第2話 ハチの正体

 そのハチは外見がかなり黄色い。

 そうした特徴から、「こいつはキイロスズメバチかな」なんて思っていた。


 しかし調べてみると、外見や巣の形状から「キアシナガバチ」という「アシナガバチ」の仲間であることが判明する。


 アシナガバチも自分の住む周辺では珍しくないハチだ。何度も何度も家の近くに巣を作っては、自分がハサミで切り落としていたという経験がある。黄色よりも黒に寄った警戒色。

 キアシナガバチは彼らよりも黄色が目立つ。


 僕はその巣を取り壊すかどうか検討するため、しばらく観察を続けることにした。


 家族や自宅に隣接する道路を歩く通行人が刺されたという被害報告があればすぐにでも壊すのだが、今のところ、そういう報告は寄せられていない。

 というか、巣は何十匹もの働きバチを抱えており、自分だけで巣を排除するのは難しい。業者に任せた方がいいんじゃないか、と思うレベルだ。


 当時の僕はビオトープ管理士という資格を持っており、生態系の保護などに関心を寄せていた。このハチも、地域の生態系の一部である。僕らだけの都合で巣を壊すのは自分勝手なような気がしたのだ。

 周囲に被害を与えないのなら、共存していく道も視野に入れている。

 農業でも肉食性のハチにイモムシなどの害虫を食べてもらうことがあるらしい。自宅を含む近所にはたくさんの植え込みがあり、彼らがそこの害虫を一掃してくれれば万々歳だ。


 彼らの巣を破壊することに慎重になっていたのは、こういう経緯があったからだと思う。








     * * *


 晴天のとき、彼らは基本的に巣でモゾモゾと蠢いている。幼虫の世話をしているのだろう。

 雨の日はほとんど動かない。巣に固まってじっと雨が止むのを待っていた。


 そんな様子を見ていて分かったことがある。


 ――かなり大人しい。


 僕が彼らを数日間観察した感想がこれだ。


 世間の多くの人はハチに関して「巣に接近する者は何でも刺す」という印象があると思う。


 しかし、このハチは自分が巣の1メートル以内まで近づいても警戒しないのだ。ネットやテレビの情報では、ハチは警戒するときにカチカチという音を鳴らして威嚇するらしい。

 だが、このハチは僕のことなどまるで見えていないように、巣で作業を続けている。威嚇音も聞いたことがない。


 いや、もしかすると観察していた僕のことを「おい、あそこで変なヤツが俺たちのこと見てるぞ」とか「あんな変なヤツには関わるな」とか会話していたのかもしれない。


 とにかく、これなら通行人への被害はなさそうだ。

 僕は安堵した。


 観察を始めると、彼らはなかなか可愛くなってくる。「今日は何してるんだろ?」みたいな感じで毎日のように巣を覗いた。ちょこちょこと巣を弄っている様子が微笑ましい。


 次の章では、このハチがどのくらい大人しかったのか述べていこうと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る