ストーカーの俺がいつの間にか想い人に王子様認定させていた件

陰茸

ストーカーと王子様

それはただ歩いているだけなのに汗が出てくる暑い夏の夜のことだった。

本当に暑くて喉もカラカラなのに、


その時私、羽島咲は震えていた。


「はぁ、はぁ、」


その理由は背後から聞こえてくる荒い息遣いの主。

何故は分からないけど、私はよくこんな風に人に付けられる。

だから今までの経験で、こんな人達は気にせず歩いているとどっかに行ってしまうことを私は知っている。

だけど今回は違った。

私は素知らぬ顔で恐怖を心の中に押し込めながら歩いているのに、声の主はどんどんと私に近づいていくる。

私は声の主の目的地が同じ方向なだけだと思い込んで早足にしたりしたが、背後の男が私との距離を離すことはなかった。

そしてその男の態度にようやく私は確信する。


男は私に良くないことをしようとしている人間であって、私は凄いピンチであることを。


「っ!」


そしてそのことを認めた瞬間、私の胸に抑えられない恐怖が溢れ出した。

怖い!誰か助けて!

そう心の中で叫びながら、それでも男を刺激しないように少しづつ早足にして行く。

もう少し行けば住宅街に入る。

そこで助けを呼ぶことさえ出来れば……

もう住宅街まであと少し……


「お嬢ちゃん、こんな夜遅くに何処に行くの?」


だが、その時私の目の前に光るスマホを持った男の人が現れた。

一瞬私はその男の人の姿に助かったと喜びかけたが、


「ひっ!」


ーーー その顔には私に下心を持っていると分かる下卑た笑みを見て絶句した。


「いやぁ、うまくいった」


「っ!」


そして背後からもそんな声がして私が振り返ると、そこには荒い息遣いで私を追ってきていた男が同じくスマホを抱えて笑っていた。

そこでようやく私は悟る。


2人の男はグルで、もう私には逃げ道が無いことを。


「いや!来ないで!」


そしてそのことを悟った私の足から恐怖で力が抜ける。

何とか私は男を追い払おうと声を上げるが、その声は情けなくなるくらいか細いものだった。


「ははっ!その表情いいねぇ!」


そしてその声は男達を興奮させるだけしか効果が無くて、私はもうどうすることもできないのだとへたり込みがたがたと震える。


「そこまでにしとけ」


ーーー だがその時だった。まるでテレビのヒーローのように青年が現れたのは。


「ああっ!何だよお前!」


邪魔をされた男達が激情し、その青年に掴みかかろうとする。


「ぐっ!」


だが掴みかかろうとした男は次の瞬間突然意識を失って倒れた。


「なっ!」


そしてもう1人の男は倒れた男に驚き、青年がやばい相手だと判断したのか一瞬で身を翻す。


「おい、待てよ」


「がっ!」


だが青年はその首元を掴み男を強制的にその場に引き戻す。


「がはっ!」


そして咳き込む男の胸倉を掴み、低い声で唸った。


「お前ら程度が、俺の姫に触ってんじゃねぇよ」


それから青年は咳き込む男の意識も刈り取り、私の方へと身体を向けた。


鼻までを何か空色の布で隠し、黒い帽子を被ったその青年の顔は、幾らまだ明るい夏の夜だといえよく分からない。


だが、唯私は唯一見えるその目に何故か引き込まれていることに気づく。


いつの間にか私の胸は胸が痛いほど高鳴っていた。


「あ、貴方は!」


そしてその日、私の人生は大きく変わった。

私は人生で初めての恋をしたのだ……

寡黙で、顔も分からない。

けれども私の胸を酷く高鳴らせる目をした王子様に………



◇◆◇




「でね!でね!本当に強くてね!」


「……もうやめてくれよ。何度目だよ……」


そして翌日私は学校で幼馴染である加藤夏史にその王子様についてずっと話していた。

だが何故かその話をするごとに最初は何か緊張していた夏史の顔はどんどんと憔悴していき、今では何故か死にそうな顔になっていた。

確かに何度もしたかもしれないけど、そんな顔されるなんて思わず私は思わずむくれてみせる。


「えぇ……良いじゃん!その王子様本当に優しいんだよ!最終的に私を送ってくれたし!」


「聞いたよ……最初からもう3度くらい聞かされたよ……だからもう勘弁して下さい……」


「まぁ、実は送ってくれたっていうより……えっ?死にかけてるよ夏史!」


私は夏史の懇願を無視して王子様が送ってくれた時のこと、まぁ本当は王子様が帰る私を見守ってくれていたこと、を詳細に話そうとして夏史が死にかけているのに気づいた。


「どんな拷問だよ……」


「えっ?」


「ちょっと咲ちゃん……流石にそれは酷い……」


「えぇっ?」


そして何故か皆まで私に非難するような目を向けてきて、私は驚く。

何でそんなことを言われるか分からない!私はそう皆訴えようとして、


「まじか……」


「真っ白に、燃え尽きたぜ……」


「………」


「男子が、息してない!?」


男子達の明らかな異常に絶句した。


「王子様についてなら私達女子が聞いてあげるから、もう男子にとどめを刺さないであげて……特に直接聞いている夏史くん……」


するとそんな私の様子に心底呆れたような視線を女子達に向けられて私は2度絶句する。

けれども皆は私のそんな反応を無視して取り押さえにくる。

そして強制的に引きずられ、私は教室を後にすることとなる。


「ごめん!夏史また今度!」


「もうやめて!」


最後に夏史だけに挨拶をしようとして、


「あれ?」


ーーー その時、何故か私は夏史の目に既視感を感じた。


私はもう一度その目をよく見ようとして、夏史の顔を望みこもうとするが、その前に私は教室から引きずり出されてしまう。


「どこで見たんだっけ……」


そして引きずられながら、そう私は小さく呟いたが、その声は誰の耳にも入ることなく霧散して行った……




◇◆◇




「はぁ、やっと行ってくれたか……」


女子達に引きずられ向こうに連れていかれた咲の姿にようやく地獄の時間が終わると、俺加藤夏史と男子全員は安堵の息を吐いた。


一応言っておくが、決して俺たちは咲のことがからないな訳ではない。


むしろその逆だ。このクラス、いやこの学校の男子の殆どが咲に恋をしている。


ーーー だからこそ、その相手から好きな人間の話を聞かせられるのは拷問以外の何者でもなかった……


特に真正面で聞かされる俺は真面目にきつかった。

本当泣くかと思った。

幾ら彼女が自分に恋することがないことを知っていても辛いものは辛いのだ。


「づかれたぁ……」


そしてようやく手に入れた束の間の平和に俺はべったりと机にもたれかかった。

未だ頭からは咲の王子様の話が離れないが、先程までの状態よりは遥かにマシだ。


「相手、誰なんだろうな……」


その時ふと俺の頭にそんな考えが浮かんだ。

今まであれだけの美貌を持ちながらずっと恋に無頓着にいきていた幼馴染。

彼女が恋したのはどんな男なのだろうか?

俺はそう考えて、だが直ぐに頭を振って考えを止め、ぽつりと呟いた。


「俺みたいなストーカーには関係ないよな……」




◇◆◇




俺、加藤夏史は羽鳥咲のストーカーである。

だが決して俺は自分の欲望のためにストーカー行為をしているのではない。

それにはきちんとした理由がある。


その理由は咲を守るためというもの。


咲は酷くモテる。

それは学校だけではなくあらゆる場所で。

だから彼女は様々な男達の性欲の対象となりよくストーキングされる。


なのに当の本人は全くの無自覚で、ストーキングされていても逃げようとせず逆にゆっくり歩き出す始末だ。


よって武道を習い、ある程度の実力を持った俺はいつも咲が出かける時には彼女の両親からの連絡を受け咲のストーカーに人知れず接触して肉体言語でストーカーをやめて貰っている。

ついでに咲のご両親にも認められていて両親公認のストーカーだったりする。

まぁ、この頃は普通に送り迎えしてくれてもいいと言われてるのだが、俺という冴えない男のせいで咲が出会いを流すことはあってはならない。

だから俺はその有難いお言葉を常に断らせて貰っている。


そして昨日の王子様を俺が見ていない理由、それは普通に俺が遅れたからだった。


出かけていた俺が咲の両親からの連絡に気づくのが遅れ、そして1人で咲が歩く時間が出来てしまったのだ。

その時既にもう夜の遅い時間で俺は酷く焦りながら咲の元に急いだ。

だが時既に遅く、彼女は案の定柄の悪い男達に絡まれており、俺はその時持っていたタオルと帽子で顔を隠して、咲に見られながらその男達を撃退することとなった。

それが俺の知っている昨日までのこと。


だから俺は咲に王子様の話を聞いた時、正直一瞬自分のことかと思ったりはした。


ーーー だが、王子様に家まで送ってくれたという咲の話にそれが勘違いだったことを一瞬で教えられた。


俺は確かにストーキングして家まで行ったけど、送り届けてなんて無いです……

いやまぁ、俺みたいな冴えない奴に咲が行為を持つことなんて無いのだ。分かっていた。

悔しくは無い。

……無いったらない。


まぁ、そんな俺の心情は置いておくにしても想像以上咲は柄の男を引き寄せるらしい。

1日に2度も襲われることになっていたとは。

想像以上にストーキングを念入りにしないといけなそうだ。

さらに、と俺は憂鬱そうにため息をつく。


「あの時顔を隠したタオルどっかに落としちまったしなぁ……」


見たかどうかは知らない。

けれどもあれを咲が見ればストーキングされていることに気づくかも知れない。

だから回収しようとしたのだが、見つからなかったのだ。

つまり俺は今後ストーキングを念入りに、さらに見つからないように行わなければならない。


「あぁ、もう色んなこと重なりすぎだろ…」


そしてその忙しくなりそうな未来に俺はそうぼやいて、最後首を捻った。


「そういえば咲が嬉しそうに抱き抱えていたあの空色のやつって何なんだろう……なんか俺の無くしたタオルに似ていた気がしてたんだが……気の所為か」




◇◆◇




こうして当事者達は誰1人王子様の正体に気づくことなく話は進んで行く。

いつ真実に気づくのか、そのことを知るものは未だ1人もいない………

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