていたけど。
「ふう~ん……?」
「……………………」
私はソファーの前に回り込み、水斗の視界に入るところに立ってみた。
水斗は本に目を落とすばかりで、頑として私を見ようとはしない。
私にはもはや、この男の好みに合わせる理由がない。
私にはもはや、この男を基準として使う必要がない。
しかし。
それはそれとして、だ。
私はおもむろに自分のスマホを取り出すと、それを横向きにして目元を隠してみた。
東頭さんの写真と同じように。
「……おい」
水斗はかすかに声を震わせ、口元をひくつかせる。
「何の真似だ、それは」
「何のこと? 私はただ、高めの位置でスマホを見ているだけだけど」
「言ってほしいことがあるならはっきり要求しろ」
「別に何もないけど? 言いたいことがあるのはあなたじゃない?」
水斗は口元に苦渋を滲ませると、そっぽを向きつつ、ぶっきらぼうな硬い声音で言った。
「……いいんじゃないか、そういうのも」
「ふふん」
私は勝ち誇った。
水斗は不満そうにした。
もう私には、ミニスカートを避ける理由がない。
私がどれだけ生足を見せようと、この男に文句を言う権利はない。
けれど、それはそれとして。
この男の鉄面皮を崩すのは、やっぱり面白いことだった。
この楽しみは、そうそう人には譲れない。
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