第2話:休日


 20XX/09/08 7:54


「ぅぅう…」

 我が家の庭で美しい女性が笑いかけてくる。

 自分はソレを眺めているだけなのだが、段々と我が家に黒い影が入り込み、軒下でくつろいで座っている自分以外を覆い隠して行く。

 美しい女性が次第に霞んで行き、慌てて声を掛けても微動だにしない。

 ただ笑ってコチラを見ているだけで、呼んでも返事さえくれない。

「コッチへ!さぁ早く!」

 黒い影は空を覆い隠し、家の中を埋め尽くし、庭先を消し去ろうとしていた。

「アリーーース!!!」

 叫ぶが女性からの反応はない。だが何かを語りかけて居るように見えた。

「……」

 聞き取れないその声。

 どんどん影が覆い尽くし、終いには何もかもが見えなくなってしまった。

「アリス!!どこなんだ!!!アリーーーーーーーース!!」


 ガバッ

「!…グハッ…ハッ…ハッ…」

 ボロマンションの一室でアレックスは目を覚ました。

 たまに見るが、寝起きはこの悪夢で最悪だった。

 枕元にあるペットボトルをつかみ取りミネラルウォーターを一気飲みする。

 

 もう何年も前に亡くした妻の夢だった。

 彼女は伝染病に感染し発症。気がついた時には既にゾンビとなって現れた。自分は何もかも捨ててそのまま家を逃げ出したのだが、未だに彼女は夢に出てきては自分を苦しめる。

 あれは不意の出来事だった。

 当時、仕事を終えて家に帰ると妻は体調を崩していた。

”風邪でも引いたのだ”と思い、早めに寝るように促したその晩隣で寝ている自分に襲い掛かってきたのだ。

 そんな妻を突き飛ばし慌てて部屋を出た。

 外に出てみるとアチラコチラで悲鳴が聞こえ、火事になっている家さえあった。

 その晩の内に自分は徒歩で街を出たのだが、もう何が何だか分からなかった。

 気がついた時には軍の医療テントで検査を受けており、そのまま何事もなく追い出された。

 あれからもう7年。元の我が家はどうなっているのだろうか。

 今となってはもう遠い我が家に思いを馳せていた。



 20XX/09/08 13:22


 先日ゾーンに設置したカメラの依頼、その報酬を受取にアレックスは街の一角にある裏通りに来ていた。

 ガンショップ『ヘビーボルト』。多くのハンターが通うガンショップの一つだ。

「昨日カメラの依頼を終わらせた。その報酬の2000ドルを貰いに来た」

「アレックス良くやったな、大企業さんも大喜びだろうよ!ほら金だ」

 ポンと札束がテーブルに置かれソレをそそくさと懐にしまう。

「それとM4とMP5の弾が欲しい、マガジンも合わせて売ってくれ」

 依頼の結果報告ついでに店主にお願いして装備を整える。次の依頼の為にM4A1用の5.56mmNATO弾、それとM93R/MP5A5用の9mmパラベラム弾を仕入れておく事にした。

 この街はゾーンにさほど離れておらず、緩衝地帯を隔ててすぐ隣にゾーンが有るためハンターが多く住んでいる。中にはハンター業を行う魔女ウィッチもうろつき周り、アチコチでゾーンの話がされている。そうは言えど魔女ウィッチは中々見かけないが。

 多くのハンターはトレーダーと呼ばれる依頼専門の所や酒場、ガンショップなどといったハンターの出入りが多い場所で情報交換やゾーンでの依頼を行うのが常となっていた。

 ここヘビーボルトでゾーン関係の依頼があるのもその為だ。

「今日は顔が見えないが、ジョーイはどうしたんだ?」

「奴なら昼間っから酒場で一杯やってるよ」

「ハハッ、ならいいんだ。また例のブツを仕入れたから顔出すように言ってくれ」

「ああ、分かった。またな」

 こうして男は店を後にした。


 その頃ジョーイは酒場『ラリー&バリー』でラム酒を飲んでいた。

「昨日はアレックスが中々帰ってこなくて探しに行っちまったよ」

 と、マスターに愚痴って居る。

「はははは!お前らにはよくある事じゃねーのかい?」

「いーや、迎えに行く様な真似は余りしないね。今回は特別さ」

「そうかいそうかい、ご苦労様なこった。しかし人を待ってるだけで食ってけるってのも不思議なもんだぜ」

「その代わり取り分はオレの方が少ないからな。お互い様さ」

と組んでどれぐらいになる?」

「別に組んでるって程でもないさ。オレはゾーンでの送り迎えなら誰でもやるし、最近はと連るんでる事が多いってだけさ」

 ジョーイはグラスを傾け氷を指で回しながら続けた。

「この街にはゾーンに入りたい奴が幾らでもいる。だからタクシー代わりに送り迎えしてやって、そいつの貰う予定の報酬の一部をオレが貰う。そんな気楽な商売さ。とは言えこの街からゾーン手前までしか基本送らないけどな」

「確かに最近ゾーンに入りたがる輩が増えてるな。ソレはソレで困ったもんだ」

「なーに、オレ自身がゾーンに入ることが無ければ困りもしない。ただ無事に戻って来ない奴が偶に居るんだが、そういう奴から報酬が貰えない事だ問題だ」

「なら前金で報酬を受け取ればいいんじゃないか?」

「ああ、金のある連中だらけならソレも出来るんだがね。生憎ハンターなんてやってる奴らにまともに前金払える様な稼ぎしてる奴が少なくてねぇ…」

 クイッと一口飲むとジョーイは更に続けた

「その点は払いが良いし、必ず戻ってくる。だから最近連るんでる。しかも面白いヤツでな、昨日なんかC4使ってゾンビに囲まれかけたそうだぜ。お陰でギリギリとは言えゾーンの中まで入って向かえに行ってやったんだ」

「ハハハ!そいつはスゲーや!」

 マスターも多くのハンターを見てきたが、アレックスについては一目置いていた。

 アレックスは単独でゾーンを探索する変わり者で、人と組まない。それどころか人と行動するのを嫌がる傾向があった。

「良く一人でゾーン何かを這いずり回るよな」

 ジョーイの長話は延々と続きそうだった。



 20XX/09/08 17:02


 アレックスがラリー&バリーへ訪れたのは夕方のことだった。

「…マスター、スコッチをロックで頼む」

「おおアレックスじゃねーか。はいよ」

 完全に酔ったジョーイの隣に腰掛けウイスキーを注文した。

「ジョーイ、昨日の分だ」

「はい毎度。今回は迎えに行ったんだチョットは色付けてくれよな」

「分かった、200ドル追加だ」

「チェッ、しけてやがる。今度は迎えに行くなんざまっぴらゴメンだからな!」

 アレックスは合計700ドルをジョーイに手渡した。

「ヘビーボルトの店長が例のブツを仕入れたから取りに来いと言っていたぞ」

「おお!やっと来たか!明日にでも取りに行かないとな」

 どうやら機嫌が直るほど嬉しいが手に入るようだ。

 出てきたスコッチを一口飲む。

「マスター、昨日はゾーンでエライ目にあった」

「そのようだな」

 既にジョーイから話は聞いているらしくマスターはニヤニヤしている。

「昨日、魔女ウィッチの狩りに出くわしたんだ。近くのゾーンもゾンビの数が減って来ている気もする」

「てことはゾーンが小さくなるな。良いことじゃないのか?」

「ああ。しかし見慣れない連中が面白半分にゾーンに入って、そいつらがゾンビになっている様子も見て取れる……」

「ははは、ゾンビ取りがゾンビになってちゃ世話ねぇなぁ」


 そういう輩が負傷して街に戻って来られると感染症を撒き散らして新しいゾーンが出来かねないため、緩衝地帯で検問が敷かれ常にゾーンの出入りを管理されているのだが、検問を避けるため鉄条網を乗り越える奴らまで居る。

 割と問題なのがゾンビからの外傷を受けるならまだしも、飛沫感染をした状態で街に戻ってくる奴が居るということだ。

 血まみれになった人間が戻ってきたら即検査官に引き渡される。二次災害を避けるために誰とも接触しないよう軍や警察が専用の車で街中をウロウロして居る。

 最悪その場で殺される為、ゾーンへの出入りは命がけなのだ。面白半分で中に入る者はろくな事にならない。

 ジョーイやアレックスは検問をちゃんと通る為そこで検査も受けシャワーも浴びているが、魔女ウィッチ連中は証明証を見せない限り街に中々帰してもらえない。

 既にゾーンの影響で人が居なくなり、街から離れた少し閑散とした場所にあるボロボロのマンションや家屋で水道・電気・ガスがギリギリ通っている場所を国から与えられソコで静かに暮らしている。


 グラスを掴み、アレックスは大通りの魔女ウィッチを思い出しながらマスターに訪ねてみた。

「最近、魔女ウィッチの動向で何か聞いてないか?」

 ジョーイもラムを一口飲みながら質問する。

「昨日大通りにいたあの魔女ウィッチか?マスター何か聞いてる?」

「そう言えば頻繁にゾーンへ出入りしている魔女ウィッチが居るって聞いたな」

「どんな奴なんだ?」

「どうも何か探しているらしい。ウィッチが街中を歩いていることは珍しいし、また通信依頼でも受けているんじゃないか?」

「ここらのゾーンで探しものか…」

 アレックスはスコッチを口に含みながら、あの動き振りに思いを馳せていた。

「マスター、その魔女ウィッチが何を探しているか分かったら教えてくれ。気になる事がある」

「ああ、分かったよ」

 魔女ウィッチが迫害を受けているこの世界で魔女ウィッチが目立つ行動を取ることに何処か違和感を覚えた。

 ゾーン内部ではなるべく不安な要素は取り除いておきたい。

 そう思って頭の隅に大通りの魔女ウィッチの事を残しておくことにした。


 マスターがグラスを磨きながら話を流してくれた。

「所でジョーイ、娘さんは元気なのか?」

「今は実家の田舎で嫁と暮らしてるよ。大きなぬいぐるみを抱いた写真をこの前送ってきてな、『お父さんに会いたい』って電話してきたよ」

「ほーう、羨ましいじゃないか。それで帰るのかい?」

「まだ帰れないね、もう少し稼いでからじゃないと嫁に合わす顔がねぇ」

 アレックスに向かってアイコンタクトを送った。

「ああ、もう暫くアテにしてる。よろしく頼むよ」

 

 こうして男たちの一日は過ぎていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サイレント・オブ・ナイツ<SILENT OF KNIGHT'S> halmani @halmani

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ