サイレント・オブ・ナイツ<SILENT OF KNIGHT'S>

halmani

第1話:ガスマスクの男

 20XX/09/07 16:34


 狭い路地に硝煙の臭いと腐敗した肉の強烈な悪臭が漂う中、男は引き金を引いていた。

 ダダン!

 正面から3体、右から2体。数はそんなに多くない。この過酷な状況の中でも冷静さを失わず、的確に”あの”動く的に照準を合わせてゆく。

 正面の1体の眉間に向けて弾を撃ち込みすぐ隣へ。外さないよう冷静に。

 ダダン!ダン!

 頭を撃ち抜きはじけ飛ぶ血しぶきを尻目にまた素早く隣へ照準を合わせる。

 そして正面の敵を片付け、次に右の2体へすぐ振り向くが既に目前まで迫っていた。

 直ぐそこまで伸ばされた奴らの手に、思わず飛び退き急いで引き金を引く。

 ダダダン!ダダン!

 銃声が鳴ると同時に目の前に居た奴らは倒れ、もう二度と立ち上がることはなくなった。

 一瞬ヒヤッとしたが的確に対処出来た事で興奮している自分に気がつく。


 全身に黒いタクティカルスーツと赤色のゴーグルが特徴のガスマスクを付けたこの男は、ハンターと呼ばれるゾーンを中心に活動している者たちの一人である。

 右手に握りしめたハンドガンM93Rをリロードしながら回りを警戒しつつ頭の中で整理する。

(先程の銃声でまた奴らが集まってくるだろう。早く移動しなくては・・・)

 彼は目的地となる建物へ向けて走り出した。


 今回の仕事はゾーン内部に「小型の観測用カメラを設置する」と言うものだ。大手メーカーだか何だか知らないが、小型のソーラー式カメラの開発に成功し、ココ数ヶ月で劇的に使用件数を伸ばしているらしい。

 この依頼を受ける時に「メーカー側はゾーン内部でこのカメラの使用実績が欲しいそうだ」と聞かされた。


 そんなカメラを何個も入れたカバンを背負いながら目的の建物に向けて走る。

 途中何体か奴らを見かけたが基本は無視して進む。と言うのも奴らゾンビは力は強いが足は遅く動きも鈍い。

 大半のゾンビは無視していける。が、奴らの脅威はその"圧倒的な数"である。元々人間だった奴らはゾーン内部の何処にでも存在し、今でもゾーンでの犠牲者をゾンビへと変え続けているのだ。

 物量で攻めてくる奴らを相手にはしていられない。ココぞと言う時以外は戦闘は避けるべきだ。

 ソレが"ゾーン"で生き抜くコツである。


 そうこうしている内に目的のオフィスビルに到着した。内部に奴らが居る可能性は十分あり得るため武器を構えながらゆっくりと中に入っていく。

 目的地は11階建てのこの建物の屋上であり、退路を絶たれるとアウトだ。

 なるべく音を立てて外にいるゾンビまで集めたくはないし、中にいるゾンビに囲まれたくもない。

 まず建物の正面から中に入りそのフロアが安全であることを確認する。

「クリア」

 色々と物が散乱しているのを目にし安全を確保した。

 次に階段を目指す。この建物の階段は中央には付いていない様で、壁伝いに階段を探した。

 左手沿いに壁を伝って行くと防火シャッターが降りており、ソコに非常用の扉が付いていた。

 ゴクリ。とツバを飲み込む。この向こうがどうなっているかは分からない。再び奴らに遭遇する事があったなら・・・。

 そっとドアの取っ手を掴みガチャリと捻り、ゆっくりとドアを引き開ける。内側から押して開けるタイプだ。

 キーと音を立てて非常ドアは開いた。

「・・・クリア」

 幸いドアの向こうにゾンビは居なかった。


 防火扉の先は階段の踊場となっており、地下階と上層階へ続いていた。

 此処から足で"12階先"の屋上へ向かうと思うと気が遠くなるが、安全に進むにはココを行くしか無い。

 彼は一歩一歩階段を登り始める。2階・・・3階・・・4階・・・5階・・・。

 どの階も防火シャッターが降りており、この建物を襲った惨状をありありと表していた。

 6階・・・7階・・・。ココに来て防火シャッター越しにもハッキリ分かるように奴らの声が聞こえた。

 この壁を隔てた向こうは地獄となっているのだろう。

 慎重に次の階へ足を運んだ。8階・・・9階・・・10階・・・11階・・・。次の階で屋上である。

 この階の防火シャッターの向こうで複数のゾンビが居る物音がする。しかし防火シャッターについている扉は階段側から押さない限り開かない。

 奴らがドアを開けるには、取っ手を掴み引っ張る必要があるため、知能の低いゾンビには開けることは出来ないだろう。

 屋上も気をつけなければと思いながら、最後の階段を登った。


 ようやく屋上の扉へ到着した。

 ガチャ。開かない。鍵が掛かっている。

「クソッ!」

 思わず声を上げる。

 このドアを開ける為に何処に有るかも分からないような鍵を探しに行く訳にも行かない。

 この状況から察して、屋上に逃げ込んだ人間が居ると考えるのが妥当だろう。

 そしてこの扉が開いてないことを考えると脱出もままならなかったに違いない。

 そんな情景を思い描きながら”彼らがゾンビになっていなければ良いな”と祈る他なかった。

「C4で吹き飛ばすか・・・」

 鍵がない以上、爆弾で吹き飛ばすしかない。

 C4でこじ開けるのは良い。

 だがその音でアチコチに散らばっているゾンビたちをコチラに引きつけてしまう。

 この建物内ではまだゾンビと遭遇していないし、防火シャッターのお陰でゾンビも近寄れないだろうと踏んでの決断だった。

 問題は建物周辺のゾンビ達だ。奴らが集まって来たとなると、退路を断たれる危険がある。

 今の所まだ日は高い。少しばかりの数が相手なら逃げ切れるだろう。

 ・・・そう願いたいね。

 そうこうしながらC4の設置を終え、階段からドアが見える位置まで退避しスイッチを構えた。

 カチッ

 スイッチを押した瞬間爆風が頭の上を轟音とともに駆け抜け、屋上へのドアが開いた。

 それと同時に辺りを警戒する。

「・・・・・・」

 しばらく様子を伺っていたが建物内からの異変は無し、屋上からもゾンビは現れなかったので急いで屋上へ出ることにした。

 さっさと終わらせてやろう。


 慎重に銃を構えながら屋上へ出る。

 死体が数体転がっている。やはりココに逃げ込んだ人が居たのだ。

 それらを一瞥しながら屋上の四隅にソーラー式のカメラを置いていく。

 1つ・・・2つ・・・。

 屋上から下の景色が見えるようにカメラを設置する必要があった。また落下防止用のフェンスが有るため、これらで視界を塞がれないようにレンズをフェンスの隙間に差し込むようにして設置していった。

 下を見ると数体のゾンビがこの建物目指して歩いてきていた。

 3つ・・・。

 コレでお終いだ。

 4つ・・・。

 そこで死に果てていた人たちの持ち物を念のため調べてみた。

 どうやら全員このオフィスビルの従業員だったらしい。

 ドッグタグをしている筈もなく、身元が分かるような遺留品を持ち帰る事はでき無さそうだ。

 そんなことをしていると、下の階が騒がしいことに気がつく。

 爆発音で建物内のゾンビが騒ぎ始めたようだ。もうココは良い、早く撤収しよう。


 無線機を取り出して車番のジョーイに連絡をする。

「こちらアレックス、どうぞ」

「感度良好。仕事は終わったのか?」

「ああ今カメラの設置が終わったところだ。屋上に入るためにC4を使ったせいで奴らが集まってきている。合流地点で待機してくれ」

「ヒューゥ、C4とはド派手にやったな!了解、合流地点へ移動する」

「頼んだ、オーバー」

 連絡をし終えて無線機をしまった。

 

 早速荷物をまとめ出口へと向かった。

 そこでようやく気づいたのだが、防火扉へ幾度も幾度も体当たりをする音が聞こえる。確実に奴らがコチラに気がついている。さっさとコンナ所から立ち去らなくては。彼はそんな事を思いながら急いで階段を駆け下りた。

 11階・・・10階・・・。

 バンバン!ダーンダーン!

 降りていく中、どの階からも防火シャッターを叩く音が聞こえた。このままでは不味い、急いで脱出しなければ。

 9階・・・8階・・・7階・・・。

 バーンバーン!ウォオオォ…。

 焦る気持ちに心臓が早鐘のごとく鳴り、冷や汗が止まらない。

 6階・・・5階・・・4階・・・3階・・・2階・・・!

 横目で窓を見たところ、建物の外からゾンビが集まってきている。

 仕方ない、応戦するしかない。

 男は銃を取り出し1階の防火扉を蹴り開ける。

 ガーン!と言う音とともに防火扉が開き、それと同時に銃を構えた。

 幸いまだ建物の奥までゾンビは集まっていないが、入り口を塞ぐように4体のゾンビが並んでいた。

 ダダダン!

 間髪入れず一番手前のゾンビの眉間に向けて撃つ。一発外したが見事な勢いで仰け反るようにしてゾンビは倒れた。

(急げ急げ急げ!)

 ダダダン!ダダダン!ダダダン!

 もう無我夢中で目についた3体のゾンビへそれぞれ3点バーストを叩き込む。

 しかし一体はまだ倒れずコチラへ向けて歩いて来た。

(あと9発…!)

 M93Rに装填されている弾は最大20+1発。3点バーストを7回まで行える制圧力があり、近距離戦では圧倒的な火力を見せつける事が出来る。しかしバーストを続ければあっという間に弾は付きてしまうという欠点も有るため、セミオートと3点バーストを切り替えながら弾薬を節約しつつ使う必要がある。だが、今の彼は節約などしていられる程の余裕は無かった。とにかく逃げなくては。

 ダダダン!

 最後の一体を倒し、入口付近に集まってきているゾンビを尻目に建物のすぐ外へ駆け出し、目の前の路地へ転がり込むようにして逃げ込んだ。

 路地の安全を確認しつつ、震える手でリロードを行いまだ整っていない息遣いの中で目的地へ向けて走るのだった。


 もう辺りは夕暮れで暗くなりつつあり、ゾンビが何処に潜んでいるかも判り辛く、とても危険な状況である。

 用心に越したことはない、そろそろマスクの横に着いているヘッドライトを点けておこう。

 走りながら目的地を目指す中、曲がり角に差し掛かる際は姿勢を低くしてから覗き込み、その先にゾンビが居ないかを確認していく。この繰り返しだ。

 合流地点となる場所はほぼゾンビは存在せず安全に行動出来るエリアを選んでいるので暗くなりつつ有る現状でもある程度安心した行動が出来る。


 ゾーンの中心から徐々に離れる中、突然遠くから破裂音が木霊した。

 ドン!ガシャンガシャン!

 どうやらこの先の大通りで誰かが暴れているらしい。


 近場にゾンビが居ないことを確認して大通りに躍り出て見ると、目に飛び込んで来たのは魔女ウィッチの狩りだった。

 彼女たち魔女ウィッチはアレックス達ハンターと同じ様にゾーンを中心に活動をしている人々である。ハンターとの違いは感染症に感染しても発症しない若い女性達であると言う点だ。女性にしかこの現象は起こらない。

 彼女たち魔女ウィッチは見た目が普通の人と変わらないゾンビなのである。代わりに、通常の人間と比べると力が強くなり食欲が増す事で知られている。

 それ故、人々から迫害を受け、そのさまが中世ヨーロッパの魔女裁判さながらの様相を呈したことから魔女ウィッチと呼ばれ、忌避される存在だった。


 大通りの魔女ウィッチは剣を振り回しながらゾンビ達を相手に大立ち回りをしている最中だった。

 的確に彼らの首・頭・脊髄を狙っているのが遠目に見て分かる。

 囲まれないように素早く動き回り、剣を振りかぶり、下ろす。

 ゾンビを蹴り飛ばしては飛びかかりトドメをさす。

 既に感染しているため噛まれたり引っ掻かれたとて症状が発症する心配をしない魔女ウィッチらしい戦い方であった。もちろん中には銃を使う魔女ウィッチも居る。しかし、ゾンビに触れても大丈夫であり、力が強い彼女たちは数を捌く為に近接武器を好む傾向がある。


 キキキーッ!

 大通りの魔女ウィッチに見とれている所に車が現れた。

「何してる!早く乗れ!」

 ジョーイが痺れを切らして探しに来てくれたようだった。

 慌てて助手席へ転がり込み身につけていたガスマスクを外す。

 新鮮な空気が美味かった。

「全く堪んねぇぜ…。こんだけ暗くなった中でお前を見つけられたのはほとんど奇跡だぞこの野郎!」

「ああ、…すまない、助かった」

 ゾーンを背にして街の外へ突っ走る車。

 大通りの魔女ウィッチからみるみる遠ざかって行く。


 こうして今日の仕事は終わりを向かえた。

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